第9回 「ならぬことはならぬものです」にみる “お天道様秩序”

大河ドラマが始まった。今回は幕末の会津が舞台だ。
初回でも取り上げられていたが、会津には「ならぬことはならぬものです」で有名な 什の掟 というものがある。

会津武士(上士)の子は6歳になると居住地域ごとに「什」という組織に入れられる。
「什」と書いてジュウと読む。
什とは「十人」を一単位とする組織のことだが、必ずしも十人でなくてもよい。
地域ごとに八つに分けられているので、実際の人数はまちまちだ。
子どもは毎日、自分の「什」の当番の家に集まる。
そして最年長の什長の指示に従って「什の掟」を大声で復唱する。

 一、年長者の言ふことには背いてはなりませぬ。
 一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。
 一、虚言(ウソ)を言ふことはなりませぬ。
 一、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。
 一、弱いものをいぢめてはなりませぬ。
 一、戸外でモノを食べてはなりませぬ。
 一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ。

ならぬことはならぬものです。

最後の「戸外で婦人と・・・」は現代には通用しないが、それ以外は、現代の企業経営に非常に重要な示唆を与えてくれる。

内部統制の徹底やコンプライアンス、企業の社会的責任などが声高に叫ばれる中で、いくら各社員の自律性や創意を尊ぶといっても、何でも好き勝手にやってよいというわけにはいかない。そこには何らかの秩序があり、相互けん制機能が働いている必要がある。

「相互けん制」というと、常に社員同士が見張っているようながんじがらめの管理をイメージしてしまうかもしれない。
それでは、とても各人の創意や工夫が活かされる組織ではなくなってしまうので、ここは、お天道様が天から見守っている「お天道様秩序」と呼びたい。

人間は誰しも弱い存在だから、誰も見ていないと思えば、結構悪いこともできてしまう。
少なくともダラーッとして気が緩むことになるだろう。
やはり一定の秩序を保つには、誰かが見ている、という意識が欠かせない。
自宅では髪はボサボサで、寝ぼけ眼で、下着姿でダラダラしている人も、外出して公衆の面前に出ると思えば、服を着て、寝癖を直して、顔を洗うだろう。

逆に言えば、外ではパリッとした身なりで、几帳面に仕事をしている人でも、誰も見ていない自宅ではダラッとくだけてしまう。
それが人間であり、ごく当たり前の姿だ。

そうであれば仕事においても誰かが見ているという状態が必要なのであり、誰も見ていない、何をやっても他人には分からないという状態に置かれれば、つい魔がさして不正を働いてしまう可能性は否定できない。

だから内部統制やコンプライアンスがいわれるわけだが、その時に多くの企業が手順を定め、やるべきことをすべて文書化、マニュアル化するポジティブリストによる業務遂行を進めてしまう。

これはある程度必要なことだが、やるべきことを決めるポジティブリストがあると、どうしても個人の創意や工夫が阻害されることになり、決まったことしかしようとしなくなる弊害が必ず生じてくる。これでは時代の変化に対応できない。

そこでどうしてもやってはいけないこと、法律違反など、ネガティブリストを明確にして、後は原則自由とする。個人の裁量の余地をつくってあげるわけだ。

同時に、現場では何が起こるかわからないから、日々の活動状況を見える化しガラス張りにしておくことも必要だ。何かあれば、ネガティブな情報でも必ず、即座にオープンになるからこそ、その本人に裁量を与えることができるのだ。

これが「お天道様秩序」のイメージだ。
各個人をルールで縛りつけ監視する秩序ではなく、各個人に自由を与え、自律的に動ける領域を確保することの重要性を 什の掟 は教えてくれる。

次回は2月8日(金)の更新予定です。

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