東京オリンピックから続く挑戦、「より速く、美しく」(中編)

エプソンはパソコン向けのプリンター開発に早々に着手し、まずはインパクトドットマトリクス方式のプリンターでパソコン用プリンターのデファクトスタンダードとなります。次に求めたのが、静粛性と高い解像度を実現できる技術でした。

[2017年 5月24日公開]

いち早くパソコン向けプリンターを発売

ミニプリンターが登場し、計算機や電卓の計算結果を紙に出力することが可能となりました。同時代(1970年代)にはマイクロプロセッサーの登場からコンピューターの発展が加速し始めます。ここでエプソンは早々にコンピューターと接続するプリンターの開発に着手しました。まずは1977年にはEP-101同様にラインプリント方式となる卓上型ラインプリンター「MODEL-10」を発売しました。

続けて1979年にエプソンは初めてのインパクトドットマトリクス方式プリンターとなる世界初のターミナルプリンター「TP-80」を発売します。ラインプリンターはタイプライターに似た構造であるのに対して、インパクトドットプリンターは「ニードル」と呼ぶ9本の細いワイヤがインクリボンを叩きつけて、インクリボンの向こうにある紙にインクを写して印刷します。

さらに改良を進めて1980年には、小型軽量の「MP-80(国内) / MX-80(海外)」が誕生します(写真1)。当時まだパソコンに接続できるプリンターは数少なかったことから、エプソンはたちまちデファクトスタンダードとなり、IBMパソコンの国内外での普及とともにMP-80 / MX-80は大成功を収めます。

(写真1)1980年に登場した「MP-80」。パソコン用プリンターとして好評を博した

インパクトドットマトリクス方式プリンターの特徴は独特の「ジジジジジ」という細かく紙を叩く音と、点描であることが分かる(粗い)文字です。そこで、静かに高解像度で印刷できるプリンターを目指して、エプソンは開発を始めました。

静粛性と高解像度を求め、エプソンはノンインパクト方式のプリンターを模索しました。最初に注目したのが熱転写方式でした。インクリボンのインクを、熱を使って紙に写す方式です。最初はモノクロプリンターを発売し、CMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、黒)の4色のリボンを使うカラープリンターも開発しました。

しかし、パソコン向けには熱転写プリンターはあまり普及しませんでした。エプソン販売 RP営業部 RP MD課 課長 宮地哲氏はその理由として、「無駄になるインクが多い」という点を挙げました。

無駄になるインクが多いというのは、小さい点を印刷しても、複雑な漢字を印刷しても「1文字」とカウントしていたことを指しています。インクリボンを使うプリンターでは1文字印刷したら、その文字がどんな文字でも、リボンを1文字分先に進めて、次の文字を印刷する準備をするようになっていました。つまり「、」を印刷しても「■」を印刷しても、インクは1文字分先に進んでしまうということです。「、」を印刷しても1文字分というのは、やはりもったいないことです。

熱転写プリンターはこのような仕組みになっていたので、印刷に必要なインクリボンを頻繁に交換しなければならず、ランニングコストが問題となりました。1枚当たりの印字コストを考えても、相当な値段になっていました。また、熱転写プリンターには印刷が遅いという問題もありました。

熱転写プリンターと同時並行でレーザープリンターの開発も進めていましたが、当時はモノクロ印刷しかできず、プリンター本体が大きすぎるという問題がありました。そこで、最後に候補として残ったのがインクジェット方式です。

エプソンは、1984年にインクジェットプリンター「IP-130K」を発売します。これがエプソンにとって初めてのインクジェットプリンターとなります。静音、高速、鮮明、かつ漢字インクジェットプリンターでは初めて50万円と低価格である点が注目を集め、「IP-130K」はビジネス機として好評を博しました。

しかし、インクジェットプリンターは最初から大好評とはいきませんでした。インクジェットプリンター登場当時の課題に、印字ヘッドにインクが詰まるという問題がありました。加えてインパクト方式のプリンターが安くなっていき、インクジェットプリンターは価格で不利となっていました。インクジェットプリンターにとって厳しい状況でしたが、ピエゾ方式の大きな可能性を確信したエプソンは、1988年にインクジェットプリンターの開発を推し進めることを決断します。

1993年には「MACH」テクノロジーを搭載したインクジェットプリンター「MJ-500」が登場します。従来のインクジェットプリンターと比べ、ヘッドを刷新した製品でした。ヘッド主要部の小型化、印刷の高品質化と高速化も実現し、また本体価格もインクカートリッジ価格も抑えました。インクジェットプリンターとしての再出発でした。

エプソン販売 CP MD課 課長 新川晶久氏(写真2)は90年代を振り返り、「私はまだ学生で、学校でプリンターが普及し始めたころでした。それまで論文やレポートは手書きで、誤字があると修正液を塗って修正しなければなりませんでした。修正液を使うと見た目が汚くなるので、それを嫌って1文字の誤字のために、1枚を最初から書き直す人もいました。画面で修正してプリンターで簡単に再印刷できることは画期的でした」と述懐します。(後編に続く)

(写真2)エプソン販売 CP MD課 課長 新川晶久氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

執筆:加山恵美(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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