第35回 医療機関のリスクマネジメント

■ リスクマネジメントとは
リスクマネジメントは、一般的に次のように定義されます。
『マネジメント一般の領域にある専門分野の一つであり、組織がその理念や使命を達成するために、その資産や活動に損失を及ぼすリスクの影響から、費用を効率よく使い、組織を守るための一連のプロセスである。』
これに対し、一般にいわれる地震・水害・火災などの自然災害や、テロ・誘拐・大規模コンピューターの故障などは、非日常的かつ大規模な事故発生であり危機管理(クライシスマネジメント)といわれ、次のように定義されます。
『実際に発生した緊急事態に対処し、組織継続の確保と、組織の資産や活動に与える損失をできるだけ小さくすることを目指す一連のプロセスである。』

リスクマネジメントは、「把握」「評価・分析」「対応」「再評価」というプロセスを基本として展開されます。
医療におけるリスクマネジメントは、一般(企業)のリスクマネジメントとは異なり、単なる組織防衛や経営存続の取り組みだけではなく、医療本来の目的である「医療の質の確保」に主眼があるといわれています。
日本医師会医療安全対策委員会は、医療のリスクマネジメントを次のように定義しています。
◆医療機関の有形および無形の資産の保護
◆患者、訪問者、従業員の傷害からの保護
◆事故の原因や紛争の火種の検出、分析、対策
◆医療の質をモニター・改善することによる事故や紛争の予防

アメリカのリスクマネジメントは、その対象とするリスクを経営の本質にかかわる分野にまで広げているとはいえ、事故・紛争・訴訟は医療機関に日常的に存在し、ひとたび起きれば組織に与える影響が極めて大きくなる可能性の高いリスクであることには変わりなく、多くの医療機関にとってリスクマネジメントの対象が、今なお保険の管理と事故・紛争・訴訟の防止と対応にあるといえます。ただし、アメリカの医療界におけるリスクマネジメントの積極的な取り組みの背景には、さまざまな行政上の強制力ならびに経済的インセンティブが背景にあります。(例:医療機関に対する州政府からの免許取得と維持、連邦政府からの医療費支払い、JCAHOの認定、医療者に対する免許更新時の学習単位の義務づけ、賠償責任保険の保険料割引-など。)

これに対し、日本におけるリスクマネジメントは、1999年1月に起きたY市立大学病院の患者取り違え事故が契機となり、厚生労働省を中心とした取り組みが始まり今日に至っています。ただし、リスクマネジメントという言葉は浸透したものの、その概念や位置づけには、必ずしも共通の認識が存在するわけではありません。

■ リスクマネジメントとクオリティアシュアランス
わが国では、「安全な医療を提供するための活動」を慣習的にリスクマネジメントと呼んでいますが、米国の病院におけるこの用語の意味とは少し異なっています。米国の医療機関が行っている医療事故や医事紛争に関係する活動は、大きくリスクマネジメントとクオリティアシュアランスの二つに分けられます。どちらも、医療従事者や診療科・部署の任意の活動ではなく、病院に対して法的に義務づけられているプログラムです。

「リスクマネジメント(リスク管理)」は、一般に病院の経営・事務部門が行っている管理業務で、病院の資産の損失予防や医事紛争への対応(財務的・法的リスクマネジメント)という目的から、「法的に受け入れられるレベルの医療」を目指すものであります。主たる手法はインシデントレポートであり、担当者はリスクマネージャーと呼ばれる医療、法律、財務などの専門家です。

リスクマネジメントとは、この一連の流れにおいて、ミスや事故に関する情報をタイムリーに収集することによって不毛な紛争化を予防し、いったん紛争になれば、速やかに対処することによって事態がこのピラミッドを上がっていかないようにすることです。

一方、クオリティアシュアランス(医療の質の保証)は、臨床部門で行われている患者の診療やケアに必要な知識や技術の保証を目指すさまざまな活動です。この活動は、各種委員会(診療科や職種単位の委員会、感染対策委員会、手術(合併症/死亡例)検討委員会、輸血委員会、診療記録管理委員会、薬事委員会など)において行われており、医師やナースなどが中心となって個別の症例検討や、医療の質に関する客観的指標のモニターなどを行っています。これはわが国の病院の医局や診療科の症例検討会のような、任意の勉強会とも性格の異なるものです。

近年の米国のリスクマネジメントとクオリティアシュアランスは、以前のような完全な縦割りの活動ではなく相互に連携し合うようになっています。そもそもこの二つは、アプローチの方法が異なり、「患者の安全を保証する」という共通の目標を持っています。臨床的に質の低い医療は、患者が医療事故に遭う危険性を増大させ、ひいてはそれにかかわった医療従事者や医療機関に損害賠償という経済的負担を課すことになります。したがって、臨床的な医療の質を向上すれば医療事故が減り、医事紛争のリスクを軽減することができるはずです。

すなわち、医療事故や医事紛争に限定せず、個々の医療従事者の提供する医療の質から病院の管理システムまでを含めた包括的な医療の質の向上を効率的に行っていくことが求められているのです。
医療の質の評価対象は、かつての病院の構造(structure)を中心としたものから、診療過程(process)や診療結果(outcome)にシフトしてきています。これは、診療報酬改定の内容からも明らかです。また、合理的で明確な評価基準や臨床的達成度の指標(clinical performance indicator)を開発し、これを用いて評価を行うようになり、スタンダードの中に「患者の権利と責任」の追加、診療ガイドライン(clinical practice guideline)使用の推奨、質の保証(quality assurance)から総合的質管理/継続的質向上(TQM/CQI)などが盛り込まれ、組織的に医療の質をモニター、評価、改善できる体制の確保を求めています。

医療機関のリスクマネジメントは人(患者・家族・職員)を守るだけではなく、医療機関そのものを守ってくれるマネジメントであると言えます。

皆さんは、どう思いますか?

次回は11月12日(水)の更新予定です。

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この記事の著者

株式会社FMCA 代表取締役

藤井 昌弘

1984年に医療関連企業入社。院内の各種改善活動を指導。急性期医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事。2005年退職、株式会社FMCAを設立。原価計算の導入と活用、病院移転に伴うマネジメントも実施。
株式会社FMCA

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