第73回 医療機関の二つのリスクマネジメント

「リスクマネジメント」と聞いて、医療関係以外の方は会社の経営のリスクマネジメントのことを思い浮かべるのではないでしょうか。一方で医療関係者が最初に思い浮かべるのは、患者のリスクマネジメントが多いのではないでしょうか。この二つのリスクマネジメントは、主体は異なりますが、非常に密接な関連性が存在します。

医療機関の二つのリスクマネジメント

「リスクマネジメント」と聞いて、真っ先に頭に思い浮かぶのはどんなことですか?医療関係以外の方は、会社の経営のリスクマネジメントのことを思い浮かべるのではないでしょうか。書店に行って、リスクマネジメントをキーワードに本を探してみても、やはり経営におけるリスクについてのマネジメント関連の書籍が多いようです。一方で医療関係者が最初に思い浮かべるリスクマネジメントは、患者のリスクマネジメント、すなわち、患者の安全をどのように守るのかという意味のリスクマネジメントが多いのではないでしょうか。

この二つのリスクマネジメントは、誰を、あるいは何のリスクをマネジメント(管理、コントロール)するのか、というように、主体は異なりますが、非常に密接な関連性が存在します。すなわち、医療機関において、患者へのリスクマネジメントがおろそかになっていて、患者に何らかの被害を与えてしまった場合、患者の消費者行動に、受診の自粛、受診先の変更といった変化が起きることは明らかです。その結果、患者数が減少し、医業収入も減少します。さらに医療機関は人件費などの固定費が高いため、あっという間に利益額が圧縮されてしまいます。従って、医療機関にとってのリスクマネジメントとは、患者へのリスクマネジメントを通じて、医療機関経営へのリスクマネジメントを行うということになります。
※医療機関経営のリスクマネジメントは、患者のリスクマネジメント以外にも存在します

最近の医療事故について

公益財団法人日本医療機能評価機構医療事故情報収集等事業の報告によると、調査に参加する医療機関数も増加していますが、医療事故の報告件数も増加しています。調査が開始された2005年は、事故報告件数/医療機関1件当たり、2.3件でした。最新の調査年の2016年は、3.8件となり増加しているのが分かります。

医療事故情報の報告件数と医療機関数

出典:公益財団法人日本医療機能評価機構医療事故情報収集等事業 第50回報告書P.6(PDF形式:6,188KB)

公益財団法人日本医療機能評価機構医療事故情報収集等事業

医療機関では、医療事故を未然に防ぐためにさまざまな取り組みを行っていますが、実際の事故報告件数は増えています。これは、事故件数そのものが増えているのではなく、医療事故に対する医療関係者の意識が高くなり、報告件数が増加したものと推測できます。この推測が正しいとすれば、以前は表に出ない医療事故が一定数は存在したということになります。
医療事故は発生しない方が良いに決まっています。しかし、万が一発生してしまったら、その原因を追究して同じような医療事故を二度と発生させないことが重要です。その経験を多くの医療機関で共有して、同じような事故をどの医療機関でも防ぐことができるようにしなければなりません。そのために発生した医療事故を正確に、詳細に報告することは大変意味があることなのです。ここでの原因追究には、事故の当事者の責任を追及することは含みません。なぜならば、個人の責任追及を行ってしまうと、悲しいことですが事故を公にしたがらないファクターが働いてしまうからです。

また、医療機関のどこで多く医療事故が発生しているかというと、一般社団法人日本医療安全調査機構の調査によると、圧倒的に手術室(分娩室含む)です。手術等は非常に危険を伴う治療ですので、手術や分娩が行われる場所で、事故が起きやすいということです。手術には、開腹手術だけではなく、最近実施件数が多い、腹腔鏡下手術も含まれています。

一般社団法人日本医療安全調査機構

医療事故の分析手法

医療事故がなぜ発生したのか。再発防止のための対策を立案し実行しなければなりません。そのための手法が、いくつかあります。

SHELモデル

SHELモデルのSHELとは、それぞれの頭文字の「S」はソフトウェアを表し、マニュアルや慣習、現場教育などを意味して、「H」はハードウェアを表し、医療機器や、医療機関の設備を意味します。「E」は、Environment、環境を表し、医療機関の現場、職場の物理的な環境や職員が働いている労働環境を意味します。最後の「L」は、Liveware、事故の当事者と事故の当事者以外の両方の人間を意味します。
SHELモデルとは、この四つの視点から、事故を分析するというツールです。また、この四つの視点に、Patient(患者)とmanagement(管理)の二つの視点を加えて、P-mSHELLモデルとして活用されています。

4M-4E

医療事故の分析の次の作業は、原因の調査と再発防止です。よく使われるツールは4M-4Eというツールです。縦軸、横軸にそれぞれ四つのマスがあるマトリックス図を作成し、縦軸には四つのE、横軸には四つのMが入ります。(下図参照)

四つのM

  • 当事者(人):Man(身体的な状況、心理的精神的状況、個人の技量、知識など)
  • 機械/モノ:Machine(強度、機能、配置、品質など)
  • 環境:Media(自然環境、気象、地形、人工環境、施設や設備、マニュアル、チェックリスト、労働条件、勤務時間など)
  • 管理:Management(組織、管理規定、作業計画、教育、訓練方法など)

四つのE

  • 教育/訓練:Education(知識、実技、意識、管理など)
  • 技術/工学:Engineering(機器の改善、表示や警告、多重化、使用材料の変更など)
  • 強化/徹底:Enforcement(規定化、手順の設定、注意喚起、キャンペーンなど)
  • 模範/事例:Example(規範を示す、事例紹介など)

このマトリックス表で、医療事故の原因を明らかにして、対応策を立案するのですが、具体的には、次のような対策が考えられます。

4Mについて

Man:身体的なこと(無理な姿勢や作業位置の場所など)が要因であれば、その要因を修正するように改善します。心理的なこと(疲労、睡眠不足、他の作業に気を取られる、先入観など)が要因であれば、マニュアルの見直しなどが改善案として出てきます。技量補足や知識不足が要因であれば、訓練の場を設けることや訓練時間を増やす、勉強会等を通じて知識量を増やすことなどが改善案です。

Machine:機器トラブルが原因であれば、日頃のメンテナンスに関する内容の見直しや機器の入れ替え検討などが改善案になります。

Media:労働環境や作業環境が要因であれば、作業等に影響を与える環境条件ごとの改善策を立案します。マニュアルの見直しも行います。また人とのコミュニケーション不足による医療事故であれば、必要な情報の確実な伝達の仕組みを再構築することも重要です。

Management:組織に問題があれば、組織に対する改善策を考えるのですが、決定的に組織に問題があることは、それほど多くありません。多くある要因としては限られた予算といった金銭的な要因が多いようです。十分な予算を取ることが改善策にはなりますが、限度がありますから、最低限必要な予算は確保するといったところが現実的な改善策です。教育や訓練に要因があれば、計画や内容を改善していくのですが、誰が教育するのか、誰が訓練するのかといった教育や訓練の指導者側に問題があることがありますので、注意が必要です。

4Eについて

Education:業務を遂行するための知識は必要ですし、さらにその知識や意識、技術も向上しなければなりません。そのためには、講習会、説明会などの開催や参加、マニュアルの再整備、ミーティングの実施による意識教育、OJTによる実習指導などが改善策となります。

Engineering:機器自体が原因であれば、その原因を取り除く改善を実施していきます。その際に人間工学の視点を取り入れて、「人間は間違える」ということを前提にフェールセーフ(注1)、フールプルーフ(注2)の考え方を取り入れた対応策を網羅していると良いです。

  • (注1) フェールセーフ:機械が故障する、人間が操作ミスをするといった状況が発生しても、常に(患者等の)安全だけは確保、担保するように機械やシステムを設計することを言います。列車に自動ブレーキ装置を設置しているのと同様に、輸液ポンプ内のルートに気泡が発生し、機械が感知したら、ポンプの動作を止め、アラームで知らせるなどのことです。
  • (注2) フールプルーフ:人間のエラーの特性を踏まえて、知識や経験がない人がその動作を行ってもミスが起きにくい、あるいは起きても大丈夫であるシステムのことです。最近、駅などの人が多く集まる場所に、AED(自動体外式除細動器)が設置され、目にすることが多いと思います。AEDは心停止した人の心臓に電気信号を与えることによって心臓を再び動かす装置ですが、万が一、AEDを使用するような現場に遭遇したら躊躇なく使用してください。AEDを使用するような心臓の状況なのかどうかは、AEDが自動で判断しますので、電気ショックが必要でなければ、ボタンを押しても電気ショックは起こらない設計になっています。

Enforcement:主に規定やマニュアルの見直しとなりますが、その見直しの時に業務自体を簡素化できないか、間違いにくい手順はといった視点から見直しを行っていきます、さらに責任の所在が明らかになっていない場合は、責任の所在を明らかにしておくことも必要です。

Example:一連の流れの中で、事故が起きやすい場所や、過程を共有認識し、トラブル未然防止策を講じておく。重要なことは、その情報を共有化しておくことです。

近年は、医療訴訟の件数も増え、さらに医療事故後の経営的な影響も少なくありません。医療事故の発生を防ぐリスクマネジメントを確実に実施し、医療機関の経営のリスクマネジメントに繋げていきましょう。

皆さんは、どう思いますか?

次回は2018年1月10日(水)更新予定です。

お知らせ

書籍

病院のマネジメントに関する書籍を建帛社より出版しました。
ぜひご覧ください。

新 医療秘書実務シリーズ 2「病院のマネジメント」 医療秘書教育全国協議会 編 藤井昌弘・岸田敏彦・丹野清美 共著(建帛社Webサイト)

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この記事の著者

株式会社FMCA 代表取締役

藤井 昌弘

1984年に医療関連企業入社。院内の各種改善活動を指導。急性期医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事。2005年退職、株式会社FMCAを設立。原価計算の導入と活用、病院移転に伴うマネジメントも実施。
株式会社FMCA

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