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第8回 維新三傑にみる課長の重要性
明治維新の三傑と言われた薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、そして長州藩の桂小五郎は、維新当時、藩内で重臣といえるような立場ではなかった。
現代で言えば課長ぐらいの立場で改革を主導していた。
特に薩摩藩は門閥と年功制が何よりも重視されたので、西郷も大久保も、もとはといえばかなり下級武士だった。
もちろん小松帯刀のように、彼らの才能を認め引き上げた門閥の人もいたが、維新の実行部隊は、むしろペーペーのサラリーマンといえるような身分の軽い武士だったのだ。
時代の流れを大きく変えた明治維新は、課長クラスの中堅どころが、実はすごく大きな力を持って状況を動かしていったのである。
課長クラスの人たちが頑張らないと、いまの企業は変わることができないと感じる。
戦略実行の徹底度合いの重要性が叫ばれて久しい。
もちろん、トップダウンは重要だが、組織において、トップが方向性を決めて指示すればそれだけで物事が進むわけではない。
むしろ目立たず自由に動ける無名の課長レベルが、実態を動かして方向性を決め、それをトップが事後的に承認するケースが結構ある。
上層部が決めにくい難しい問題ほど、現場レベルで決定される場合が多いのだ。
幕末の維新雄藩でも、島津候も毛利候も決められない問題については、西郷や大久保、桂に「よきに計らえ」となった。
課長というポジションは上からも下からも情報が集まる。特に下の年代に対して大変大きな影響力を持つ。
世の課長さんたちには頑張ってほしいと思う。
部長であろうと社長であろうと、プロジェクト達成に向けた自分の駒だと考える図太さが必要だ。
客先に社長を引っ張り出したほうがプロジェクトがスムーズに進むと思ったら、課長は土下座してでも社長を連れて行くべきなのだ。
私は、様々な企業にお伺いするが、課長の中に野党グセがついている人が多いように感じる。
この手の人材は、実践においては使いものにならない。
「上がわかっていない」「社長がダメだ」と批判ばかりしていて、自分は安全地帯にいて絶対に火の粉をかぶろうとしない。
そういう人には部下もついていかないから、業績も上げられない。
しかし、そういう評論家タイプに限って、弁舌さわやかだったり、白黒はっきりものを言ったりするから、まわりの部下が「この人は本音で語れる人だ」とか「あの課長はほかの人とはちょっと違う」などと勘違いしてしまう。
課長の時に「改革派の旗手」と言われた人が、偉くなって上のポジションにいくと全く冴えなくなるのは、このパターンだ。
西郷も大久保も桂もまずは、自藩の中で主流派・与党になることで力を握り、その力で徳川幕藩体制を倒している。
与党として考え、行動する。リーダーたる課長はそこから逃げてはいけないと思う。
次回は2013年1月18日(金)の更新予定です。
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