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第18回 最低賃金1,500円の時代がやってくる?!
年に2回の日本出張、お楽しみは安くて美味しいランチ。たとえ首都圏であっても1,000円で美味しい選択肢がたくさんあります。シアトルでは外食の値段が高く、1,000円以内でランチというと、ファーストフード以外は非常に選択肢が限られてしまいます。今年も6月の中旬から2週間の日本出張に行ってまいりましたが、出先の秋葉原駅周辺で入ったポークステーキ専門店、250グラムの特大お肉定食が、なんと1,000円。お腹も心も大満足! でしたが、ふと、ここで働く人たちの時給はいくらくらいなんだろう? と気になり、東京都の最低賃金を調べてみると、2015年度は907円、2016年度は20円超の賃上げが実現するかどうか、ということだそうです。
日本を離れて13年、日本の最低賃金について知る機会がなかったのですが、日本の首都、東京の最低賃金が907円とは意外に低いように感じました。
というのも、最近私が住んでいるシアトル市では、段階的ではありますが、2021年までに最低時給を$15まで引き上げる(企業の規模に関わらず)という法律が通過してしまったからです。
アメリカの最低賃金は、連邦、州、市ごとに設定され、金額が高いものが選択されます。
ちなみに、2016年度、連邦の定める最低賃金$7.25、ワシントン州$9.67、シアトル市についてはまだ企業の規模(500人以上か否か)や福利厚生(健康保険を提供しているか否か)によって最低賃金が違いますが、$10.5~$13.5となっているため、シアトル市内では市の最低賃金が適用されています。
さて、簡単に$1=100円とし、東京都の最低時給が1,000円から1,500円に引き上げられたら、どんなことが起こるでしょうか。シアトルの例を少しご紹介させていただきます。
まず、飲食店や空港、ホテルなどで働く人など最低賃金に近い時給で働いている人たちは、もちろん最低賃金$15に賛成派。ニュースなどでは、カフェでアルバイトをしながら大学に通う学生や、ホテルの従業員として働く人たちの、学費の足しになる、これで生活が楽になる、など喜びと期待の声が紹介されました。こういう声を聞くと時給$15に賛成の一票を投じたくなりますが、現実はそれほど単純ではありません。
雇用側は売上が急に上がったわけではなく、人件費だけが上がるわけなので、同じ利益を確保するためには、商品・サービスの値上げを考えます。時給が1,000円から1500円にあがって万歳! と思っていたら、職場近くの定食屋さんの1,000円のさばの塩焼き定食が、ある日1,500円に値上がりしていた、ということが起こり得るのです。
次に、賃金値上げを補う方法として考えられるのは、従業員を減らすこと。今まで1,000円で雇用していた従業員に1,500円を支払わなくてはならないので、3人いた従業員を2人に減らして、残った人は1.5倍の効率で働いてもらおう、と考えるのも理解できないわけではありません。
また、既に時給が1,500円を超えている人はどうでしょうか。1,000円の人が1,500円に上がるのであれば、当然自分は1,800円、2,000円に値上げをして欲しい、というような要求も出てくることが予想されます。そうなると雇用側は相当な人件費の増加の覚悟が必要です。
さらに、シアトルからこの法律が適用されない隣接の市へ引っ越しをし、人件費を抑える企業もあります。またシアトル市全体の物価があがれば、シアトルで働き、買い物や外食は他の市でという市民も当然出てきます。企業や消費がシアトルから他の市へ流出するとなると、シアトルにとって、シアトル市民にとって、この法律の改正がよい結果だけをもたらすかどうか、現時点では未知数です。
全ての人が最低限の生活ができるように、という最低賃金値上げの考え方には賛成なのですが、賃金を上げるだけではなかなか簡単に目的達成ができない、というのが現実のようです。
東京都、日本の最低賃金をどのように上げていくか、ぜひ日本の政治家の皆さんにはシアトルの例に注目していただきたいと思います。
この法律が制定されてから、シアトルの人気シーフードレストランIvar’s は、チップは不要という前提で、全てのメニューを21%値上げしました。
先日ランチにこのレストランを訪れましたが、メニューを見ると、$10以下で食べられるものは、クラムチャウダーと前菜のサラダくらい。もちろん、値上げの前からお安いお店ではなかったのですが、私の給与が21%上がったわけではなく、$10で食べられるランチの選択肢が減っていくかと思うと複雑な気持ちではあります。
次回は8月31日(水)更新予定です。
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