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【コラム】中小企業にとって不可欠なリスキリング
[2025年 5月 28日公開]
はじめに
近年、「リスキリング(Reskilling)」という言葉がビジネス界で大きな注目を集めています。「リスキリング」とは、技術の発展やビジネスの潮流変化が激しい時代に、従業員が新たにスキルや知識を習得し、職業能力を高めることを指します。必ずしもリスキリング=ITスキル・DXというわけではありませんが、ChatGPTやDeepSeek(中国企業が開発)といった生成AIは、多くの業界で生産性を向上させ、ゲームチェンジャーとなっているのは事実です。特に中小企業においては、急速な技術革新(例:AIの導入や業務の自動化)や人手不足、競争激化といった課題に対応するために、リスキリングが生き残るための鍵となっています。
本稿では、「なぜ中小企業にとってリスキリングが重要なのか」を明確にしつつ、従業員の意欲が高まりにくい環境でもそれを推進する方法について、具体的事例を交えながら考察します。
1.中小企業にとってリスキリングが不可欠な理由
労働力人口が減少している日本において、中小企業では採用がますます困難になっています。新たな人材獲得には時間と費用がかかり、求人サイトに登録し、1年かけて100万円以上広告に投下しても1人も採用できなかったという中小企業経営者の方からの話はよく聞きます。新たに人を採用ができないのであれば、現在の従業員に新たなスキルを身に付けてもらうことも有力な選択肢となります。例えば、総務に携わる従業員にRPA(Robotic Process Automation)を習得させて業務の自動化を推進し、より生産的な業務に取り組んでもらうことは自社内で人材不足を補う有効策です。
独立行政法人情報処理推進機構が発表した「DX動向2024」によれば、DXの取り組み状況について、従業員が100人以下の企業においては、「全社戦略に基づき、全社的にDXに取り組んでいる」「全社戦略に基づき、一部の部門においてDXに取り組んでいる」の割合は31.0%であり、1,000人以上の企業の87.6%と比べ、大きな差があります。一方、中小企業だからこそトップダウンでのDXを推進していくことで効果が出やすいという強みもあります。
(1)技術革新による業務変化への対応
テクノロジーの進化により、多くの業務が自動化されています。製造業では人が仕上げていた工程までも24時間365日稼働が可能な高性能のロボットが代替しています。事実、国際ロボット連盟(IFR)「World Robotics Report 2024」によれば、2021年・2022年・2023年の3年間で毎年50万台を超える産業用ロボットが世界で導入されています。一方、忘れてはならないことは、技術を使うのは人であり、扱う人の能力によって技術の力が発揮されるか決まるということです。その人に蓄積されてきた経験は必ず新しい技術の活用に生かされます。
製造業以外でも、これまで事務職員が行っていた事務作業をRPAに置き換え、業務効率化・自動化が進んだ結果、社内で人手不足となっていた営業職に転換し、直接売上貢献するようになったという事例も聞きます。自動化による仕事の変化に対応するためには、従業員が新しい、AIや機械に代替されていないスキルを習得する必要があります。
(2)従業員のモチベーション向上
日本政策金融公庫総合研究所が2024年12月に公表した従業員数299人以下の中小製造業で働く従業員対象の調査では、リスキリングとワークエンゲージメント(仕事にやりがいを感じている状態)に正の相関があることが示されています。同調査内では、リスキリングで成果を上げる中小製造業の4社(いずれも従業員数99人以下)が紹介され、リスキリングを目的とした社内勉強会の開催を通じて定着率の改善や主体性の向上が期待できることが分かります。
(3)人材不足対策
労働力不足が深刻化し、採用難が続く日本の中小企業では、大企業に比べ、優秀な人材を確保することが年々難しくなっています。リクルートワークス研究所による「大卒求人倍率調査(2025年卒)」によると、2025年卒の大卒求人倍率は従業員数が300人未満の企業で6.50倍、300-999人未満の企業で1.60倍、1,000-4,999人未満の企業で1.14倍、5,000人以上の企業で0.34倍となっており、従業員規模が小さいほど、採用が困難であることが示されています。リスキリングを通じて既存の従業員のスキルを向上させることで、外部からの人材採用に頼らずに企業経営を継続することが可能になります。特にAIを含むデジタル技術が若手に比べ相対的に苦手とされるミドル層のリスキリングは重要といえるでしょう。
(4)業務効率化
PwCコンサルティング合同企業による「生成AIに関する実態調査2024 春」によれば、生成AI活用による従業員業務の変化として、「従業員はより上流かつ創造的な業務または新規事業にシフト」「人手不足が解消」がそれぞれ1位と2位にあげられています。AIの進化・浸透により、RPAと相まって単純作業の多くは自動化されています。むしろ、自動化していないということは、従業員の時間を無駄にしているともいえます。
業務の負担が減った分、自分の業務の幅を広げる機会を与えることで従業員のモチベーションの向上にもつながります。人手不足の観点でも、従業員一人一人が行える業務量が生成AIを活用することで増えるため、新たに採用をするよりも、従業員を成長させる方がコストの観点からも効率的といえます。
2.中小企業にとって効果絶大の生成AIのリスキリング
企業を成長させることを目的とした従業員のリスキリングを成功させるためには、経営層が従業員に対し、明確な学習プランを提示することが重要です。それは、企業の成長ストーリー・経営戦略の文脈において、従業員にはどのようなスキルが今後求められるのか、従業員一人一人と面談を行い、キャリアパスをはっきりさせることで可能になります。従業員のリスキリングは経営戦略でもあるのです。
「何をリスキリングすべきか?」という観点では、中小企業にとって生成AIの利活用が最も効果的です。普段何気なく使っているPC業務をより効果的に活用するため、ChatGPTやGeminiなどの生成AIに「○○の作業を自動化したい」と問いかけるだけで、これまで毎日数十分かけていた作業が一瞬で終わることもあります。意外にもデジタル化があまり進んでいない中小企業やPC操作に慣れていないミドル層ほど効果があったとご支援先の企業からもよく声をいただきます。
具体例としては以下です。
- 営業メール・提案書の自動生成
- マニュアルや業務手順書の作成
- 採用面接での質問内容の自動作成
- SNS投稿・広告文案の生成
- 議事録の自動生成(音声文字起こし+要約)
このように、これまで従業員が時間をかけていた業務に生成AIを活用することで、代替することができます。
3.中小企業におけるリスキリングの推進方法
リスキリングの内容に関わらず、企業が従業員に対して、どうリスキリングを進めてもらうかという観点は重要です。本パートでは、具体的な事例や注意点と共に、どう従業員のやる気を起こさせ、リスキリングを推進するかを解説します。
(1)業務時間内に
リスキリングを成功させるためには、従業員に業務時間内で学ぶ機会を提供することが重要です。業務時間外の学びを強制することは、今の時代にはそぐわないでしょう。従業員が負担に感じ、モチベーションが低下・離職するリスクが高まります。もちろん自己研さんという観点で、従業員が自発的に就業後や土日に学ぶことを止める必要はありませんが、大前提としてリスキリングは業務の一つであるため、業務時間の中で行ってもらうようにしましょう。例えば、毎週水曜日の午後どこか1時間の間は新たなスキルを学ぶ時間と決め、ある種強制的に全従業員が通常業務から離れ、リスキリングに取り組む習慣をつけていくことは有効です。
(2)資格であればインセンティブを
リスキリングを推進するためには、従業員が目標を持って取り組めるようにすることが重要です。特に資格取得を目指す場合には、インセンティブを提供することで、学ぶモチベーションを高めることができます。例えば、参考書購入や受験費用を企業で負担すれば学習開始のハードルは下がります。また、資格を取得した従業員がどう資格を生かして活躍しているか紹介する機会を設けることで、同じ資格を取得しようとする従業員が現れてくるでしょう。
(3)知の共有の機会を
リスキリングを浸透させるためには、従業員同士が学び合う場を設けることが非常に大切です。リスキリングが盛んな企業では、企業規模を問わず必ずといっていいほど社内で勉強会が開催されています。中小企業においては、従業員数が少ないため、大企業に比べて新たな風土を作りやすいという利点があります。相互学習の風土を作る第一歩として、例えば朝礼で最近学んだことを発表してもらい、従業員同士で刺激を与え合う環境を整えることは有効です。
(4)経営者自身がリスキリングを行う
従業員は経営者の背中をよく見ています。経営者が率先して新たなことを貪欲に学び、実践している姿を見せなければ従業員の心を動かすことはできません。経営者自身がリスキリングを行い、従業員にその効果を伝えていきましょう。経営者や役員層が学びに貪欲な組織は、自然と従業員全体も学習することが当たり前だと認識していきます。
(5)無料の教材はいくらでもある。YouTubeでもよい
リスキリングを推進するためには、無料の教材を活用することも有効です。例えば、YouTubeやオンライン講座を活用することが考えられます。「○○ 使い方」と検索するだけで、実務に十分使える解説動画が見つかるはずです。こういった小さな一歩を大事に一歩ずつ進むことが大切です。従業員が見つけたおすすめの業務改善のための動画を共有する文化が作られると企業全体の生産性が上がっていきます。
おわりに
リスキリングは、企業が変化する環境に対応し、存続・成長を続けるための重要な戦略です。特に生成AIを活用したリスキリングは、業務効率の向上だけでなく、従業員の役割そのものを変える可能性を秘めています。経営者がリスキリングの重要性を理解し、従業員が学ぶ機会を提供することで、企業は新たな成長戦略を描き、不確実な時代の中でも競争力を維持することができます。そして、経営者自身がリスキリングに取り組む姿勢を示すことで、従業員も自発的に学び、成長する文化が醸成されます。
リスキリングを積極的に推進し、企業の未来を切り開いていきましょう。
著者紹介
池本 駿 氏 プロフィール
中小企業診断士
池本 駿(いけもと しゅん)
慶應義塾大学経済学部を卒業し、同大学院にて二つの修士号(経済学・工学)を取得。研究員を経て現在は人材紹介会社に勤務。人材採用、社員教育、マーケティング、時事・トレンド系の寄稿・解説に強み。著書に『社会人が身に付けたい ビジネスルールと仕事の基礎の基礎』(労務行政)。一般社団法人埼玉県中小企業診断協会所属。
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