設計のあり方だけでなく、働き方も大きく変えたCAD(前編)

世界に数あるCAD(Computer-Aided Design)ソフトウェアの中でも、最も普及しているものの一つにAutodesk社の「AutoCAD」が挙げられます。今回はAutoCADが登場するよりも前の話、CADの源流からお話を始めましょう。ドラフターという製図台を用いていた時代からパソコンでCADを使うようになるまでです。

[2017年 6月 7日公開]

メインフレームで使うものだったCADがパソコンの世界に

「設計図」とは建築や工業製品の専門知識を持つ人が描くもので、実際に紙に描くには「ドラフター」と呼ぶ製図台を使うのが普通でした(写真1)。ドラフターとは、各種定規や製図道具をつけるアームが付いている大きな板で、ドラフターの板に正対するように座ることで、効率よく作業ができるようになっています。平行線、垂直線、斜線など、設計図を正確になるべく短時間で描くためには欠かせないものでした。

(写真1)ドラフター。CADが普及する以前は、この台で設計図を手描きしていた

ドラフターを使った製図作業は、当然ながら全て手描きです。オートデスクでエバンジェリストとしてAutoCADの啓蒙活動にも携わっている伊勢崎俊明氏(写真2)は「設計する人は図面を自分の『作品』だと考えています。数字もその字体に至るまで細部にこだわり、心を込めて描くのです」と言います。心がこもるのも当然かもしれません。描くのはまだ誰も見たことがない何かであり、そこには将来への大きな期待があるからでしょう。

設計図は何かを作るために描くものです。当然、描いておしまいとはいきません。設計図の通りにものを作ってくれる人にも提供して、内容を理解してもらう必要があります。ものを作る人が増えれば当然その分、多くの人に設計図が意図する情報を正確に伝えなければなりません。

例えば建築物なら、建築業者は骨組みや柱、天井、床など、建築物自体の図面を見て作業します。しかし、それだけでは建築物は完成しません。照明、空調、水道などの設備を整えていかなければならないからです。こういった部分を担当する業者は、設計図にトレーシングペーパーを重ねて複写し、自分たちだけが関係する情報、例えば照明の業者なら照明の設置位置や配線を示す情報を描き足して作業をしていました。複写機やCADが登場する前は手描きで設計図の情報を共有していたのです。

(写真2)オートデスク エバンジェリストの伊勢崎俊明氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

世界初のCADソフトウェアは、1963年に当時マサチューセッツ工科大学の博士課程に在籍していたIvan Sutherland博士が作成した「Sketchpad」です。これはCADソフトウェアの先駆けであるだけでなく、GUI(Graphical User Interface)やオブジェクト指向プログラミングの考え方を取り入れた、非常に革新的なものでした。Sutherland博士はSketchpad開発の功績により、1988年にチューリング賞を受賞しています。

Sketchpadが残した功績は大きなものです。しかし、Sketchpadが登場した60年代は、コンピューターはとても高価で、誰もが使えるものではありませんでした。70年代になっても、コンピューターは一部の人しか使えないものでした。当時CADソフトウェアを使うには、メインフレームやUNIXワークステーションなどのとても高価なハードウェアをそろえる必要がありました。これはとても高いハードルであり、ごく一部の人しか越えられないものでした。

80年代に入ると状況は大きく変わります。1982年にJohn Walker氏がAutodesk社を設立し、パソコン向けCADソフトウェア「AutoCAD」を発売しました。John Walker氏はAutoCADの開発者でもあります。初期の製品はCP/MやMS-DOSといった、今となっては原始的なOSで動作するものでした。

AutoCAD発売当時のパソコンはまだ高級品でしたが、個人でも何とか手が届くものであり、メインフレームやUNIXワークステーションと比べればかなり安いと言えました。当時「パソコンでCADが使える」ということはとても画期的なことで、各種展示会では多くの人から注目を集めたそうです。

AutoCADが登場するまで、CADと言えばメインフレームやUNIXワークステーションで利用するものでした。それが、AutoCADの登場によって個人でも手が届くパソコンでCADが使えるようになり、CAD導入の敷居が一気に個人レベルまで下がりました。Autodesk社は、CAD普及に最も貢献した企業と言っても良いでしょう。

なお、世界で最初にCADを使い始めたのは航空業界だそうです。ただしこれは、ワークステーションで動作する3D CADです。日本でパソコン向けCADソフトウェアが登場したときは、3Dモデルではなく、図面を作図する目的で主に建築業から普及していきました。(中編に続く)

執筆:加山恵美(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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