ITここに歴史あり

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ムーアの法則を具現化するインテルのマイクロプロセッサー(中編)

パソコンに搭載されるプロセッサーは「Intel386」で32ビット化を果たし、性能を着実に伸ばしてきました。追ってWindows 95も32ビット化してパソコンの普及に弾みをつけます。

[2017年 2月22日公開]

パソコン普及期を支えた「Intel386」や「Pentium」

黎明期のパソコンに搭載されたマイクロプロセッサー「8086 / 8088」はまだ16ビットでした。32ビットになったのは1985年の「Intel386」からです。ここで搭載したトランジスターは27万5,000個となり、最初の「4004」(2,300個)と比べると約100倍になりました。

なお同年、インテルはDRAM(メモリー)事業からの撤退を決断しました。経営資源をマイクロプロセッサー事業に集中することにしたのです。これがインテルをパソコン業界の技術でけん引役となることを決定づけ、インテルの経営に成功をもたらしました。

パソコンはプロセッサーやメモリーなどのハードウェア、それとOSやアプリケーションなどのソフトウェアが抜きつ抜かれつの接戦をしながら切磋琢磨し、発展してきました。32ビットのマイクロプロセッサーで振り返ってみましょう。

「Intel386」の登場でマイクロプロセッサーが32ビットになったものの、ソフトウェアの多くはまだ16ビットのままでした。Windowsが32ビットになったのはWindows 95からです。それまでは「OSが32ビットのマイクロプロセッサーを扱えないのなら、32ビットのマイクロプロセッサーを使うメリットがないのでは」という考えもありました。

インテル 青木氏(写真1)は「ソフトウェアとハードウェアはスパイラル(らせん)を描くように発展していきます」と言います。マイクロプロセッサーが32ビットのデータセットを扱うことを実現したからこそ、OSや各種ソフトウェアが32ビットのハードウェアを生かせるように開発を進めてきたと考えてもいいかもしれません。

(写真1)インテル 広報室 コーポレートPR担当の青木哲一氏 *内容は取材当時のもの

インテルのマイクロプロセッサーは「Intel486」を経て、1993年には「インテル Pentium プロセッサー」となります。名称が数字から単語に変わっただけではなく、中身もスーパースケーラーアーキテクチャーを採用するなど飛躍しました。「Pentium」が「高速」の代名詞として使われたほどです。なお「Pentium」とはギリシャ語で5を示す「Penta」から作られた造語です。Intel386、Intel486に続く第5世代のマイクロプロセッサーという意味を込めた名前です。

(写真2)「インテル Pentium プロセッサー」。スーパースケーラーアーキテクチャーの採用で、処理性能を大きく伸ばした

1995年にはパソコンのソフトウェアに大きな変化がありました。32ビットを扱えるOSとなるWindows 95が登場したのです。ここからハードウェアもソフトウェアも32ビットの世界が始まりました。

ところで90年代の「インテル入ってる」というキャッチコピーを覚えていますか? 「Intel Inside」と書いてあるステッカーもありましたね。これは、日本から始まった認知度向上キャンペーンでした。後にアメリカのインテル本社も「Intel Inside」を採用し、全世界へと展開されるようになりました。パソコンのメーカーを問わずインテル製のプロセッサーを搭載したパソコンには「Intel Inside」のステッカーが貼られるようになり、最先端の技術を搭載していることや、安心して使えることの目印となったのです。(後編に続く)

執筆:加山恵美(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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