基調講演
「設備系製造業におけるエンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)の重要性
流用化・標準化設計やBOM構築のポイントは?」
株式会社大塚商会 コンサルタント 谷口 潤
DX推進やコロナ禍を経て、製造業ではサプライチェーン・マネジメント(SCM)だけでなく、エンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)が重要視されるようになりました。ECMを構築する上でのカギは設計成果物の共有化とデジタル化であり、そのためにはBOM構築を前提とした流用化・標準化設計の実現が重要です。しかし、現状はほとんどの企業で実現できておらず、製品ごとや案件ごとに独自の設計を繰り返しているという実態があります。
2022年9月26日(月)に開催した生産革新ユーザー会「分科会ワークショップ 2022年秋」Day1では、コンサルタント谷口潤による「流用化・標準化設計、BOM構築に関するセミナー」と、「なぜ流用化・標準化設計は進まないのか?」というテーマでのグループ対話が実施されました。
ご参加いただいた企業の皆様の声から、流用化・標準化設計を進めるヒントを見つけていきましょう。
目次
本レポートでは、重要なポイントを抜粋してご紹介します。

基調講演
「設備系製造業におけるエンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)の重要性
流用化・標準化設計やBOM構築のポイントは?」
株式会社大塚商会 コンサルタント 谷口 潤
2019年末から続くコロナ禍において、設備系製造業は危機的な状況におかれています。例えば、半導体を中心とした高機能部品において異常納期が発生し、たった数万円の部品が届かないせいで数千万円の設備が長期間仕掛かり状態で滞留する事態となりました。その影響で、設備系製造業のキャッシュフローが苦しめられています。
このように、コロナ禍でサプライチェーン・マネジメント(SCM)の脆弱(ぜいじゃく)性が明らかになったことで、その源泉情報となる設計成果物の重要性が高まっています。SCMは大切な取り組みではありますものの、それだけではコロナ禍で発生した問題を解決できません。これからの製造業では、SCMを有効に動かすために設計成果物の「汎用(はんよう)性・代替性・共通性」を高めるべきだといわれています。

【知識情報】コロナ禍で明らかになったサプライチェーン・マネジメント(SCM)の脆弱性とは?
2019年末に中国で最初に確認され、2020年から世界中に拡大した新型コロナウィルス感染症は、製造業各社が取り組んできたサプライチェーン・マネジメント(SCM)のあり方を大きく見直すきっかけとなりました。
例えば、部品の調達量が多く、グローバルで強固なサプライチェーンを構築していたはずの日系自動車メーカーでも、半導体不足などの影響で工場の稼働停止が相次ぎました。自動車の生産台数はコロナ禍以前に比べて大幅に減少し、一部の車種では納車まで半年以上待たなくてはならない状況が続きました。
「2021年版ものづくり白書」によると、新型コロナウィルス感染症の感染拡大により調達活動に影響が生じた要因として、多くの企業が「代替調達の効かない部材の存在」「海外調達への依存」「過度の集中購買」「アウトソーシングへの依存」を挙げています。今後はコロナ禍での反省を生かし、代替を前提とした設計や部材の調達、調達先の分散、重要部品の内製化が進んでいくでしょう。
大塚商会では、設備系製造業が目指すべきDXの姿として「エンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)+サプライチェーン・マネジメント(SCM)によるデジタル変革」を挙げています。
SCMは設計成果物が「常に正である」ことが前提となっていますが、中小・中堅製造業での実態は異なります。具体的には、不具合が多い、図面の表記がバラバラ、古く間違った情報のまま更新されていない、といったように理想と現実に大きなギャップがあるケースがほとんどです。その結果、下流にあたるSCM側で補完しなければならず、SCMを正しく実行できなくなっています。

そこで重要になるのが、「ECM+SCM」という新しい視点を持つことです。
後述する流用化・標準化設計やBOM構築などによってECMを実行すれば、設計成果物を本来あるべき姿にまで高めることができ、不要な補完業務をなくせます。また、設計成果物の質が高まればSCMを正しく実行できるようになり、生産準備や調達業務のムダを削減して生産効率を改善できるのです。

【知識情報】エンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)とは?
エンジニアリングチェーンとは、設計部門を中心としたものづくりの流れを意味する言葉です。具体的には、ものづくりの上流工程のことを指します。
こうした、エンジニアリングチェーンを管理し、最適化や効率化を目指す取り組みがエンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)です。
製造業では、製品の品質やコストの8割は設計で決まるといわれています。実際に、設計成果物の質が下流工程にあたるSCMに大きな影響を及ぼすことはすでに述べた通りです。近年では、経済産業省が取りまとめている「ものづくり白書」をはじめ、至るところでECMの重要性が主張されており、改めて注目を集めています。
しかし、ECMの重要性が主張されてはいるものの、具体的にどのように実現していくかは、あまり述べられていません。そこで、今回のワークショップでは、ECMを実現するためには根本的に何が必要か、について深掘りしていきます。
第3節 製造業の企業変革力を強化するデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進(経済産業省:ものづくり白書・PDF)
設備系製造業の設計部門は、一般的に次の二つの課題を抱えています。
原因の一つが「蛸壺(たこつぼ)設計」です。
蛸壺設計とは、「設計ノウハウを共有する」という発想を設計者が失ってしまっている状態を意味しており、ムダな類似設計やこだわり設計、使い捨ての図面といった非効率が発生する元凶となります。また、ほかの設計者が代わりになれないため負荷が集中し、超多忙な状況を引き起こしてしまうのです。
設計者が超多忙だとしっかりとしたBOMを構築する余裕がないため、設計成果物が不完全な状態になり、ムダな類似設計を繰り返す原因になります。また、若い設計者を指導したり、付加価値の高い設計機会を与えたりする余裕もなくなるため、設計者が育たないという悪循環を招いているのです。
設計部門の課題を解消するためには、設計効率の悪さとBOM構築不全による情報共有不足を解消しなければなりません。流用化・標準化設計の仕組みとBOMの構築に取り組み、高効率な設計環境を実現すべきなのです。
【知識情報】ECMに欠かせないBOMとは?
BOMは「Bill Of Materials」の略称で、一般的に「部品構成表」と呼ばれるものです。設備系製造業のように製品の構成が複雑な場合、どのような部品の組み合わせになっているのかをBOMで「見える化」しておかなければ、作るのが難しくなります。

BOMの種類
この中で、最も重要なのが設計部門の作成するE-BOMであり、E-BOMを基にしてほかのBOMが作成されることになります。

高効率な設計のカギである流用化・標準化設計の具体的なイメージは、「ブロック玩具」です。手持ちのブロック、つまり今ある設計資産を検索・検討し、それらの組み合わせで要求仕様を満足させることが流用化・標準化設計で目指すべき姿といえます。
設計者が持つべき意識
BOMを構築して品目の親子関係や数量のつながりが明確になれば、部品やユニットをブロックとして扱って類似製品に流用したり、標準品としてカタログ化を進めたりできます。従来のように図面で設計成果物を管理するのではなく、ITの力を活用してデジタルでBOMを構築すれば、設計成果物を自社の資産として有効活用できるようになるでしょう。
設備系製造業におけるエンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)の具体的なイメージは、「流用化・標準化設計プラットフォーム」です。整理・整頓された設計資産/設計カタログ集を蓄積し、ITの力を使って品目コードや属性、設計履歴などから素早く検索できるようにすれば、設計部門はもちろん、全社で設計成果物を共有しながら効率的なものづくりを実現できます。

【知識情報】流用化・標準化設計のメリット
流用化・標準化設計は、ものづくりのQCD向上につながる重要な取り組みです。具体的にどういったメリットがあるのかをみてみましょう。
基調講演に続いて、「なぜ流用化・標準化設計は進まないのか?」というテーマでのグループ対話を実施しました。
各グループでの対話の中から見えてきた、流用化・標準化設計が進まない理由を大きく三つにまとめて紹介します。

参加企業のほとんどが課題と感じていたのが、設計者のルール作りです。設計時のルールが明確に定まっていないため、設計者が独自の方法で設計をしてしまい、蛸壺設計に陥っているのです。
さらに、流用化・標準化設計を進めるためには強力なリーダーシップが不可欠という意見も出てきました。ルールを作ったとしても、それが設計者の間で浸透しなければすぐに蛸壺設計に戻ってしまうためです。
社内でルールを浸透させるためには、経営者や設計部門長が流用化・標準化設計の重要性を深く理解し、熱意を持って推進していく必要があるといえます。
図面をはじめとする設計資産の検索性を高めるために名寄せや属性情報の付与といった編集作業が必要になりますが、日常業務と並行して作業をしなければならず、まとまった時間を確保できないため、流用化・標準化が思うように進まないという悩みがありました。
CADのバージョンが統一されておらず直接データをやりとりできない、エクセルでBOMを管理している、といったように、先にツールやデータ形式の統一から取り組まなくてはならず、流用化・標準化設計までたどり着けていないという企業様もありました。
BOM構築や流用化・標準化に取り組むためには、ある程度まとまった時間を捻出する必要があります。ツールを導入して終わりではなく、地道な作業を繰り返さなくてはならない点が、流用化・標準化設計が進まない原因になっているといえるでしょう。
設備系製造業では受注生産が多く、顧客の要求に応える必要があります。そのため設計者が独自の方向を向いてしまって、蛸壺化してしまうなど、顧客とのすり合わせが必須であるがゆえの悩みが多いのが特徴です。
実際に特注仕様が多い製品では流用化・標準化が難しいことは確かです。しかし、全ての部品やユニットが特注仕様というわけではなく、汎用的な部分も少なからずあるのではないでしょうか。このように小さな範囲から流用化・標準化できるところを見つけて取り組んでいくことが重要になります。
生産革新ユーザー会「分科会ワークショップ 2022年秋」Day1では、BOM構築を前提とした流用化・標準化設計の重要性や、それらを推進する上での課題が明確になりました。また、グループ対話を通じて、どの企業も同じような悩みを抱えていることや、すぐに成果が出ることはないということも認識できました。
実際に流用化・標準化設計の実現は長くつらい道のりであることは間違いなく、多くの課題を乗り越えなくてはなりません。しかし、まずは一歩踏み出して継続していけば、必ず流用化・標準化設計につながります。
続くDay2では、「どうすれば流用化・標準化設計が進むか?」というテーマでのグループ対話が実施され、実際に取り組みを進めているユーザー企業から多くのポイントが見えてきます。流用化・標準化設計に取り組んでいこうと考えている企業の皆様方は、ぜひDay2のレポートもご覧ください。
生産革新ユーザー会「分科会ワークショップ 2022年秋」開催レポート
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製造業のお客様の課題を一気通貫で解決
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