個人の悪ふざけから社会を揺るがす犯罪に、悪質化が進むサイバー攻撃(前編)

インターネットの世界は、人間社会の映し鏡のようです。人間社会にいたずらや犯罪に手を出してしまう人がいるように、インターネットの世界にも悪事を働く人はいます。しかも、技術の進歩に合わせるようにインターネットの世界の犯罪は悪質になっていきます。今回は、まだその「悪事」が子どものいたずら程度だった時代を振り返ってみましょう。

[2017年 7月19日公開]

「コンピューターウイルス」が世間を騒がせる目的だけだった時代

「今振り返ると、初期のコンピューターウイルスが及ぼすダメージは今のものと比べるとかわいいものでした。あれだけ騒いだのは一体なんだったのか」と、トレンドマイクロの上級セキュリティエバンジェリストを務める染谷征良氏(写真1)は苦笑いしながら述懐します。

(写真1)トレンドマイクロで上級セキュリティエバンジェリストを務める染谷征良氏 *内容は取材当時のもの(写真:加山恵美)

パソコンが普及し始めた頃の「サイバー攻撃」といえば、「コンピューターウイルス」です。プログラムファイルの一部を書き換えて自分自身のコピーを書き込み、ユーザーがそのファイルを実行したらウイルス自身をコピーして増殖させていくものです。「感染」して「発病」すると、ほかのファイルに「感染を広げる」ところが、人間に感染するウイルスに似ていることから「コンピューターウイルス」と呼ぶようになりました。

ただし、その当時のコンピューターウイルスはそれほど怖いものではありませんでした。まだコンピューター同士を接続するネットワークが一般的なものでなかったので、コンピューターウイルスはフロッピーディスクの貸し借りなどで感染を広げていました。感染を広げる速度が、人間が行動する速度とさほど変わらなかったので、短期間で爆発的に感染を広げるということがなかったのです。

そして、感染しても今の脅威と比較するとわずかな被害にとどまることがほとんどでした。当時のコンピューターウイルスは、自分自身の影響範囲を広げたり、画面上に変な文字列を表示させたりといった悪さだけを目的としたものが多く、現在のように感染したら大切なファイルを暗号化して「身代金」を要求するといった悪質な害を及ぼすものはほとんどありませんでした。それでも、当時のパソコンユーザーはコンピューターウイルスについて大騒ぎしたものです。自分自身のパソコンが予期しない動きを見せるということに驚き、すぐには原因が分からずに恐怖に近い感情を持った人たちも多かったはずです。

そのような時代に、パソコンユーザーを本当に恐れさせたウイルスの一つが「チェルノブイリ」です。チェルノブイリ原子力発電所事故が発生した4月26日に発症するのが特徴で、当時のコンピューターウイルスとしては大きな破壊力を持つものでした。ハードディスクに記録したデータやBIOSを破壊し、最悪の場合はパソコンのマザーボード交換を余儀なくされるというほど、その悪質度は甚大だったのです。

コンピューターウイルス作成が、誰でも手を出せるちょっとしたいたずらになった背景には、Microsoft Officeの普及があります。Officeには、Officeが持つ機能を操って、作業の自動化などを実現するプログラム作成環境「Visual Basic for Applications(VBA)」が備わっています。VBAは文法が単純で、比較的容易に習得できたので、これを利用してコンピューターウイルスを作る者が増えたのです。ちなみにVBAの仕組みを「マクロ」と呼ぶこともあるので、VBAを利用したウイルスを「マクロウイルス」と呼ぶこともあります。

VBAを利用したウイルスの代表としては、1996年に発見された「LAROUX(ラルー)」が挙げられます。ラルーはExcelのVBAを利用したウイルスで、印刷機能を阻害したり、ほかのExcelファイルに感染したりします。ウイルス作成の敷居が下がったことで、既に出回っているウイルスをちょっと改造した「亜種」もよく現れるようになりました。

インターネットと共に電子メールが普及すると、ウイルスが感染を広げる速度がぐんと上がり、感染の規模も大きくなりました。電子メールが普及し始めた頃に流行したコンピューターウイルスとしては、2000年に見つかった「LOVELETTER」(または「Love Bug」)があります。件名が「ILOVEYOU」で、本文に添付ファイルを開くよう伝える文を入れたメールを勝手に送信するウイルスです。

本文で「開いてほしい」と言っている添付ファイルはLOVELETTERウイルスそのものです(写真2)。そして、このウイルスの質が悪いところは、当時のWindowsが備えていた「アドレス帳」に登録があるメールアドレス全てにウイルス付きのメールを送ってしまうという点です。最新のウイルスがもたらす害悪を考えれば、かわいいものかもしれませんが、感染してしまったうえ、ウイルスメールの送信を止められず、友人を訪ね歩いて謝罪するという人を、当時たまに見かけました。

(写真2)LOVELETTERウイルスが送り付けてくるメール

コンピューターウイルスがもたらす害から身を守るために、当時から欠かせないものだったのが、「ウイルス対策ソフト(アンチウイルスソフト)」です。コンピューターウイルスの特徴をパターンファイル(ウイルス定義ファイル)としてまとめ、コンピューター内の全てのファイルをこのデータベースと照合してウイルスを検出、駆除してくれるソフトウェアです。

とはいえ、アンチウイルスソフト登場当初、コンピューターウイルスは頻繁に現れるものではなく、パターンファイルの更新頻度も月に1度程度だったそうです。染谷氏は「当初のコンピューターウイルス作成者は愉快犯で、動機の多くは自己顕示欲でした」と言います。

余談ですが、染谷氏自身もコンピューターウイルスの脅威を実体験した一人です。社会人になって早々に業務用のパソコンが感染してしまったのです。「これからセキュリティの仕事をするのに、これでクビになってしまうかも」と動揺したそうです。染谷氏のキャリアを考えると洗礼のようですね。(中編に続く)

執筆:加山恵美(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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