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【セミナーレポート】建設DXセミナー:人手不足を克服する建設業の未来展望:法令順守からデジタル化への挑戦
建築主要三法と建築設計図書の電子保存ガイドライン改訂版を解説
2023年11月に公開された建築設計図書の電子化保存ガイドラインへの対応、電子帳簿保存法開始後の効率化手法、経費管理のデジタル化による業務効率化、そして労働環境改善など、対応すべき課題は山積みです。本セミナーでは図面類(設計図書など)の法的保存義務に着目し、同じ建物であっても適用される法令により保存要件がどう異なるのか、また、大幅改訂された建築設計図書の電子保存ガイドラインの改訂内容にも触れ、電子保存の考え方やその方法を解説します。
建築・建設業における図書の電子保存についてプロフェッショナルが疑問にお答えします
今回、講師としてお招きしたのは、株式会社ネオエンタープライズ 代表取締役社長 川谷 聡 様です。
ICT(情報通信技術)や建築設計図書の電磁的記録による作成と保存のコンサルティングを手掛け、公益社団法人 日本文書情報マネジメント協会(JIIMA) 建築市場委員会 副委員長を務める一級建築士の川谷様から、建築士法・建設業法における図面類の保存要件と、これらを電子で保存する場合の要件、および改定された建築設計図書の電子保存ガイドラインの内容について分かりやすく解説していただきました。
建築物の図書に関する主要三法における保存義務
一般的な建築物の設計から完成に至るまでには、建築主要三法といわれる建築士法、建築基準法、建設業法を始めとする数々の法令の適用を受けることになります。建築士法では、建築士事務所の開設者は国土交通省令で定める図書を15年間保存しなければなりません。電子保存が可能なことはe-文書法などで定められています。また、建設業法では、国土交通省令で定めるところにより、「完成図」「発注者との打ち合わせ記録」「施工体系図」を10年間保存しなければなりません。電子保存が可能なことは建設業法施行規則で定められています。
関係法 | 対象 | 民間における図書の保存義務 | 電子保存 |
---|---|---|---|
建築士法 | 設計 | 建築士事務所の開設者は国土交通省令で定める図書を15年間保存しなければならない | e-文書法などで電磁的記録による作成と保存が容認されている。建築士法には書いていない |
建築基準法 | 行政 | 民間である建築士事務所に保存義務はない(指定確認検査機関、特定行政庁で保存) | ― |
建設業法 | 施工 | 建設業者は、国土交通省令で定めるところにより、以下を10年間保存しなければならない (1)完成図 (2)発注者との打ち合わせ記録 (3)施工体系図 | 施行規則に電子計算機に備えられたファイル、または磁気ディスクなどによる記録に代えることができると記載 |
時間経過軸で建築三法での保存義務を確認
建築三法での保存義務の概略を図で確認していきます。図では、右方向に時間経過を示しています。まず、建築士事務所に属する建築士が業務として設計を行った場合、設計の終盤で建築基準法に基づく確認申請を行います。確認申請には図面を添付しますが、検査終了後の申請書と図面の保存義務は、確認申請を提出した特定行政庁や指定確認検査機関に15年間の保存義務があり、建築士事務所には保存義務はありません。
確認検査が完了し設計が終了すると、法令で定められた設計図書については建築士事務所で15年間保存しなければなりません。設計図書を受け取った建設業者は、一般的には施工図や詳細図など施工に必要な図面を作成し、完成図を作成します。この完成図や発注者との打ち合わせ記録は10年間保存することになります。法令では完成図と呼びますが、一般には竣工図と呼ばれるものになります。
建築士法には設計図書を電子で保存してよいとは書いていない!?
実は建築士法や同施行規則には電磁的記録、つまり電子的に作成してよい、電子保存してよいとの記述はありません。設計図書を電磁的記録で作成して保存ができる法的根拠は、いわゆるe-文書法とこれの施行規則であるe-文書法国交省令となっています。さらに、2021年9月以降は「国交省建築指導課通知(国住指第1339号〈技術的助言〉)」も重要な指針となっています。これら複数の法令や通達が複雑に関係するので理解が難しく、これが設計図書の電子保存が進まない一つの理由となっています。
そこで、公益社団法人 日本文書情報マネジメント協会では、『建築設計業務における設計図書の電磁的記録による作成と保存のガイドライン Ver.2』を発行し、これらの関係性と具体的にどうすべきかを解説しています。このガイドラインに沿って、解説を進めます。
建築設計業務における設計図書の電磁的記録による作成と保存のガイドラインVer.2 出典:公益社団法人 日本文書情報マネジメント協会(JIIMA)(PDF)
建築設計図書が電磁的記録による作成と保存ができる根拠
建築設計図書が電磁的記録による作成と保存ができる根拠ですが、まずe-文書法には第三条で書面の保存に代えて電子的記録による保存できると書かれており、第四条では書面の作成に代えて電磁的記録で作成できると書かれています。
建築士法の第20条には書面の場合ですが、「建築士事務所に属する建築士が業務として設計を行った場合は、建築士である旨の表示をして記名しなければならない。設計図書の一部を変更した場合も同様とする」と書かれています。なお、2021年8月までは記名に加え押印が必要でしたが、9月から押印義務は廃止されました。
ところが、同年9月1日からはこのe-文書法国交省令の第七条に第二項が追加され、電子署名のほか、行政機関などが定める措置でもよいこととなりました。そして同日、国交省建築指導課から技術的助言が発出され、「電子署名のほか、行政機関などが定める措置が規定されるが、この行政機関などが定める措置は、設計図書に記名されていれば足りることとし、それ以外に別段の措置は求めないこととする。」と記載されています。
電子で保存ができる根拠
e-文書法 第三条(電磁的記録による保存)
民間事業者等は、保存のうち当該保存に関する他の法令の規定により書面により行わなければならないとされているもの(主務省令で定めるものに限る。)については、当該法令の規定にかかわらず、主務省令で定めるところにより、書面の保存に代えて当該書面に係る電磁的記録の保存を行うことができる。
電子で作成ができる根拠
e-文書法 第四条(電磁的記録による作成)
民間事業者等は、作成のうち当該作成に関する他の法令の規定により書面により行わなければならないとされているもの(中略)については、当該他の法令の規定にかかわらず、主務省令で定めるところにより、書面の作成に代えて当該書面に係る電磁的記録の作成を行うことができる。
「建築士法」における設計図書の電磁的記録による保存の要件
PDFファイルを技術的に保護すると法が決めるのではなく(2021年8月以前)、建築士事務所の開設者が自らの責任において判断・実施して適切に保存しなければならない、という考え方に変わりました。
電子保存要件 保存方法(1)
国交省建築指導課通知(国住指第1339号〈技術的助言〉)
「書面の作成に代えて電磁的記録の作成を行う場合には、当該電磁的記録が保存期間を通じて作成時と同じ状態であることが確認できるようにすること。具体的には、あらかじめ許可した者以外のアクセス制限、保存データへのアクセスログの記録または保存データのバックアップによる対応等が考えられる。また、当該電磁的記録について、保存期間中は内容が確認できるようシステムの維持(特に保存期間中においてはデータを読み込める形式とするとやソフトウェアのアップデートへの対応)等必要な措置を講じるとともに、確実に保存ができるよう滅失防止対策等を講じること。」とし文書管理がきちっとできるシステムで保存するという方向を示しています。
電子保存要件 保存方法(2)
ガイドライン推奨
PDFファイルにタイムスタンプを付与すれば、ファイル単位で改ざん検知が可能で、簡便なシステムでも保存可能(PDFファイルを技術的に保護)。
「ガイドライン」における建築設計図書の電磁的記録による保存
建築設計図書の電磁的記録による保存について、ガイドラインでは次の表のようにまとめています。
保存方法 | 機能・具体例 | 備考 |
---|---|---|
ドキュメント管理システムで作成時と同じ状態であることを確認する方法 | 許可された者による改ざんを防止するためには、保存図書への参照は実施しても編集はしていないことが分かるアクセスログの15年間にわたる記録の保存や、あるいはデータを改ざんしていないことが証明できる仕組みでのバックアップが必要となる。例えば、市販もしくは同等のドキュメント管理システムなどの利用が考えられる。 また、保存すべき設計図書、つまり保存用原本がどれなのかの識別・管理も重要となるので、例えば、ドキュメント管理システムなどでのバージョン管理などが求められる。 | PCなどへのOS付属機能のフォルダー内保存だけでは、作成時と同じ状態であることを証明するのは困難といえる。 |
PDFファイル単位で作成時と同じ状態であることを確認する方法 | 記名済みの設計図書PDFファイル(ファイル内の図書は1枚でも複数枚でもよい)にデジタル署名方式のタイムスタンプを付与すれば、PDF閲覧ソフトであるアドビ社のAcrobat Readerを使って図書を閲覧するだけで、当該設計図書が第三者により改ざんされていないことを証明することができる。 タイムスタンプを付与された設計図書PDFファイルは、PDF単体で作成時と同じ状態であることが確認できる。タイムスタンプの有効期間はおおむね10年であることから、15年間の保存の場合、5年以上10年以内に追加のタイムスタンプを付与する。最終的な設計図書にのみタイムスタンプを付与すれば、保存用原本としての識別も容易となる。 | PCなどへのOS付属機能のフォルダー内保存であっても作成時と同じ状態であることを証明することができる。 |
ポイント
タイムスタンプとは
タイムスタンプは、正確な時刻情報と文章の要約(ハッシュ値)を認証事業者が電子署名を施して作成する一種の暗号化付与となります。PDFに埋め込まれたこのタイムスタンプの値を閲覧時に検証して一致すれば、改ざんがなかったことを証明できる仕組みです。
タイムスタンプとは
- ある時刻にある電子データが存在していたことを証明する「存在証明」
- ある時刻以降電子データの内容が改ざんされていないことを証明する「完全性証明」
- PDFの中にタイムスタンプを内蔵し(PAdES形式)Acrobat Readerで視覚的に非改ざんであることが確認できる
- 有効期間は10年。再付与で延長可能
- 認証を受けた第三者(時刻認証局)による付与で信頼できる
建築設計図書の電磁的記録による作成と保存の流れ
ドキュメント管理システムなどで保存するか、PDF内にタイムススタンプを付与して保存するか、どちらの方法を採用するにしても、建築士法上15年間の保存義務がある以上、何らかの完全性を証明する手段を持たなければ、書面保存相当の法的証拠能力は得られません。なお、書面で設計図書を作成した場合であっても、スキャナーで読み取って電子化し、電子保存することは可能です。
設計図書を電子保存するためにはどうしたらいい?
保存イメージの例
具体的な保存イメージの例を考えてみます。保存要件は「電磁的記録が保存期間を通じて作成時と同じ状態であることが確認できるようにする」ことです。設計図書をCADやBIMで作成する場合、CADやBIMから直接、もしくはCADデータからPDFなどを作成することを電磁的記録による作成といいます。このPDFなどをドキュメント管理システムを使って企業内サーバーやクラウドサーバーに保存すれば、前述した国土交通省建築指導課の技術的助言にもありました、あらかじめ許可したもの以外のアクセス制限、保存データへのアクセスログの記録ができることに該当することになります。別の方法としては、PDFの中にタイムスタンプを内蔵しておけば、普通のパソコン内に案件ごとのフォルダーに入れておくだけで、法的要件は満たすことになります。
流通時の信頼性では、タイムスタンプが有効
電子的な設計図書の流通時の信頼性を考えますと、PDFファイル単位で非改ざん証明ができるタイムスタンプは非常に有効です。従って、設計図書によってはタイムスタンプ付きでドキュメント管理システムなどで保存するのが理想的といえます。
保存方法はこれら二つだけではありませんが、電磁的記録が保存期間を通じて作成時と同じ状態であることが確認できるようにするガイドライン記載の方法になります。また、印刷して書面で作成した場合でも、書面をスキャナーで読み取って電子化すれば、これも電磁的記録による作成となり、保存の考え方は電磁的記録による保存と同様となります。
「建築士法」における設計図書の保存に関するQ&A
最後に、質問が多い項目についてのQ&Aをご紹介します。
- 現在、設計図書を書面で保存していますが、これから書面をスキャナーで読み取って、電磁的記録で保存(電子化保存)してもよいでしょうか。 書面で保存を始めた以上15年間は書面のまま保存しなければならないのでしょうか。
建築士法および同施行規則では、設計図書の保存に関して、要件と期間を定めているものであり、保存方法についての拘束力はありません。したがって、例えば5年間書面での保存後、スキャナーで読み取って10年間電子保存することは問題ありません。
- 建築士法には「設計図書とは建築物の建築工事の実施のために必要な図面」と書かれています。工事で使った全ての図面が工事の実施に必要な図面に当たるのでしょうか。
建築士法で求めているのは、設計の最終図書の保存であり、例えば建設業者が施工の都合で追加した図面は含まれません。必ずしも工事の実施に必要な図面全てではなく保存すべき図書は建築士法施行規則第二十一条第4項で定められています。
建築士が設計した最終図書を保存ということになり、現場で確認申請不要な程度の設計変更を建築士が行った場合は、建築士が設計図書を変更し改めて記入して保存することになります。
- * そのほかのQ&Aについては、動画やダウンロード資料にて確認することが可能です。
【まとめ】正しく理解して 建設業の業務効率化を図ろう
国税関係書類に加え図面も多く取り扱う建設業においては、関連する法の要件を正しく理解してペーパーレス化を推進すれば、業務効率の大幅な改善が見込めます。これを機会にぜひご検討ください。
本記事の基となるオンラインセミナーのライブ録画の模様を、動画でご覧いただけます。
建築士法、建設業法における図面類の電子保存と建築設計図書の作成と保存のガイドライン改訂版解説
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