売り上げ・利益を確実に上げる! データ活用術 〜デジタル時代におけるお客様とのつながりについて〜

コロナ禍は、消費者の行動を大きく変えただけでなく、ビジネスや販売チャネル、現場業務のデジタルシフトを加速させました。こうした中、顧客とのつながりを意識したデータ活用の重要性はより一層増しています。今回は、売り上げ・利益を確実に上げるデータ活用術について、OMOの先進事例から考えていきます。

顧客とつながる時代のマーケティングの新しい基本

現象としての「場」シフト

コロナ禍によりデジタル・イノベーションが加速。暮らしや顧客価値、競合のシフトが起こり「場」の価値が変わる中、あらゆる企業がチャネルのデジタルシフトを目指しています。こうした状況下において、チャネルシフト、とりわけOMO(Online Merges with Offline)は「オンラインを起点にいかにリアルに進出するか」という考え方がベースになると指摘した奥谷氏は、OMOの最先端事例として、Amazonが米国を中心に展開する食品スーパー「Amazon Fresh」について紹介しました。

同スーパーでは、スマートショッピングカートの「Dash Cart」やAI音声認識サービスである「Alexa」などのAmazonテクノロジーを駆使することで、無人での自動決済が可能となり、買い物途中でもDash Cart上でのリスト作成、アプリからの事前注文など、リアルとのタッチポイントが数多く設けられています。Amazonは、生鮮食品に加え、書籍や家電、化粧品など、多種多様な商品の購買データも所有しているため、これらのデータをプライベートブランドの商品開発につなげるという取り組みも行っています。

奥谷氏は「オンラインとオフラインの顧客をシームレスに捉え、リッチなコミュニケーションを実現している。リアルでのタッチポイントの広げ方は驚異的」と評価します。

奥谷 孝司氏
(オイシックス・ラ・大地)

デジタル時代のマーケティング思考

奥谷氏は、Product、Price、Promotion、Placeというマーケティングの4Pのうち、Placeからマーケティングの発想を変える必要があると主張します。
「Placeにネットストアや店舗、モバイルアプリが含まれることを前提として顧客価値を考え、残りの3Pをどう設計するかという流れで考えていく必要がある」(奥谷氏)

奥谷氏がこれを実践する企業として紹介したのが、ヤマップです。同社は、2013年に設立したスタートアップ企業であり、スマートフォン向けの登山サポートアプリ「YAMAP」を開発してきました。YAMAPは、スマートフォンの電波が届かない場所でも現在地がわかるだけでなく、他ユーザーによる活動日記の閲覧やオフ会の開催など、ユーザー同士のコミュニケーションの場となっています。近年ではこうしたYAMAPの利用データをもとにした「人と山をつなぐ」という顧客価値に着目し、登山グッズのシェアリングやEC、自社での登山グッズ開発なども手掛けています。

ヤマップは、「山を楽しむ」という体験価値を生み出すため、顧客の行動をアプリ=Placeによって可視化したことで、結果として顧客とのつながりをベースにさまざまなサービスが提供できるようになりました。ここから、顧客価値、および顧客接点を起点としてマーケティングを考えていくことの重要性が伺えます。

大手企業は「量の経営」と「質の経営」を両立させる

昨今注目を集めるD2Cモデルは、小さい市場に特化しているため成り立っており、大手企業が参入しにくいとも考えられますが、大手の場合はD2Cの考え方を取り入れ、「量の経営」と「質の経営」の双方を意識したビジネスを掲げる必要があると奥谷氏は言います。

「D2Cモデルによって、多くの顧客行動データと顧客体験価値が見えてくる。これが『質の経営』。そして、『量の経営』から生まれる既存事業の店頭販売データ+ECデータと機能価値を組み合わせることで、顧客理解をより深めることができる」(奥谷氏)

P&Gが提供する「Lumi by Pampers」は、この成功事例の一つです。紙おむつに装着したデバイスから赤ちゃんの成長状態を管理し親に気づきを与えるこのサービスは、紙おむつ自体の機能価値はそのままに、親への安心感という体験価値を提供しました。

購入されたものが顧客に便益を提供し体験価値をつくる、それを知るために、ECやD2C、コールセンターなどから得られるデータを活用する、という流れになります。

ここで組織として必要となるのは、DX推進部でもオムニチャネル本部でもなく、「カスタマーサクセス」を構築する部署であると奥谷氏。「カスタマーサクセスをみんなで考えようということになれば、全社一丸となって取り組める。これを考えるための手助けとなるのが、デジタルタッチポイント。オンラインIDなくして、これからのマーケティングはできない」と語りました。

TSIのOMO戦略 チャネルを越えた顧客体験の連続性の実現

プラットフォーム・マーケティングマネジメントツールを統一

50を超えるアパレルブランドを扱うTSI。2014年後半からリアルとECをまたいだオムニチャネル戦略にかじを切り、近年ではオンラインとオフライン双方を用いた購買体験に注力しています。

TSIのECの特徴は、個別のブランドの独自性や世界観を重視し、ブランドごとにサイト運営している点です。しかし、データ活用においては、ブランドごとにマーケティングのレベルが異なったりデータが分散したりすることで、ブランドを横断したデータ活用、顧客へのアプローチ、ECスキルの平準化が難しくなるというデメリットもあります。

そのため、渡辺氏によると、この2年間は集合知化に向けた仕組みづくりに時間を割いてきたといいます。まず取り組んだのは、データを取り扱うプラットフォームの統一化。EC・店舗会員情報、広告配信状況などをグループ全体で一元管理・共有できるようにしました。続いて、グループ統一のマーケティングマネジメントツールの開発。強化商品ごとのマーケティング計画をツール上で設計し、各運用者の知見を体系化してカスタマーステージごとに戦術・施策をライブラリとして閲覧できる状態にすることで、集合知の構築が可能となりました。

渡辺 啓之氏
(TSIホールディングス)

顧客体験を最大化するためのOMOであるべき

消費者は常時オンラインに接続され、オンラインとオフラインの境界があいまいになり、両者が融合していく——これこそが、OMOのコンセプトであるとする渡辺氏。「コロナ禍による行動変容により、全てがオンライン起点となってリモート生活に適合していく動きは今後のインフラの考え方そのものともいえる」と説明します。

リアルの場は、“あえてそこに行く”理由が必要となるため、企業としてはリアルを渇望してもらえるような体験を構築していけるよう、サービスを見つめ直す必要があります。

ここで注意すべきは、店舗の重要性はこれまでと何ら変わらないということです。無機質で画一的なECでの体験に対し、リアル店舗は五感に訴えられるという強みがあります。リアル店舗の考え方について、渡辺氏は「体験を重視した実店舗の設計ができていれば、消費者との信頼を築ける場所となりうる。空間を使いながらいかに記憶に残る体験を提供していけるかが大事」と、顧客とのエンゲージメントやロイヤルティ形成をリアル店舗の目的に置くことの重要性を指摘します。さらにオンライン接客をはじめ、店舗外の顧客に対して接客やPRを行う事例をあげ、実店舗の役割はもはや実店舗の中にとどまらなくなっている状況と説明しました。

OMOとは「点の変革」ではなく、デジタルを軸とした「チャネル構造変革」であり、顧客体験を中心に据えてカスタマージャーニー全体をどう設計していくか、と考える必要があります。「OMOの議論は、ソリューションや組織、人材などHOWの話になりがちだが、『顧客体験をいかに最大化するか』というWHATを起点として考えていくべき」(渡辺氏)

TSIが取り組むOMO戦略と施策

OMO時代は、機能的価値の提供に加えて、人が介在する情緒的価値を提供することがブランドと顧客をつなぐ重要な要素になりえます。TSIでは、「テクノロジーを活用して情緒的価値をいかに醸成(じょうせい)するか」に主眼を置き、OMO戦略に取り組みます。

主要施策の一つとして、販売スタッフによるコンテンツ強化があげられます。コーディネート案をWebサイトやSNSにアップするなど、自身のコンテンツでブランドの魅力を拡散していく取り組みに力を入れることで、販売スタッフという「人」の魅力を軸に、来店するきっかけを築いていこうとしています。

さらに、ECサイト内のスタッフ予約機能では、試着予約する際に対応するスタッフの指名が可能となっているほか、ECサイトから店舗のスタッフに相談できるオンライン接客機能では、チャットや動画ベースでの接客が可能となっています。

また、データを活用したエンゲージメント施策として、スマートフォンアプリを使って顧客を識別する「チェックインスタンド」の実証も進めています。専用スタンドに自身のスマートフォンをかざし店舗にチェックインすると、ECサイトやアプリでの閲覧履歴などをもとに画面上に在庫商品が表示されるほか、店舗のベストセラーやおすすめコーディネートなどもレコメンドされる仕組みです。顧客にとっては、店舗でもECの行動データをもとにした自分だけの体験が得られるようになっているといえます。

さらに、IoTを利用し店舗でハンガーの動きをセンシングすることで、顧客の店舗内行動および商品への関心度合いを把握しレコメンドに活用するといった、「ECの当たり前」を店舗に導入する実証も進んでいるところです。

講師紹介

オイシックス・ラ・大地株式会社
専門役員
奥谷 孝司 氏

株式会社TSIホールディングス
執行役員 デジタルビジネス部長
渡辺 啓之 氏

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