【最終回】 人は「コスト」ではなく「資本財」である

これまで3年以上、39回にわたり書かせていただいたこのコラムも、今回で最終回です。「最終回、何を書くべきか?」と思い悩みましたが、最後は故ドラッカー教授が、一貫して伝えたかったメッセージをまとめとして書きます。

ピーター・ドラッカーという経営学者が世界のリーダーから支持されてきた根幹にあるものは何か。そう問われれば、私はさまざまな彼のメッセージをふまえた上で、一言、

「人間と社会を幸福にするための経営(マネジメント)学」

であることを挙げます。

彼は、社会や経済の変化、NPOの隆盛、就労形態の変化、人口動態の変化、情報化社会、グローバル化による「多元化」など、さまざまな現実を網羅的に観察した上で、

「変化の先に、『人間が本来持つ力』がますます重要になる」

と説きました。

■ 「知識労働者」(ナレッジワーカー)の時代

ドラッカーは約60年以上前、それこそ大量生産と工業化の真っただ中に、「知識労働者(ナレッジワーカー)」という言葉を初めて世に出しました。

知識労働者とは、一体どのような人たちでしょうか。文字通り、自分たちが持つ専門知識、知恵、アイディア、チームワークのノウハウなどの「知識」が、そのまま組織の「業績」に直結する、そういうスタイルで働く人々のことです。

ドラッカーは、こう言います。

「知識労働者は、知識という生産手段を自ら所有し、携行し、自由に移動する」

製造業であれ、システム開発業であれ、もちろんコンサルティングや司法サービス業であれ、近代企業で「価値」を生みだすのは、そこで働く人々の知恵や知識です。産業資本や財務資本の大きさ、時価総額の大きさよりも、「そこでどのような人たちが、どのように仕事をし、どのような商品・サービスを生みだしているか」で組織の成否が決まります。

こう書くと、当たり前のように聞こえるかもしれません。しかし、どこまでこの考えを「実践」できている会社があるのでしょうか。

■ 知識や知恵を大切にすることは、人を大切にすること

社員が内面に持っている「知識」「知恵」「想い」「価値観」などのユニークな武器を、本当に事業で活かしきれているでしょうか。気がつけば、会話や対話もなく、ひたすら「業務をこなす」機械的な組織になってしまい、社員も、マネージャーも「いきいきと働く」ことができなくなっていることはないでしょうか。

ドラッカーは、「知識労働者は、自分の知識や知恵、そして強みを最大限に活かして働ける職場を求める」と言いました。私は、以下の四点を知識労働者がいきいきと働ける組織づくりの観点で大切だと考えています。

【1】知識労働者を惹き付ける
【2】知を引き出す
【3】知を流通させる
【4】優良な知を蓄積・増殖させる

まず、知識労働者として会社に成果をもたらしてれくる人を「惹き付ける」ことが不可欠です。クリエイティブな知識労働者にとって魅力がある、「ここで仕事をしたい」と強く想う、そのような職場とメッセージ発信が大切です。

次に、「引き出す」。知識や知恵が社員からどんどん出てくるような、十分なコミュニケーションや対話の時間、環境があるかどうかです。せっかく良い人財がそろっていても、その知を内面にしまい込んで、表に出さなければ成果は生まれません。

三番目の「流通させる」。これは、知識が階層や部署をまたいで、組織を縦横無尽に駆け巡るような、風通しのよい職場になっているかどうかです。「役職が上の人には本音を言わない」「お互い率直に話し合えない」といった風土や関係性では、知識は組織内で決して流通しません。よく「風通しをよくしよう」などと言われますが、この風通しはつまり、「良質な知識・知恵を組織内で流通させる」ための手段です。何が目的かを明確に伝えないと、決して風通しはよくならないはずです。

これら三つを現場で徹底して実現すれば、その中からさらに、「新たな、競争力のある、『知』」が生みだされます。それが、四番目の知を「蓄積・増殖」させる形です。もともとあった個人の知に、多くの同僚や仲間の知識、知恵が加味されていきます。そして、さらに顧客を満足させて新しい商品・サービス価値を生みだす、新たな「知」が組織内で創られている状態です。

会社や組織として、「知識」「知恵」を大切にするということは、すなわち「人」を大切にすることとほぼ同義です。

ドラッカーは、こう言います。

「知識労働者を『コスト』として扱うべきではない。彼/彼女らを『資本財』として扱わなくてはいけない。コストは管理し減らさなければならないが、資本財は殖さなくてはならない」

■ 人が自らの知識と強みを活かして、いきいきと働ける職場へ

社員は、顧客の情報やニーズなどさまざまな重要な「知」を既に持っています。現代企業の課題は、そういった知識や知恵が経営層の戦略やメッセージとなかなか融合していかないことです。あるいは、声を表に出せない慣習や組織風土もあります。こういった企業は、たとえ直近は業績が好調でも、中長期的には行き詰まりやすいです。なぜなら、「知識労働」「知識資本」という超重要な経営資源が育っていないからです。それが、ドラッカー経営学による組織の見方です。

グーグルの元CEO、エリック・シュミット氏は、こう言います。

「マネジメントの父ピーター・ドラッカーほど、知識労働者に詳しい者はいない。何といっても1959年、知識労働者という言葉をつくったのがドラッカーだった。(中略)ドラッカーは、知識労働者は知識労働において成果をあげることを当然とするという。出勤状況などで判断されたくはない。しかもドラッカーは、知識労働者が知識労働の仕事をするうえで邪魔になるものはすべて除去せよという。(中略)加えて、企業が成功するには、最大の競争力要因たる彼ら知識労働者を惹き付けることができなければならないという。実はグーグルが考えていることが、これらのことである。」
(グーグル元CEO エリック・シュミット「ニューズウィーク」掲載記事より)

グーグルの経営スタイルは、60年以上前にドラッカーが思い描いた未来志向で創造的な企業のイメージに近いのかもしれません。

皆さんの会社は如何でしょうか。業種・業態にかかわらず、そこで働く人がイキイキと自分の意見、知恵、知識を伝え合える環境になっているでしょうか。
現場の人たちが大きな目的の下につながりあい、刺激し合い、内なる想い、知識、知恵を存分に出し、顧客にとって価値あるモノが創られている状態でしょうか。

もし現段階でそうでないなら、今後何に留意して経営して行くべきか、明らかです。

「企業とは人であり、その知識、能力、絆である。」

ドラッカーのこのメッセージを、今一度ご自身の組織マネジメントに役立ててみてください。

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この記事の著者

PROJECT INITIATIVE株式会社 代表取締役

藤田 勝利

1972年生まれ。上智大学卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、クレアモント大学院大学 P.F ドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得。ベンチャー企業執行役員として事業開発に従事後、2010年独立。次世代経営リーダー育成や新規事業の分野で幅広く活動中。著書:「ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント」(日本実業出版社)
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