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【コラム】スタートアップ企業に学ぶ「ブレイクスルー」
今回のコラムは、変化を恐れず挑み続けるスタートアップ企業に焦点を当てながら、既存企業である中小企業の経営者へ送る「ブレイクスルー(突破)のヒント」を探ります。
[2025年 10月 7日公開]
はじめに
「目の前に壁があるのに、なぜ変わろうとしないのですか?」
「もうすぐ人生が終わるからです……」
──これは、30代の私と、70代の経営者との会話の一場面です。
この重すぎるやり取りが、私の中小企業支援の原点になりました。
ビジネスの現場では、ときに「どうにもならない壁」に直面します。資金、人手、取引先、業績、人生。変わらなければいけないと分かっていても、変わるための突破口が見つからない。そんな「停滞感」に数多く出会ってきました。
そこで今回のコラムでは、変化を恐れず挑み続けるスタートアップ企業に焦点を当て、「ブレイクスルー(突破)」のヒントを探ります。
1. なぜスタートアップに学ぶのか?
スタートアップ企業と聞くと、「自分たちとは別世界の話だ」と感じる方も多いかもしれません。確かに資金調達の派手さや最先端のテクノロジー、急成長のスピード感など、日々地道に経営を続ける中小企業とは対照的に映る場面もあります。
しかし、私はスタートアップ企業こそ「変わらなければならないのに、変われない」企業にとってのヒントがつまっている存在だと考えています。
彼らが持つ最大の特徴は、「変化の中でしか生きられない」という宿命です。「現状維持=倒産」、変わらないことは許されないのです。限られた資金、人材、時間の中で、生き残るために常に問い直し、試し、変え続けなければなりません。これは、現在の中小企業にも共通する厳しい現実です。
スタートアップの世界では、「とにかくやってみる」「早く失敗する」「小さく始めて磨く」「潔くやめて次に行く」といった行動原則が当たり前のように存在しています。この姿勢には、事業が安定し“慣れ”が生まれがちな既存企業にとっても、ブレイクスルーの種がつまっているのです。
2. スタートアップのリアルな風景
スタートアップという言葉には、希望や革新のイメージがつきまといます。しかし、実際の現場は、想像以上に過酷で不安定です。
役員報酬は数万円。やっとの思いでたどり着いたピッチイベントでは、投資家に鼻で笑われる。融資を相談すれば“信用”の言葉が立ちふさがり、キャッシュの枯渇におびえて夜も眠れない。書籍出版やインタビュー、華やかな表舞台の話も舞い込みますが、どこか「怪しさ」をぬぐえず葛藤が残る。ふと周囲を見渡すと、安定した職についた同世代の友人たちからは、どこか冷ややかな視線を感じる。
それでも、彼らは前に進みます。なぜか。
それは、「このままではいけない」と心の底から思っているからです。
変えたい社会がある。届けたい価値がある。自分の信じる問いに、誰かが答えるのを待つのではなく、自ら答えようとしているのです。
この“使命感”と“危うさ”が共存するスタートアップの世界には、ブレイクスルーの本質──つまり、「恐れながらも動くこと」の価値がつまっています。
中小企業にとっても、常識や慣習の中で動けなくなっている今、こうした“動きながら考える姿勢”が大きなヒントになるのではないでしょうか。
3. ブレイクスルーを生む三つの力
スタートアップ企業が困難を乗り越えるのは、特別な才能や資本があるからではありません。むしろ、彼らが持っているのは「不確実な状況でも前に進むための思考と行動のパターン」です。そこに共通して見られるのが、次の三つの力です。
(1)今あるもので始める力〜エフェクチュエーション思考〜
スタートアップは、「何が足りないか」ではなく、「何が手元にあるか」から始めます。これが、経営学者サラス・サラスバシー教授の提唱する「エフェクチュエーション(Effectuation)」の考え方です。
未来は予測できるものではなく、自らのリソースから形づくるもの。
自分の持つ知識・人脈・経験を出発点にして、小さく行動を起こし、反応を見ながら方向を定めていく──この柔軟で現実的な思考が、ブレイクスルーの第一歩になります。
(2)小さく試して素早く変える力〜アジャイル実行力〜
完璧を目指して動けなくなるより、まず試してみる。
これが、スタートアップの基本姿勢です。これはソフトウェア開発から生まれた「アジャイル」の考え方にも通じます。「人は70%まで考えると動けない、だから30%考えたら動き始めるべきだ」という言葉もあります。
初期段階で最低限のプロダクト(MVP)をつくり、ユーザーの声を受けて素早く修正・改善を重ねていく。
動きながら考えることで、不確実な状況でも確実に前進する──この“スピードと修正力”が、突破を生み出します。
(3)ゆるやかなつながりを生かす力〜ウィークタイズ活用力〜
スタートアップの多くは、強固な組織や安定した取引先に依存できません。その代わりに力を発揮するのが、「弱い紐帯(Weak Ties)」と呼ばれる、ゆるやかな人間関係です。
社会学者マーク・グラノヴェッター氏によれば、家族や友人などの強い関係よりも「少し距離のあるつながり」こそが、新しい情報や出会い、思わぬ支援をもたらします。実際、スタートアップではSNS上の知人、勉強会で隣り合った人、友人の紹介など、偶然生まれた関係から資金や人材、販路の突破口が開けることも多くあります。
中小企業においても、外部との弱いつながりを意識的に育てることが、思いがけない可能性を連れてくるのです。
4. 中小企業こそ「スタートアップ」になれる
ここまで読んで、「うちみたいな会社には無理だ」「スタートアップは特別だ」と感じた方もいるかもしれません。
しかし、私は中小企業こそ本来、最も“スタートアップ的”な存在だと思っています。
なぜなら、中小企業には次のような構造的な強みがあります。
- 経営者が現場と直結しており、意思決定が速い
- 顧客との距離が近く、反応をすぐに受け取れる
- 組織が小さいぶん、動きの自由度が高い
- 経営上の「工夫」が求められる環境が整っている
これらは、スタートアップが好んで選ぶ「不確実な環境で小さく試す」という戦い方と極めて近いのです。
実際、私の支援先でも社員10名の企業が3週間で新製品の試作と検証を回した事例がありました。これを大企業がやろうとすれば、承認フローや部門間調整で半年かかるかもしれません。
中小企業は、小さいからこそ、変われる、動ける、試せるのです。
もちろん、リスクはあります。リソースも限られています。
けれども、スタートアップに学んだように、「全てを見通せなくても、とにかく始める」ことが、変化の時代における突破口になります。
会社の規模ではなく、向き合う姿勢がブレイクスルーを生みます。
中小企業こそ、“スタートアップ・マインド”を最も自然に持てる存在です。
私はそう信じています。
おわりに
あるスタートアップの社長に問いを投げかけたことがあります。
「これまでに、ブレイクスルーはありましたか?」
彼は少し笑って、こう答えました。
「小さいブレイクスルーがあったかもしれないし、全くなかったかもしれない。
正直、その先の“成功”がないと、ブレイクスルーなんて言えないってのもあるね。
……成功が何を指すかは、聞かないでほしいけど(笑)」
私たちは、何か“劇的な変化”を「ブレイクスルー」と呼びたくなります。
しかし、本当のブレイクスルーとは、振り返って初めて「あれが転機だった」と気付くような、静かな選択の連続なのかもしれません。
未来は予測できない。計画どおりには進まない。
でも、たとえ確信がなくても、今日何かを試すことはできる。
たとえ結果がすぐに出なくても、「問いを持ち続ける」ことはできる。
その姿勢こそが、変化の時代において「動けなくなること」を防ぎ、次の選択肢を引き寄せる力になります。
スタートアップのように、全てを賭ける必要はありません。
中小企業経営の現場には、もっと複雑で、人間的な制約があります。
それでも、ほんの少し──昨日と違う選択をすることはできるはずです。
誰かに変えられるのではなく、自ら変わる。
小さな問い、小さな実験、小さな出会い──その積み重ねの先に、「あれがきっかけだった」と言える日がきっとやってきます。
それが、私たちが今できるブレイクスルーなのだと思います。
著者紹介
高桑 清人 氏 プロフィール
高桑 清人(たかくわ きよと)
大学時代の友人が代表を務めるスタートアップ支援を契機に、急成長企業特有の思考と実践に深く関わる。以降、スタートアップと中小企業双方の現場に携わりながら、「不確実性下の意思決定支援」や「仮説検証型の経営支援」を専門領域とする。
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