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東京オリンピックから続く挑戦、「より速く、美しく」(後編)

エプソンのインクジェットプリンターの技術的な柱となるのがピエゾ方式です。今回はその特徴と経緯をあらためて振り返ります。またインクジェットプリンターはビジネスシーンで利用するときにどのような強みがあるのでしょうか。

[2017年 5月31日公開]

写真画質を達成し、将来は「レーザー超え」へ

エプソンのインクジェットプリンターの最大の特徴は、印刷にピエゾ素子を利用する「ピエゾ方式」にあります。ピエゾ素子とは、電圧を加えると変形する性質を持つ電子部品です。ピエゾ素子に電圧を加えて変形させることで、微量のインク液を押し出すことができます。エプソンのインクジェットプリンターは、このピエゾ方式を柱に技術改良を進めてきました。

最初のインクジェットプリンターとなる「IP-103K」ではピエゾ方式でしたが、後の「MJ-500」ではヘッドを改良して「マイクロピエゾ方式」へと発展させました(写真1)。エプソン販売 RP営業部 RP MD課 課長 宮地哲氏は「当初のピエゾ方式はガラス製ヘッドを搭載していましたが、これには小型化が難しいなどの課題がありました」と説明します(写真2)。

(写真1)1993年発売の「MJ-500」。当時新開発のマイクロピエゾ方式を初めて搭載した製品

1990年に新たなマイクロピエゾ方式に目途を付けて開発プロジェクトをスタートさせたものの、量産化まではいくつもの障壁が立ちはだかり苦難の連続でした。腕時計製造部門の精密加工技術者も開発プロジェクトに参加することで、最終的には困難とされた薄型のピエゾ素子や極小のノズルを完成させたのです。

このブレイクスルーにより、エプソンのプリンターは省電力化、小型化、高品質化、高速化、さらに価格面の競争力強化を達成しました。まだデジタルカメラが普及する前の90年代に、早々と写真画質を実現しています。その後、より高い画質を求めて、写真画質の改善競争を他社と繰り広げることになります。現在では、写真画質は当たり前で、スマートフォンやメモリーカードから直接印刷できる使い勝手の良さを重視するユーザーが増えました。

(写真2)エプソン販売 RP営業部 RP MD課 課長 宮地哲氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

エプソン販売 CP MD課 課長 新川晶久氏は、当時の写真画質競争を思い出しながら「今ではデータや画像はパソコンやスマートフォンで見ることが多くなりました。しかし、画面で見るのとプリントして手に取って見るのとでは、受ける印象が全く変わります。プリントならではの良さは絶やしてはいけないと思っています」と写真画質で印刷することに対する強い思いを語ってくれました。

エプソンのインクジェットプリンターはほかのサーマル式インクジェットプリンターやレーザープリンターにない利点があります。印刷に熱を使わないので、インクを変質させることがないのです。熱を加えると変質してしまうインクもありますが、ピエゾ方式ならそのようなインクも問題なく扱えます。つまり、使えるインクの選択肢が広いということです。今では、マイクロピエゾ方式のプリンターは紙に印刷するだけでなく繊維に染料でプリントする捺染(なっせん)、カーラッピングなど、活躍の場を広げ、かつては考えられなかったようなものへの印刷も実現しています。

オフィスでの利用を考えると、やはりコストやスピードが重要となります。インクジェットプリンターはレーザープリンターと比べると構造がシンプルなので交換部品が少なく、ランニングコストを抑えられます。またインクジェットプリンターは予備動作が少ないため、最初の1枚を出すまでの時間は、レーザープリンターよりも短いという利点があります。

現在エプソンは、「高速ラインヘッド」開発に力を入れています。ラインヘッドとは印刷する紙の幅と同じくらいの幅に、インクを吐出するノズルを高密度で並べたものです。現在のインクジェットプリンターは、印刷ヘッドが横に移動しながら紙にインクを吐出しています。ラインヘッドは、現在の印刷ヘッドが横に移動しながらインクを吐出するという作業を、一瞬で、紙の幅全体に対して済ませてしまうものです。これが実現すれば、印刷速度でもレーザープリンターを超えるものができます。

エプソンは独自開発した「マイクロピエゾ」技術で、写真画質を達成し、多くのファンを獲得しました。現在では同じマイクロピエゾ技術で、ビジネス文書向けのプリンターの開発、販売に力を入れています。エプソンのインクジェット技術は幅広い用途に応用できて、今のところこれに代わる技術は見当たりません。これからもエプソンはインクジェットで開発を進めていくことでしょう。

執筆:加山恵美(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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