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中小企業診断士コラム
今こそ見直そう!企業の利益を左右する在庫管理の実践ガイド
在庫管理の基本的な考え方から、業種別の特徴、ITツールの活用方法まで、まずは自社の現状を把握し、どのような改善が必要かを考えるきっかけとしていただければ幸いです。
目次
はじめに
企業経営において、在庫管理の重要性が年々高まっています。これは、経済環境の変化が激しくなる中で、過剰在庫や在庫不足が企業経営に与える影響が、以前にも増して大きくなっているためです。特に新型コロナウイルスによる影響は、サプライチェーン全体に大きな変化をもたらし、適切な在庫管理の重要性を多くの企業が実感することとなりました。
しかし、インターネット上には膨大な情報が存在し、何から始めれば良よいのか分かりにくい状況となっています。とくに「在庫管理」という言葉は、業種によって意味する内容が大きく異なるため、自社に適した方法を見つけることが困難になっています。
本記事では、在庫管理の基本的な考え方から、業種別の特徴、ITツールの活用方法まで、経営者の皆様に知っておいていただきたい情報を、できるだけ分かりやすく解説していきます。まずは自社の現状を把握し、どのような改善が必要かを考えるきっかけとしていただければ幸いです。
1.在庫管理とは
在庫管理は業種によって大きく性質が異なります。まず基本となる考え方と、業種別の特徴について詳しくみていきましょう。
(1)卸売業・小売業における在庫管理
卸売業・小売業では、主に販売可能な商品の在庫数を管理することが中心となります。基本的な計算式は
仕入数量ー売上数量(受注数量)=在庫数
です。しかし、実際の運用ではこれに加えて「引当在庫」という概念が重要になります。引当在庫とは、受注済みだが未出荷の商品のことで、システム上の在庫数から差し引いて管理する必要があります。例えば、システム上の在庫が100個あっても、すでに80個が受注済みである場合、新規の受注に対して提供できる在庫は実質20個となります。この「販売可能在庫」を正確に把握することが、販売機会の損失を防ぎ、不良在庫の削減につながります。
また、季節商品を扱う企業では、需要予測に基づく在庫管理が重要です。過去の販売データや市場動向を分析し、適切な発注のタイミングと数量を決定する必要があります。例えば、夏物衣料の場合、シーズン序盤は品切れを起こさないよう多めに在庫を確保し、シーズン終盤には在庫を最小限に抑えるといった調整が必要になります。
(2)製造業における在庫管理
製造業では、より複雑な在庫管理が要求されます。原材料、部品、仕掛品、完成品など、複数段階の在庫を同時に管理しなければなりません。製造工程全体の流れを把握することが重要で、以下のような計算式を用いて各段階の在庫を管理します。
- 部品在庫
- 部品数ー(生産に使用される部品数×生産した製品数)
- 仕掛在庫
- 生産数ー生産によって消費された数
- 製品在庫
- 生産された完成品ー販売数
特に製造業では「かんばん方式」や「MRP(Material Requirements Planning)」といった生産管理手法と連動した在庫管理が一般的です。これらの手法を用いることで、必要な部品を必要な時に必要な量だけ用意する「ジャストインタイム」の実現を目指します。
例えば自動車部品メーカーでは、完成車メーカーの生産計画に基づいて部品の使用量を予測し、それに合わせて原材料の発注や生産計画を立てます。この際、リードタイム(発注から納品までの期間)や最小発注ロット(一度に発注できる最小数量)も考慮に入れる必要があります。
(3)物流業における在庫管理
物流業においては、預かっている商品の正確な数量と位置の管理が最も重要です。入出庫の記録を正確に行い、
入庫数量ー出庫数量=在庫数量
という基本的な計算式に基づいて管理を行います。特に他社の商品を預かる3PL(サードパーティロジスティクス)事業では、在庫の正確性が信用に直結するため、より厳密な管理が必要となります。
物流センターでは、商品のロケーション(保管位置)管理も重要な要素となります。効率的な入出庫作業を実現するため、商品の回転率や重量、形状などを考慮して最適な保管位置を決定します。また、賞味期限管理が必要な食品や、温度管理が必要な商品など、特殊な保管条件が求められる商品については、それらの条件も加味した在庫管理が必要です。
近年では、EC(電子商取引)市場の拡大に伴い、小口配送や即日配送への対応も求められるようになっています。このため、リアルタイムでの在庫把握と、柔軟な出荷対応が可能な在庫管理システムの導入が進んでいます。
また、在庫管理において重要な概念として「実地棚卸」があります。これは定期的に実際の在庫数を確認し、システム上の在庫数との差異を把握・修正する作業です。この作業により、システム在庫と実在庫の乖離を防ぎ、正確な在庫管理を維持することが可能となります。
2.在庫管理を行うITツール
在庫管理のためのITツールは、業種や用途によってさまざまな種類が存在します。ここでは、主なITツールの特徴と、選定時のポイントについて詳しく解説します。
(1)卸売業・小売業向けの在庫管理システム
多くの企業で利用されているのが、販売管理システムの一部として機能する在庫管理システムです。このタイプは、仕入と売上の差分から在庫を自動計算し、受注・発注管理と連携した在庫管理が可能です。基本的な機能として、在庫数の管理、入出庫処理、在庫移動処理、棚卸処理などが含まれます。また、発注点(在庫が減少し、発注が必要となる基準点)の設定や、受注引当機能なども備えています。
このタイプのシステムの利点は、販売管理業務と在庫管理業務を一元化できることです。受注データから自動的に在庫が引き当てられ、出荷処理と同時に在庫が減少するため、二重入力の手間がなく、ミスも低減できます。中小規模の卸売・小売業にとって、導入しやすい選択肢となっています。
近年では、入出庫管理に特化した独立型の在庫管理システムも増えています。これらのシステムでは、より詳細な在庫状況の把握が可能で、複数倉庫の一元管理にも対応しています。具体的な機能としては、ロケーション管理、バーコードやRFIDを使用した入出庫処理、ロット管理、賞味期限管理などがあげられます。
既存の販売管理システムとの連携も可能なため、既存のシステムを活かしながら在庫管理の強化を図ることができます。
(2)製造業向けの在庫管理システム
製造業向けには、生産管理システムの一部として機能する在庫管理システムが一般的です。これらは製造工程全体を通した在庫管理が可能で、原材料から完成品まで一貫した管理を実現します。特徴的な機能として、BOM(部品表)管理、工程別在庫管理、原価計算との連携などがあります。また、MRP機能を備えたシステムでは、生産計画から必要な部品の発注数量と発注時期を自動的に算出することができます。
(3)物流業向けの在庫管理システム
物流業、特に3PL事業者向けには、より高機能な倉庫管理システム(WMS:Warehouse Management System)が提供されています。これらのシステムは、保管料金の計算など請求業務にも対応し、荷主ごとの在庫管理が可能です。入出庫予定データ(ASN:Advance Shipping Notice)の受け取りから、作業者への作業指示、実績データの送信まで、一連の業務をシステム化することができます。
最新のシステムでは、RFIDやICタグなどのIoT技術を活用し、リアルタイムでの在庫把握を実現するものも登場しています。これらの技術を活用することで、入出庫や棚卸作業の自動化・効率化が可能となります。また、AIを活用した需要予測機能を備えたシステムも増えており、より精度の高い在庫管理を実現できます。
3.システム選定時のポイント
システム選定時の注意点としては、以下の項目を検討する必要があります。
(1)自社の業務フローとの整合性
新システムの導入では、現在の業務フローを大きく変更することなく運用できるかどうかの検討が重要です。もしカスタマイズが必要となる場合は、その範囲を明確にし、発生する費用を事前に把握しておく必要があります。また、事業規模の拡大や新規事業への参入など、将来的な業務拡大に対応できる拡張性を持ち合わせているかどうかも重要な判断要素となります。
(2)既存システムとの連携
すでに導入済みの会計システムや販売管理システムとのスムーズなデータ連携が可能かどうかは、業務効率に大きく影響します。システム連携のために必要となる追加作業の内容や発生する費用についても、事前に詳細な確認が必要です。
(3)導入・運用コスト
システム導入時には、ライセンス料、カスタマイズ費用、必要な機器の購入費用など、さまざまな初期費用が発生します。また、システム導入後も保守料やクラウドサービスの利用料が継続的にかかることを考慮に入れる必要があります。さらに、従業員がシステムを効果的に使用できるようにするための教育研修費用も重要な検討項目となります。
(4)サポート体制
システムの円滑な稼働のためには、導入時の手厚いサポートが必要です。また、実運用が始まってからの問い合わせ対応体制や、システムトラブルが発生した際の対応方針についても、事前に確認しておくことが重要です。
(5)セキュリティ対策
企業データを守るため、定期的なバックアップの方法や、従業員ごとに適切なアクセス権限を設定する仕組みが整っているかを確認します。また、外部からの不正アクセスを防ぐための対策が十分であることも、重要な検討ポイントとなります。
4.在庫管理の重要性
適切な在庫管理は、企業経営に大きな影響を与えます。その重要性について、具体的な数値例を交えながら詳しく解説していきます。
(1)資金繰りの観点からみる重要性
資金繰りの観点からみていきましょう。過剰在庫は運転資金を圧迫する大きな要因となります。例えば、月商1億円の企業で、在庫回転期間が2カ月から3カ月に延びた場合、追加で必要となる運転資金は1億円にも及びます。在庫はいわば凍結された資金であり、必要以上の在庫を持つことは、その分の資金が他の用途に使えないことを意味します。
在庫回転率を向上させることで、資金効率を大きく改善することができます。在庫回転率は「年間売上高÷平均在庫金額」で計算され、この数値が高いほど資金効率が良いとされます。業種によって適正な水準は異なりますが、例えば小売業では12回転(在庫回転期間1カ月)程度が一つの目安となります。
(2)利益率の観点からみる重要性
利益率の観点からも在庫管理は重要です。過剰在庫は保管コストを増加させ、不良在庫となるリスクも高めます。保管コストには、倉庫賃料、人件費、光熱費などの直接的なコストに加え、商品の劣化や陳腐化による損失も含まれます。一般的に、年間の保管コストは在庫金額の15~25%程度と言われています。
例えば、1,000万円の在庫を持つ企業で、保管コスト率を20%とすると、年間200万円のコストが発生することになります。在庫を20%削減できれば、年間40万円のコスト削減が可能です。
逆に、在庫不足は販売機会の損失につながります。例えば、月商1,000万円の商品で、在庫切れにより10%の販売機会を逃した場合、100万円の売上機会損失となります。顧客の信頼を失うことで、将来の売上にも影響を与える可能性があります。
そのため、適切な在庫管理により、これらのバランスを取ることで、利益率の向上が期待できます。具体的には、ABC分析などの手法を用いて商品を重要度別に分類し、それぞれに適した在庫水準を設定することが効果的です。A分類(重要度の高い商品)は欠品を避けるため多めの在庫を持ち、C分類(重要度の低い商品)は最小限の在庫にとどめるといった具合です。
(3)業務効率の観点からみる重要性
業務効率の面では、正確な在庫管理により、日々の在庫確認作業や棚卸作業の負担を大幅に軽減することができます。
例えば、バーコードやRFIDを活用したシステムを導入することで、棚卸作業にかかる時間を従来の50%程度に削減できたという事例も多く報告されています。また、発注業務の最適化にもつながり、担当者の作業効率向上に貢献します。例えば、システムによる発注点管理を導入することで、従来は担当者が経験と勘で行っていた発注判断を、より客観的なデータに基づいて行うことができます。
(4)顧客満足度の観点からみる重要性
顧客満足度の向上も、適切な在庫管理がもたらす重要な効果です。納期回答の正確性が向上し、即日出荷への対応も容易になります。
例えば、リアルタイムの在庫データに基づいて受注判断ができれば、「在庫確認のため後ほど連絡」といった対応が不要となり、顧客の信頼を高めることができます。特にEC事業では、即時の在庫確認と出荷対応が競争力の源泉となっています。
5.在庫管理における課題
多くの企業が在庫管理においてさまざまな課題に直面しています。まず、日常業務での課題を詳しくみていきましょう。
(1)入出庫作業の負担と人的ミス
最も一般的なのが、入出庫作業の負担と人的ミスの問題です。例えば、一日100件の入出庫がある倉庫で、手作業による記録を行っている場合、入力作業だけで2~3時間を要することも珍しくありません。さらに、入力ミスによる在庫データの不整合が発生すると、その修正作業にも大きな工数が必要となります。
(2)販売可能在庫の把握トラブル
販売可能在庫の正確な把握も大きな課題です。特に複数の販売チャネルを持つ企業では、チャネルごとの在庫引当や優先順位の設定が複雑になります。例えば、実店舗とECサイトの両方で販売を行っている場合、同じ商品に対して双方から注文が入った際、どちらを優先するかといった判断が必要になります。このような状況で適切な在庫管理ができていないと、過剰な在庫引当や二重販売といったトラブルにつながりかねません。
(3)予定在庫数の把握トラブル
予定在庫数の把握も重要な課題です。発注済みの商品がいつ入荷するのか、受注済みの商品がいつ出荷されるのかが正確に把握できないと、販売機会を逃してしまう可能性があります。例えば、商品Aの現在庫が10個で、来週100個の入荷予定がある場合、50個の注文を受けても問題ありません。しかし、入荷予定を把握できていないと、この注文を断ってしまう可能性があります。
(4)移送在庫の管理トラブル
移送在庫の管理も多くの企業が悩みを抱えています。複数の倉庫がある場合、倉庫間の在庫移動が適切に記録されないと、システム在庫と実在庫の不一致が発生します。例えば、A倉庫からB倉庫への移動中の在庫が、どちらの倉庫の在庫としてもカウントされていない「消失在庫」となってしまうケースがあります。
(5)倉庫内での運用トラブル
倉庫内での運用面での課題も見逃せません。ロケーション管理ができていないために在庫探しに時間がかかる、という問題は多くの企業で見られます。1,000坪規模の倉庫で、商品の保管位置が管理されていない場合、一つの商品を探すのに30分以上かかることも珍しくありません。これは人件費の無駄につながるだけでなく、出荷の遅延にもつながる重大な問題です。
(6)属人的な在庫管理
属人的な在庫管理も大きな課題です。ベテラン担当者の経験と勘に頼った在庫管理では、その担当者が不在の際に適切な判断ができない、という事態が発生します。どの商品をどのタイミングで発注すべきか、どの場所に在庫があるかといった情報が、個人の記憶や紙面への手書き情報に頼っているケースが少なくありません。
(7)適正在庫水準の見極めが困難
適正在庫水準の見極めも難しい課題です。必要以上に安全在庫を持つことで資金が固定化される一方、在庫を絞りすぎると欠品のリスクが高まります。過去の販売データだけでなく、気候・季節変動・市場トレンドなども考慮した適切な在庫計画が必要です。
(8)システム間のデータ連携不足
システム面では、特に複数のシステムを利用している企業では、システム間のデータ連携不足が問題となります。例えば、受注システムと在庫管理システムがリアルタイムに連携していないと、受注時点での正確な在庫確認ができません。また、基幹業務システムと倉庫管理システムの連携が不十分な場合、在庫データの二重管理が必要となり、業務効率が低下します。
(9)運用負担の増加
システムの使いにくさによる運用負担の増加も無視できない問題です。必要な機能が備わっていても、操作が複雑すぎたり、画面遷移が多すぎたりすると、現場での利用が進まず、結果として正確な在庫管理ができなくなってしまいます。特に、パート社員やアルバイトスタッフが多い現場では、シンプルで直感的に操作できるシステムが求められます。
6.適切なIT基盤による在庫管理の実現
効果的な在庫管理を実現するためには、適切なIT基盤の構築が不可欠です。ここでは、IT基盤構築の具体的なポイントと、導入から運用までのプロセスについて詳しく解説します。
(1)在庫数量を即時に把握できる環境の整備
IT基盤の導入で重要なのは、まず在庫数量を即時に把握できる環境の整備です。これには、販売可能在庫の確認、引当済在庫の管理、発注点管理など、きめ細かな在庫管理機能が必要となります。例えば、バーコードやRFIDを活用した入出庫管理システムを導入することで、リアルタイムでの在庫把握が可能になります。また、自動発注機能を活用することで、発注忘れや発注遅れを防ぐことができます。
(2)在庫の所在を正確に管理できる仕組み
在庫の所在を正確に管理できる仕組みも重要です。これには、ロケーション管理システムの導入が効果的です。例えば、棚番管理やエリア管理を実施し、商品の保管位置をシステムで管理することで、在庫の探索時間を大幅に削減できます。さらに、ハンディターミナルやタブレット端末を活用することで、移動中の在庫も含めたリアルタイムな位置管理が可能となります。
(3)柔軟な在庫管理機能
先入れ先出しへの対応やロット管理、賞味期限管理など、柔軟な在庫管理機能も必須です。特に食品や医薬品を扱う企業では、これらの機能が法令遵守の観点からも重要となります。システムによる自動的なロット管理や期限管理により、人的ミスを防ぎ、より確実な在庫管理を実現することができます。
(4)分析機能
在庫回転率の算出やABC分析、需要予測といった分析機能も重要です。これらの機能を活用することで、より戦略的な在庫管理が可能となります。例えば、商品ごとの在庫回転率を分析し、回転率の低い商品の発注量を見直すことで、在庫金額の適正化を図ることができます。また、AIを活用した需要予測機能を導入することで、より精度の高い発注計画の立案が可能となります。
(5)導入から運用までのプロセス
IT基盤の導入に際しては、段階的なアプローチが推奨されます。まずは現状の課題を明確化し、優先度の高い機能から順次導入していくことで、スムーズな移行が可能となります。また、導入後の運用体制の整備も重要です。マニュアルの整備や従業員教育の実施、定期的な運用状況の確認など、継続的な取り組みが必要となります。
おわりに
在庫管理の改善は、一朝一夕には実現できません。しかし、適切なIT基盤を構築し、継続的な改善を行うことで、着実な成果を上げることができます。まずは自社の現状を正確に把握し、どのような改善が必要かを見極めることから始めましょう。そして、段階的にIT化を進めることで、効率的で正確な在庫管理体制を構築していきましょう。
この記事の著者
中小企業診断士・ITコーディネータ
佐土原 光
官民・業種問わず、ITを利活用した業務効率化や顧客満足度向上を支援。診断士としての経営診断・戦略立案を主軸に、DXプロジェクト伴走で中小企業に寄り添うパートナーとして活動中。
ITソリューションの企画営業として社内売上全国No.1を受賞、事例取材やセミナー講演の実績複数あり。