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【コラム】ISOマネジメントシステム規格の活用に向けた規格の読み方
A4のサイズや非常口のマークなどに代表されるISOの規格に、マネジメンシステム規格があります。単にフレームワークとして使ってしまうと思わぬ副作用に見舞われてしまうかもしれません。どのように有効活用をすべきか探ってみましょう。
[2025年 7月 31日公開]
この記事のポイント
・ISOマネジメントシステム規格は仕組みづくりのフレームワークであり、有効な知見が込められている
・フレームワークを表面的に導入しても、本来の成果を得られずに副作用が大きく出ることがある
・ISOマネジメントシステム規格を正しく活用するには「要するに」で掘り下げて「ウチで言うと」で昇華する
1.ISOマネジメントシステム規格の副作用
(1)ISOマネジメントシステム規格は仕組みづくりのフレームワーク
ISO(国際標準化機構)が発行する規格には、さまざまな種類があり、身近なものではA4のサイズや非常口のマークなどがあります。その中でもマネジメントシステム規格は、組織を管理運営する仕組みに関する国際的な基準を示したものであり、仕組みづくりのフレームワークとしてさまざまな場面で活用されています。ただ、どんなフレームワークや手法にも副作用があり、効果を得られないばかりか副作用に悩まされることもあります。
認証機関で働いていると、上記のような相談を多く受けてきました。このような悩みは、新たに認証取得を目指す組織でも、既に認証を取得している組織で担当者についた方々も、共通して見受けられます。
一方で、フレームワークとしてうまく活用している組織があることも事実です。では、どうすればうまく活用できるでしょうか。どのように仕組みを導入すればいいでしょうか。
このコラムでは、フレームワークの学び方を通して、規格を有効活用する足がかりを探ります。
(2)フレームワークには副作用もある
組織の中で管理責任者や事務局を任され、最初に規格の要求事項を読む際に「どうやってこの規格に適合する仕組みを作ろうか」を考えると思います。実は、ここに副作用のリスクがあります。「適合する仕組みを作る“だけ”で」「規格に適合した仕組み“さえ”あれば」大きな効果が出るというものではありません。うまく使いこなせなければ、効果が出ないばかりか、むしろ副作用の方が大きくなってしまうこともあります。
このような副作用は、ISOマネジメントシステム規格以外でも起こり得ます。女性管理職の登用さえすればダイバーシティの効果を得られるはずだ、紙媒体を電子ファイルに置き換えるだけでDXの効果を得られるはずだ、事業継続計画(BCP)さえあれば有事にもサービスを継続できるはずだ、などの期待をしていたが、思うように成果を得られなかったというガッカリ体験をした方もいるでしょう。
当然、女性管理職を登用した「だけ」では多様な価値観による創発的な事業運営はできませんし、むしろ表面的に導入すれば評価の公平性を損ない、士気の低下・人材の流出などの副作用が生じるかもしれません。
同じように表面的な導入による副作用が、マネジメントシステム規格の導入で起こると仕組みが重たくなったり書類が増えたりすることになります。
(3)副作用への誤った対処
副作用への対処に困った方々は、熱心に他社の事例を探し求めることもあります。書籍や動画を見たり、セミナーに参加したりすることで、「他社ではこういう取り組みをしているらしい」「セミナーではこう言っていた」というアイデアを見つけられるでしょう。
しかし、成功事例として紹介されている取り組みは、各社が工夫を凝らして自社の文化や環境に合わせてカスタマイズした内容のはずです。背景の文脈を考慮せずにそっくりな施策を取り入れてもうまくいかないばかりか、自社の規模や業態と相性が悪ければ副作用が出てしまうこともあるかもしれません。
このような試行錯誤の末に「○○しても意味がない」という考え方に至ることがありますが、本当にそう言えるでしょうか。
- 女性管理職を登用しても効果が出ないから、ダイバーシティには意味がない
- ISOマネジメントシステム規格を取得しても成果が出ないから、認証取得には意味がない
- 情報システムを導入しても生産性が向上しないから、DXには意味がない
そもそも、このような各種のマネジメントシステム規格がなぜ存在するのでしょうか。
2.規格に込められた知見を得る
(1)本当の勘所は見えない
前提として、規格を書いている人たちは、企業をおとしめようとしているわけではありません。逆に規格をフレームワークとして使ってもらいたい、知見を公表し役に立ちたい、認証を通して企業の成長に貢献したいと思っているはずです。
そのために多大な労力をかけて、さまざまな事例を検証して、成果の出ている組織の共通点や、苦労している組織との違いを研究し、得られた知見を凝縮して要求事項にまとめています。
図:本当の勘所は見えない
前述のように書籍やセミナーなどの他社事例を参照する取り組みも上の図でいうと水面の上の見えている領域にあたります。
本当に重要な勘所や、規格を書いた人々の込めた知見は見えにくいものです。この水面下の勘所を理解することは容易ではありませんが、ここを知らずに表面的に導入してもなかなかうまく活用できません。規格に込められた知見を正しく活用するには、正しく読む必要があります。
どのように規格を読めば、本来の文脈や趣旨を理解することができるでしょうか。正しく読むための考え方を探ってみましょう。
(2)副作用との付き合い方
皆さんが自身で規格を読んだり、セミナーに参加したりする際にフレームワークとしての勘所を察知して、水面下の文脈をそしゃくして、腹落ちできれば理想的ですが、一度でできる人には会ったことがありません。簡単なことではないので、現状で理解しきれていなくても焦る必要はありません。
そもそも、さまざまな要因で勘所を理解することは難しいものです。規格の表現が難しいことに加えて、担当者としては認証の取得や維持が必要なことからプレッシャーも感じてしまうでしょう。
もう一つの側面として、チャチャっとフレームワークに当てはめたらパッと有効な施策や特別なアイデアが生まれると考えてしまっているのではないでしょうか。そうであれば苦労しませんが、実際にはそううまくはいきません。他のフレームワークと同様に、ISOマネジメントシステム規格も使い方を間違えると、うまく機能しないばかりか副作用が生じてしまいます。
どんなツールやフレームワークにも副作用があることを知ったうえで、うまく付き合うことが重要です。
(3)「要するに」で掘り下げて「ウチで言うと」で昇華する
まずは、規格を読むときに、「○○さえすれば~」「○○するだけで~」という考え方ではなく、理解を掘り下げることを意識してみるといいでしょう。
図:正しく読むにはいったん掘り下げる
例えば、多くの規格で書かれている共通要素として「力量を明確にする」という要求事項があります。「ISOが力量について要求しているから何か対策しなければ」という前提で、ひな型や他社事例を探してしまうと、表面的には似たような施策ができても、管理する文書が増えてしまうというような副作用が起こることも考えられます。
規格の文面を通して、「要するに、こういう人に仕事をしてもらわないと品質(情報セキュリティ・労働安全衛生……)を担保できないということか」「要するに、これを知っていれば/これができれば、安心して仕事を頼めるという基準が必要だな」という知見を得られれば、「ウチで言うと、おのおのの仕事にどんな技能・知識が必要だろうか」「どんな人ならこの仕事を安心して頼めるか」という問いから仕組みづくりを始めることができます。このようにいったん掘り下げて理解することで、自社にあった仕組みを構築することができます。
3.審査を通して知見を獲得する
(1)審査は対話の場
規格を正しく読む以外の方法として、審査員や認証機関から知見を入手する方法があります。認証を維持するには毎年審査を受ける必要がありますので、規格に精通した審査員に会う機会があります。そこで、毎年受審する審査を活用してはどうでしょうか。認証機関や審査員はコンサルティング行為を禁止されているものの、規格の解説や事例の紹介などの範囲内では情報を伝えることができます。
審査員とのコミュニケーションは、一方的な質問や指摘ばかりではありません。価格を訴求する一部の認証機関は違うかもしれませんが、多くの審査員は「もう少しこうすれば」「こういう考え方なら参考になるかな」とさまざまな角度から組織の仕組みを改善しようと考えたうえでの対話を目指しています。そして、対話は一方通行ではなく、審査を受ける人と審査をする人の双方向で成り立つものです。
もちろん、好きで審査を受けるのではないとは思いますが、どうせ毎年受審するのであれば、審査の場を活用して審査員の知見を獲得するのが、有効活用の足がかりになります。それこそ審査員(あるいは認証機関)は、規格の要求事項を字面として理解しているだけではなく、日々多くの事例に触れながら勘所をつかんでいると考えられます。
では、審査の場でどのように質問・対話すれば審査員の知見を手に入れられるでしょうか。さまざまなパターンがありますが、大きくは二つのパターンで例示します。
(2)審査員の質問の意図や背景を聞いてみる
審査を受けながら疑問が生じることはないでしょうか。「なぜここにこだわるんだろう?」「今回の審査員は、この辺を気にしているな」と思ったら、聞いてみましょう。
休憩時間に「さっきの質問はどういう意図ですか?」と聞いてみることで、有益な情報が得られることがあります。質問の意図を聞いてみると、実はトップマネジメントへのインタビューで話題にあがった経営課題とつながっていたり、自社のプロセスの中で重要なリスクがあったり、自社の課題にあらためて気付くことがあります。
例えば、各部署での目標の展開や担当者に対する目標の理解に関する確認が多かったな、という審査があったとします。審査員に聞いてみると、トップマネジメントが中期的な事業戦略を策定した中で管理の指標を変更したことにつながっており、「内部監査で適切に目標やパフォーマンスを確認していただろうか」「目標数字を通達しただけではなく、事業戦略とひも付いた重要性や意義を説明していただろうか」という意図が隠れていたことに気付くことができます。方針や目標を周知していれば指摘事項にはならないかもしれませんが、「要するに、現場に落とし込むためのコミュニケーションが課題なのか」という発見につながることが重要です。「要するに……」が見つかれば、今までどおりの方法で適切なのか、指標を変更した意図や戦略的な背景・中期的な計画について、もっと知ってもらう必要があるのだろうか、といった問いが見つかります。
(3)日々の悩みをぶつけてみる
自社で課題を認識しているケースでは、審査員/認証機関への問いかけも変わってくるでしょう。事業計画を現場にも理解してもらうには? という問いに悩んでいれば、審査を受ける側から審査員に聞くこともできます。
「今まで方針や目標をイントラに載せたり壁に掲示したりしていたけど、景色になってしまっていて浸透していないな」という悩みに自分たちで気付いていたとします。「管理職層であれば事業計画や戦略を理解してもらうべき」という背景があれば、「その知識は管理職の力量の基準として網羅されているでしょうか?」「必要な情報を理解する機会が提供されているでしょうか?」といった対話が生まれるかもしれません。
審査員に聞いてみることや、審査員に自社の課題や弱みを見せることに抵抗を感じる人もいるかもしれません。しかし、自社の課題を把握して改善に向けて悩むことは、健全に継続的に改善する仕組みが動いていると考えることもできます。指摘を受けないために不安要素を見せないよりも普段の悩みや課題を相談し、認証機関の知見を活用する方が成果を得る近道になります。
どんなフレームワークでも、副作用を認識してうまく付き合うことで、より大きな成果を得られます。「要するに」と理解を掘り下げて「ウチで言うと」という問いにたどり着けば、ISOマネジメントシステム規格を含むさまざまなフレームワークを有効に活用することができます。
著者紹介
早野 雅哉 氏 プロフィール
早野 雅哉(はやの まさや)
マネジメントシステム規格の認証機関にて、登録組織の支援や新規顧客の開拓営業などを経験。現在は、事業戦略や事業計画の策定に携わっている。マネジメントシステム規格をはじめとする各種フレームワークの本質を組織運営に活かすための学び方や組織のあり方を探求している。
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