国民機パソコン、その誕生から引退まで(中編)

ベストセラー、そして、国民機として知られることになるPC-9800シリーズですが、その輝かしい足跡の背景にはさまざまな人間のドラマがあります。

[2017年 4月26日公開]

ブックではなく「ノートパソコン」に

日本電気という巨大な組織の中で、新たな事業としてのパソコンに取り組む一人一人が一丸となって努力した足跡です。そして、そこには日本電気のみならず、同社といっしょにエコシステムを支えたサードパーティの存在がありました。

PC-9801が発売された翌1984年、IBMはPC/ATを発売します。IBM PC同様に、内部仕様の詳細が公開され、コンパックやデルといった各社がPC/AT互換機を発売し、まっしぐらに世界標準の道を歩み始めていました。

(写真1)ノートパソコン第一号の、NEC PC-9801N

この当時、パソコンがマニアのおもちゃではなく本格的なビジネスに使える事務機であるという認識は、キラーソフトの表計算ソフト「Lotus 1-2-3」の存在によるものでした。ただ、PC-98用の同ソフトがリリースされるのは1986年になってからです。日本での市場開拓は、たとえベストセラーとされた98シリーズであっても、まだまだ小さなものであったことが分かります。

高山由氏(当時販売促進部長)は、PC-9801を売るために全国を行脚します。高山氏は東京・台東区下谷の生まれ。根っからの下町っ子でした。電気に関わるものなら秋葉原で売らなければならないと思ったそうです。高山氏はPC-9801のことを「キュッパチ」と呼びます。「キューハチ」ではありません。電化製品のメッカとしての秋葉原で売れれば日本全国で売れるはず。それが高山氏の戦略でした。
「ハードウェアだけではなくソフトウェアが大事だと言うことを知ってもらいたかったんですね。今と違ってパソコンが何なのかを誰も知らない時代ですから、まずはショールームを秋葉原に作って体験してもらいました。ショップについては小さい店の方が売ってくれましたね。カメラ量販大手は相手にしてくれませんでした」(高山氏)

(写真2)「ノートパソコン」の命名者でもあるNECの元役員、高山 由さん *内容は取材当時のもの

このころからNECは技術力に裏付けされた優れた製品を開発することのみならず、それをどう売っていくのかという難問に立ち向かいます。

「予定通り売れていないと上から怒られました。年がら年中怒られていたように思います。でも、もうかっていたんですよ。売り上げも伸びていました。利益率も高かったですしね。20万円で売ってもいいものを45万円で売っていましたからね。まあ、生産ができないから高い値段をつけたんですが。工場を大きくするような時代でもなく、パソコンを売るのにそういう発想はありませんでした」(高山氏)

そんな高山氏が全国のソフトハウスをまわるうちに出会ったのがジャストシステム(徳島県)の一太郎です。同社は既にNECパソコン用にJS-WORDというワープロソフトを開発済みでしたが、高山氏が見たのはそれとは別のソフトでした。1985年に発売された「jX-WORD太郎」は、のちの「一太郎」となり、PC-9800シリーズが圧倒的なベストセラーの位置に君臨することに貢献します。

「ハードではなくて使い方が売れたんだと思いますね」高山氏は当時をそう述懐します。「キュッパチを海外で売るつもりはありませんでした。グローバルな考え方はありませんでした。とにかく日本人のためのパソコンでありたかった。でも、それがいけなかったんでしょうね。本当はグローバルでなければならなかったんです」(高山氏)

高山氏は「ノートパソコン」という呼称を作った人物としても有名です。1989年に東芝がダイナブックとしてノートパソコンJ-3100を発売したことを知り、大きなショックを受けた高山氏は、開発陣に対して激怒、彼らを東芝に連れて行き、教えを請うという暴挙に出ます。どんな真似をしてもいいからすぐに作れといったそうです。叱咤された開発陣はわずか4か月でノートパソコンの発売にこぎつけます。それが89年11月に発売された98NOTEです。圧倒的な98のソフトウェア資産を全て使える98NOTEはアッという間にダイナブックをキャッチアップします。

「東芝のアイデアには感服しました。技術もすごい。半導体技術も優れていました。だから連れて行ったんです。当時は仲間内みたいなものですからね。でも、うちのみんなも短期間でよくやってくれました。たいしたもんですよ。呼び方についてはウルトラブックとかスーパーブックとか、いろいろ考えたのですが、ブックは内容があるけど、何も中に書いてないのがノートじゃないですか。パソコンはあとから何かを書くんです。ブックじゃ負けてしまう。それで98NOTEです」(高山氏)(後編に続く)

執筆:山田祥平(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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