第34回 あなたは、何によって憶えられたいか

やや場違いかもしれませんが、政治の話題から。
自民党の新幹事長に、谷垣禎一氏が就任しました。政治評論家の多くが「想定していなかった」と語る今回の幹事長人事。安倍首相が極秘裏に進めたのも、石破前幹事長の後任選びに際し、党内分裂を避け、融和を保てる人材は谷垣氏しかいないという思惑があったと言われます。

なぜこの状況で、谷垣氏だったのか。それは、彼が「いかなる言動においても、私心をはさむことは絶対にない」という強い信頼を周囲から得ているからだといいます。

私は、谷垣さんという政治家を詳しく知っているわけではありませんし、好きでも、支持しているわけでもありません。しかし、上記の人物評を聞き、「私心をはさまず」という人間性を多くの仲間に「記憶」されているのは、政治家として誇って良い一面だと感じました。

■ 自分は、一体何によって「憶えられたい」のか

この政治の話題から、ドラッカーが語っていたことを思い出したので、彼の言葉を引用します。ドラッカー自身の少年期の体験からのエピソードです。

「私が十三歳のとき、宗教の先生である牧師さんが 『何をもって憶えられたいかね』と聞いた。誰も答えられなかった。すると、『答えられると思って聞いたわけではない。でも五十になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ』といった。

長い年月がたって、私たちは六十年ぶりの同窓会を開いた。ほとんどが健在だった。あまりに久しぶりのことだったため、はじめのうちは会話もぎこちなかった。するとひとりが、『フリーグラー牧師の質問のことを憶えているか』といった。みな憶えていた。この質問のおかげで人生が変わったといった。・・・・

今日でも私は、いつもこの問い、『何をもって憶えられたいか』を自らに問いかけている。これは、自己刷新を促す問いである。自分自身を若干違う人間として、しかし、なりうる人間として見るよう仕向けてくれる問いである。運のよい人は、フリーグラー牧師のような導き手に、若いころそう問いかけられ、一生を通じて自らに問いかけて続けていくことになる。」
(ドラッカー「非営利組織の経営」より)

多忙な日々の中で、仕事においても、家庭においても、私たちは、「自分がどのような存在として記憶されたいだろうか」という根本的な問いを忘れてしまいます。「どう見られたいか」という浅い話ではなく、「どう記憶されたいのか」は自分自身の「あり方」を問うものです。将来その組織を去るとき、今の部下と別れるとき、あるいは自分自身が死ぬときに、「ああ、あの人はこういう人だった」と記憶してもらえるとしたら、どのように憶えてもらいたいか。この問いへの答えがまさに、自分が「人生で大切にしたいこと」を示す基軸でもあります。

■ 誰にでもある「忘れられない」人たちとの出会い

誰にでも、人生に大きな影響を与えてくれた忘れられない先輩や上司がいると思います。それは恩師、仲間、友人、後輩、あるいは当然両親であるかもしれません。

「あの先輩が、あのときに自分を護ってくれなかったら今の自分はない」
「あの上司は、たとえ社内の評価が下がっても、自分の信念を貫く人だった」
あるいは、
「すごい実業家であると同時に、社員が幸せになる会社づくりを徹底した社長」
「自分の良さ、強みを見つけるよう優しく導いてくれた父と母」
といったように。

「そのように記憶のどこかにおぼえてくれていたら、嬉しいな」と思うとしたら、自分はどんなことを記憶してほしいのか。それが、自分自身の「軸」であるはずです。そして、そのシンプルな問いは、「自己刷新」すなわち少しずつ自分を革新していくことを助けてくれる問いだとドラッカーはいいます。当然それはマネージャーとしての軸を確認する上でも、大切な問いであるはずです。

■ 日々の自分を振り返り、「刷新」していける問い

大胆で野心的な目標でなくてもよいはずです。たとえ小さなことでも、「自分はどのような人だったと記憶されたいのだろう?」と問うことで、日々の人間関係、コミュニケーション、仕事への向き合い方、家族への接し方、あらゆることが小さく変化していく気が私はします。ドラッカーの言うように、「自分自身を若干違う人間として、しかし、なりうる人間として見る」ことを促してくれる問いです。

私自身、このドラッカーの言葉に出会ってから、ことあるごとに、「自分は何によって記憶されたいのだろう」と考えることにしています。そして、当然その次に、
「そのような存在として記憶してもらえたら嬉しいが、今日の自分の言動はそれに合っているだろうか。」
「合っていないとしたら何を正して行くのがよいだろう。」
という問いが生まれてきます。まだまだ目指す姿には程遠いですが、毎日少しずつでも、自分の生き方や働き方を「アジャスト」していければと思っています。

皆さんも是非、試してみてください。「自分は何によって憶えられたいか」という問いの答えに、今の自分の仕事のしかた、生き方、人間関係の作り方は合致していますか。もし、少しでも違う点があるとしたら、「自分自身を若干違う人間、しかし十分なりうる人間」に刷新していけるチャンスだと思います。

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次回は10月2日(木)の更新予定です。

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この記事の著者

PROJECT INITIATIVE株式会社 代表取締役

藤田 勝利

1972年生まれ。上智大学卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、クレアモント大学院大学 P.F ドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得。ベンチャー企業執行役員として事業開発に従事後、2010年独立。次世代経営リーダー育成や新規事業の分野で幅広く活動中。著書:「ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント」(日本実業出版社)
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