第32回 「企業は人なり」を実践するということ

■「企業とは人であり、その知識、能力、絆である」

「学校は建物ではありません。そこに集う子供たちであり、教職員であり、保護者です。」

お仕事でご一緒させていただいている、ある私立小学校の校長先生の言葉です。

この言葉を聞いて深く納得するとともに、ドラッカーの教えてくれたメッセージを思い出しました。

「企業とは人であり、その知識、能力、絆である。」

それが彼の一貫したメッセージでした。

建物や設備がその企業なのではなく、そこで働く「人」がどのような考えで仕事をし、どのような能力を発揮し、どのような想いでつながっているのかが企業。人間そのものがその「企業」である、という考え方です。

「うちの会社はここが問題だから」
「うちの会社は変わらないとね」
「わが社の強みは、この点である」
「あの会社は本当にイノベーティブだ」
・・・

私たちはともすると、会社というものをどこか別の場所にある箱/物体のようにとらえてしまいます。
しかし、私たちが「会社」と表現するときに、それは人間以外の何かを指すのではなく、まさに、その中で働き、関わり合っている人間そのものを指します。

■「企業は人」を実践したリーダー

出光興産創業者の出光佐三をモデルにした「国岡鐡造」を主人公としたベストセラー小説「海賊とよばれた男」には、主人公の鐡造がわずか30歳の頃に、ようやく軌道に乗り始めた会社経営について、信念を語るシーンがあります。
店員(社員)を「自らの頭で考えて行動できる人間に」と願い、毎晩遅くまで自身の睡眠時間を削って若手社員と付き合っている夫を気遣い、妻のユキが声をかける場面から始まります。

「『鐡造さんのやり方ば見とりますと、時間がかかります。子供達が間違うたら、考えさせる前に、こうやるとよかと正しかやりかたば教えるほうがずっと早かじゃなかですか』

ユキは鐡造が、年少の店員たちが自分で答えを導き出すまでにずっと付き添い、同じ時間を過ごしていることを言っていた。

『それでは、自分で考える力が付かんたい。自分で工夫して答えば見つけることが大切たい。それでこそ、きっちりした人間になるち思う。』

(中略)

『ぼくの指示ば、ただ待っとるだけの店員にはしとうなか』鐡造は言った。『今の国岡商店は店舗ば一つしか持っとらんばってん、いずれいろんなところに支店ば出していきたいち思うとる。彼らはその店主になるわけやけん、大事な商いばいちいち本店に伺いば立てて決めるごたる店主にはしとうなか。自分で正か決断ができる一国一城の主にしたか』

ユキは目を細めて、『いつか、そんな日が来るとよかですね』と言った。

『その日が来るとば一緒に見届けてくるるか』

ユキは力強く頷いた。」
(百田 尚樹氏 著「海賊とよばれた男」より)

事業を立ち上げたばかりで、最も忙しく時間がない時代。答えをすぐに教え、指示や命令で人を動かす事は簡単だったはずです。
しかし、主人公の鐡造は、根本的な誤りだけは正した上で、あとは若い店員との対話に時間をかけ、その主体的な考え方を引き出すことで人を育てて行くことを選択しました。
その後の事業拡大において、単に規模を大きくすることではなく、持ち場、持ち場で自ら考え答えを出せる人材の育成が絶対条件だと考えたからです。

言うは易し、行うは難し。最も忙しい時に、「人材育成」に投資することは簡単ではありません。
しかし、古今東西問わず、創業者が亡くなった後も長く発展する事業には、「人」を何より重要な戦略資源として育てるという点で共通項があるようです。

米国の著名経営コンサルタントであるエリザベス・ハース・イーダスハイム氏は、その著書の中で、ドラッカーの教えを受けたP&G社のA・G・ラフリーCEOへのインタビュー後に、このように語っています。

「ラフリーによれば、1930年代から1940年代にかけてP&Gの会長を務めたR・P・デュプリーは、『P&Gから何もかも持っていってかまわない。本社ビルも、工場も、その他物的な資産は、皆もっていって結構。ブランドと人材さえ残してくれれば、10年後には復活しているだろう。』といったという。
続けてラフリーは、『これこそドラッカーの考え方だ』といっていた。」
(エリザベス・ハース・イーダスハイム氏 著 「P.F ドラッカー 理想企業を求めて」より)

目に見えるハードは奪えたとしても、そこにいる人間の内面に培われた思考、知識、能力、絆、そしてその結果生まれたブランドという価値は決して奪えない。
それが残る限り、P&Gはどのように形を変えたとしても、必ず発展するというリーダーの信念が窺えます。

■有能な人が働きがいを感じる職場か

ドラッカーは、「誰が正しいかより何が正しいか」を考えられる人材が企業成長に不可欠だと言います。
ただ残念ながら多くの組織では、「誰々の指示だから」「誰々がそう言っているから」という言葉が飛び交い、そこに「自分の意思」「想い」が込められないことが多いです。
特にマネジメント層がこのような思考にはまってしまう会社はダイナミズムを失います。

有能な現場の社員は、現場でいきいきと議論し、顧客が求めていると感じるものを迅速に世の中に提供したいと強く願っています。
個々の想いとアイディアがぶつかりあって良い物が生まれるのが、職場です。
その本来の機能を失うと、有能な人ほどその会社で働く意欲を失ってしまいます。

「企業が衰退する最初の兆しは、意欲のある有能な人材に訴えるものを失うことである。」
(ドラッカー)

皆さんの会社はいかがでしょうか。
自分の頭で考え、主体的にいきいきと働く有能な社員に「魅力」を与える職場になっているでしょうか。
給料を上げたり、昇進させたりするだけでは足りません。
有能な社員は、その場で自分自身が成長できて、良い仲間や先輩、後輩と刺激的な関わり合いをしながら良い物を生みだすことを求めています。

ぜひ、あらためて「人に投資する」ということを考えてみてください。
事業成長のヒントがきっと見つかると思います。

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次回は8月7日(木)の更新予定です。

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この記事の著者

PROJECT INITIATIVE株式会社 代表取締役

藤田 勝利

1972年生まれ。上智大学卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、クレアモント大学院大学 P.F ドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得。ベンチャー企業執行役員として事業開発に従事後、2010年独立。次世代経営リーダー育成や新規事業の分野で幅広く活動中。著書:「ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント」(日本実業出版社)
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