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第16回 親族内承継の税務戦略
税務戦略の最後に、最も自由度の大きい親族内承継における税務戦略をご紹介します。
連結納税制度や組織再編、グループ法人税制などの税制は、上場会社を中心とした一部の大手企業でのみ効果を発揮する税制だと思われている経営者が意外と多いようです。
しかし、親族内承継では、これらの税制の活用が欠かせません。
これからの経営承継には、相続対策だけに偏った対策ではなく、承継後のグループ体制まで見据えて、より幅広い視野での検討が求められるのです。
<オーナー会社S社グループの税務戦略>
A氏が創業した建設会社P社は土木部門・建築部門・不動産部門の3部門を抱えています。
建築部門と不動産部門は業績が良く安定しているのに対して、土木部門は赤字続きで事業好転の見込みがなく、A氏はそろそろこの土木部門の廃止を考えていました。
まだ後継者は決まっていませんでしたが、できれば長女に不動産業だけは継がせたいと考えていました。
<STEP【1】>土木部門の廃止
まずは、土木部門を廃止することとしました。
事業廃止に伴う関連費用の支出により一時的に赤字決算となったため、P社株式の株価が大きく下落しました。
<STEP【2】>種類株式の導入と株式の生前贈与
株価が下落したタイミングでP社株式の大部分を長女に生前贈与することにしました。
来期以降、業績回復による株価上昇が確実であるため、株価が下がったこのタイミングで思い切って生前贈与することとしたのです。
また、長女に株式を贈与するにあたって種類株式を活用しました。
種類株式とは、議決権や残余財産の分配、配当などについて普通株式とは異なる権利内容を持つ株式のことです。
P社のケースでは、議決権のない代わりに配当を優先的にもらえる株式である「配当優先無議決権株式」を活用しました。
A氏から長女に贈与する予定の株式を、事前にこの「配当優先無議決権株式」に変更したうえで生前贈与を行いました。
これにより、財産権は長女に渡すものの、会社経営は引き続きA氏が行っていくことができるわけです。
<STEP【3】>不動産を会社分割で分離
最後に、長女に渡す予定の不動産部門を「会社分割」という手法で建設会社から分離独立させました。
「会社分割」とは、組織再編の一手法で、オーナー会社では比較的自由に、しかも「無税」でこのような組織再編が可能なのです。
P社では、このように「生前贈与」「種類株式」「組織再編」をうまく活用して、長女への不動産部門の承継を行いました。
建設会社の経営は当面A氏が継続していきますが、将来の事業承継の局面ではM&AやMBOなどの親族外承継も不動産を独立させたことにより実行しやすくなりました。
上場企業では、ここまでの組織再編を伴う税務戦略の採用は難しいでしょう。
P社グループの事例は、未上場のオーナー会社ならではの税務戦略だと言えます。
このように、これからの経営承継においては、オーナー家の相続対策という視点に、会社の税務戦略という視点を加えた総合的な税務戦略が求められるのです。
次回は8月29日(水)の更新予定です。
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