PostScriptとDTPの前に立ちはだかった「日本語の壁」

印刷と出版を変革したPostScript(中編)

前回、PostScriptに加えて対応ソフトがそろったことで、DTP時代が始まったということを説明しました。DTPは英語圏では普及していきましたが、日本で普及させるには大きな壁がありました。それは日本語独特の記述様式です。今回は日本においてPostScriptが普及していく過程を見ていきましょう。

[2016年11月15日公開]

「PostScriptとDTPの前に立ちはだかった「日本語の壁」」記事本文

パソコンで印刷向けデータの作成を可能にするDTP(Desktop Publishing)の登場により、職人の手作業による製版作業がなくなりなり、その代わりにデザイナーに仕事が集中するようになりました。文字や写真を貼り合わせる作業はGUI画面上のマウス操作で可能となり、写植の作業はパソコン上での文字入力とフォント選択に変わるなど、かつて製版職人たちが担っていた作業はDTP時代に入ると全てデザイナーの仕事となったのです。

DTPが普及した大きな理由の一つとして、マウスとキーボードという入力機器と、マウスで自由に操作できるGUI(Graphical User Interface)が挙げられます。そして、これらの条件を全て満たしていたのが、Apple Computer社(当時)のMacintoshです。時代がDTPに移りゆく中、デザインや画像処理を仕事とするクリエイティブな人たちがこぞってMacintoshを購入しました。「マックのおしゃれなイメージはデザイナーさんたちに使われていたところも大きいですね」と語るのはアドビシステムズ マーケティング本部 デジタルメディア マネージャーの岩本崇氏(写真1)です。

(写真1)アドビシステムズ マーケティング本部 デジタルメディア マネージャー 岩本崇氏(写真:加山恵美)

こうして、アメリカでは本格的にDTP時代に突入していきました。しかし、日本でDTPを実現するには大きな壁がありました。それは日本語ならではの問題です。例えば縦書きなどは、英語では考えられないことです。読みにくい漢字に、小さくルビを付けるということも難しいことでした。この問題は日本におけるDTP普及の課題として、アドビシステムズだけではなくマイクロソフトなどソフトウェアベンダーが文部科学省と一緒に検討を重ねていきました。

そして最大の難問が日本語の文字でした。アルファベットの大文字と小文字、そして数種の記号だけでほとんどが済んでしまう英語とは異なり、日本語にはひらがな、カタカナに加えて漢字まであります。しかも漢字の数は、日常良く使う「常用漢字」に限っても2000文字以上、難読人名に使う漢字なども入れていけば、数えきれないほどになります。

文字の問題はそのまま「フォント」の問題と言えます。日本語によるDTPがようやく始まったという頃は、まだ使えるフォントが限られていました。加えて高価でした。いくらパソコン上で原稿が作成できるとしても、ごく少数のフォントしか使えないのでは実用的ではありません。岩本氏は「フォントは文字に表情を与えてくれる。表情の細かい使い分けができないままだったら、DTPは印刷に使えるものにはならなかった」と語ります。

日本語フォントの問題を解決するために、アドビシステムズは日本の写植メーカーに「これからはDTPの時代です、その要となるPostScriptフォントを売りましょう」と協力を求めました。米本社から社長のCharles Geschke氏(当時:現在は会長)が来日し、自ら写植メーカーを口説いて回るほどの力の入れようでした。

そこで動いたのが、写真植字機から長い歴史を持つモリサワです。モリサワは早い段階からアドビシステムズと日本語PostScriptの共同開発に取り組むなど、長い付きあいがありました。そのためか、Geschke氏の訴えにモリサワの森澤喜昭社長(当時:現在は相談役)が応えたのです。その後は社長が号令をかけて、同社の持つ写植データをPostScriptフォントにして発売していきました。

こうして、日本にもDTP環境が普及していき、1990年代末には日本にもDTP環境が根付きました。当時、MacintoshのOSは「Mac OS 9」で、「Illustrator」のバージョンは8、Photoshopはバージョン5でした。そして、その頃最大のシェアを誇っていたDTPソフトウェアは米Quark社(当時)の「QuarkXpress 3.3」でした。

前回説明したように、DTPの歴史の幕を開けたのは米Aldus社の「PageMaker」でしたが、後発のQuarkXpressはより精密な組版を可能とし、いち早くカラーに対応するなど積極的な機能改善でDTPソフトのトップに上り詰めていました。しかし岩本氏は「当時、日本語でDTPはできていましたが、使える漢字は数千字程度。日常生活には困らないかもしれないが、ビジネスとして出版を手掛ける業者にとってはまだまだ十分ではありませんでした。また、世界中のユーザーはより高い精度で組版ができ、より自由にデザインできる環境を求めていました」と語ります。

このような声に応えて、QuarkXpressからシェアを奪おうとAdobe Systemsは全く新しいDTPソフトウェアを開発します。それが「InDesign」です。(後編に続く)

執筆:加山恵美(フリーランスライター)
編集・文責:株式会社インプレス

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