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【対談】経営視点の「5S」は経営課題を解決するツール~5Sが機能している会社は、人が育つ~
5Sの活動に経営的な視点を盛り込むことで、会社が大きく変わるというゲストの堀口氏。どう5S活動を推進すれば、会社にとって多くの恩恵を得ることができるのか? 堀口氏が熱く語ります。
[2018年 5月22日公開]
ゲスト紹介
堀口 英太郎 氏 プロフィール
中小企業診断士
堀口 英太郎(ほりぐち えいたろう)
一般社団法人東京都中小企業診断士協会城北支部所属
企業内診断士フォーラム代表幹事
モットーは、「まずはやってみる」
1999年 大学卒業、プラスチックメーカー入社。販売、生産管理を経て、現在は全社のものづくり改善を推進する企画部門に所属。
2012年 中小企業診断士合格、翌年登録。
2018年 4月から、企業に勤務している中小企業診断士の研究会「企業内診断士フォーラム」の代表を務める。
得意分野
生産と販売間の仕組み改善、在庫適正化、マネジメントレベルの5S
趣味
読書。古典からビジネス書までジャンルは問わず年間150冊は読む。お気に入りは「ローマ人の物語」(塩野七生)、「経営者の条件」(ドラッカー)、「働きながら、社会を変える。」(愼泰俊)。
はじめに
製造業では、5S活動が当たり前のこととなっている。しかし、開口一番5Sは製造業だけのものではないとゲストの堀口氏。5Sの活動に経営的な視点を盛り込むことで、会社が大きく変わるというのである。具体的な例を引きながら、どう5S活動を推進すれば、会社にとって多くの恩恵を得ることができるのか? 整理・整頓と選択・集中の概念の関係を理解することが5S活動成功へのキーとなると堀口氏は熱く語る。
「働き方改革」推進を阻害するのは経営者が持つ古い文化
山口:製造業では、2S、5Sといった活動が当たり前になっています。しかし。2S、5Sに取り組んだからといって、すぐに売り上げが上がるわけではないといったことから、これらの活動がやや形骸化しているのではないかといった印象を受けていますが、堀口さんはいかがですか?
堀口氏:私は「ものづくりの改善」をテーマに活動を続けてきました。営業や工場の生産管理も経験しています。現在は、全社のものづくりに関わるセクションに所属しています。生産管理と営業という両方の視点から改善活動を支えるとでもいえばいいのでしょうか。このような活動を続けている中で、違和感を抱いていたことがありました。
5Sの中でも大切といわれている整理整頓ですが、調べてみると実はかなり昔、少なくとも大正時代からいわれていたのですね。日本企業にとっては、整理整頓というのが当たり前のことになっています。その後トヨタ生産方式に代表される現場改善手法が登場してきます。ただ、これまでの考えでは、生産現場での管理ツールといった位置づけで利用されていました。この、「生産現場で」、ということに違和感を抱いていたのです。
ある経営者の方は、「5Sはもういいから、もっとレベルの高い改善を行いたい」とおっしゃっています。また、製造業以外の業種では「5Sは製造業でしょ。うちには関係ない」とおっしゃる経営者も少なくありません。製造業では当たり前といった受け止められ方を5Sはされていますが、ちょっともったいないな、と感じていました。
しかし、経営的な視点から5Sを見れば、かなり企業経営に役立つ考え方だと思っていました。そこで、4年ほど前になりますが、「経営視点からの5S」というレポートをまとめさせていただきました。
経営的な視点から5S活動を推進すると、会社が変わる
山口:5Sって、ほとんどバズワード化しているのが現状ですね。しかし、しっかり取り組んで結果を出そうとすると何年もかかってしまいます。私は5Sという言葉と、実際に浸透している5Sにはギャップがあるように感じています。堀口さんがおっしゃる、経営視点と5Sですが、どのように考えればいいのでしょうか。
堀口氏:5S活動は、中心が現場レベルの話という捉えられ方をされていますので、職場単位で推進するケースが多いですね。経営層からすれば、5Sは現場の話なので、各職場の長に任せて、経営とは切り離して考える傾向にあります。とはいっても、5Sの最初の2S、「整理・整頓」ですが、経営視点で話に出る、選択と集中が2Sそのものだと私は考えているのです。生産現場の「もの」を整理・整頓することと、事業を整理・整頓して、必要な事業(業務)に資源を集中させることは全く同じ考えなのです。目線の高さが違うだけで、やることに変わりありません。
山口:中小企業では、今、堀口さんがおっしゃったような、経営視点での5S活動がされていないのではないかという印象を受けているのですが。
堀口氏:中小企業の場合、経営者と現場との距離が近いので、意識しているかどうかは別にして、結果として経営視点からの5Sを実現している比率は大企業に比べ、高いように思います。整理・整頓と選択と集中が、自然と一体となって経営者の中に染みこんでいるのではないでしょうか。小さな工場などでは、社長が現場に入って指導するといったことが当たり前のように行われていますしね。そのことがそのまま経営視点に反映されるといったことになります。
山口:それは、企業として5S活動を行うという以前に企業風土として定着していることなのでしょうね。
5Sに経営的視点を持ち込むには経営者が現場に出ることが必須
堀口氏:以前、このコーナーで「経営理念」と「経営戦略」の話がありましたが、中小企業の場合、理念を具体化するために経営者が実際に行動することで、5Sという考えが定着しているのではないでしょうか。現場に出ていることで5Sが実現されている、と言えるのではないでしょうか。
山口:堀口さんのお話のように、5Sが現場レベルだけでなく、経営的にも利用されているという企業は、どのくらいあるのでしょうか?
堀口氏:「しつけ」というレベルにまで達している企業はそれほど多くはないと思います。
山口:では、形骸化した5S活動ではなく、ここで話している視点での5S活動を中小企業がこれから取り組もうとしたとき、注意しなければならない点があるとすれば、どのような点でしょうか。
堀口氏:まず、5Sというのは業種に関係なく活用できるツールだという認識を持つところからスタートする点です。ともすると、5Sを実行することが目的となりますが、あくまでも「ツール」だということです。5Sは企業経営に取っての特効薬、万能薬ではありませんし、やればすぐに効果が出るというものでもありません。それから、5Sを進めるときに、現場任せにしないということです。社長自身が現場を見て回る中で、現場と一緒に経営者も成長していくという謙虚な気持ちでやることが大切です。そうすることで、手段が目的化するといった落とし穴に入らずにすむと思います。
山口:とはいえ、5Sを徹底することで、効率化がアップする、利益がアップするといったことを考えると、何らかの指標が欲しくなると思います。そうなると、モニタリングの方法が必要になると思いますが、どうなのでしょう。
堀口氏:分かりやすい例でいえば、「在庫」ですね。5S、経営視点、在庫という三つの要素を一つの文脈で捉える必要があります。それぞれ単独で論じるものではないと考えています。経営方針があって、その実現の一つとして在庫戦略がある、といった流れになります。営業戦略が立てられ、その戦略に基づいて生産計画が立てられ、それを受けて在庫戦略が作られるというように、一つの流れの中で「在庫」を捉えなければなりません。しかし、在庫戦略を実行に移そうとすると、ものを置くスペースがない。ここで「もの」の2Sをやろうとなります。2Sをきちんとやったので、在庫戦略を実行できるスペースが確保できるという具合です。
山口:全てがつながっているのですね。
5Sの遂行が人を育てる
堀口氏:5Sの最後は「しつけ」とお話ししましたが、「人が育つ」ということなのです。ものの2Sから経営視点での、選択と集中という思考の2Sが習慣づけられ、このことが維持できるようになると、仕事のやり方、流れが変わってきます。そうすることで人が成長するのです。
山口:2Sの整理・整頓を、選択と集中に置き換えるという考えは、初めて聞きましたが、これは堀口さんのオリジナルですか?
堀口氏:たぶんそうだと思います。2S、5Sはあまりにもバズワード過ぎて、選択と集中に結びつけるというのは飛躍しすぎると感じられる方が多いのではないでしょうか。
山口:確かに、いきなり整理・整頓と選択・集中がほぼ同じといわれると飛躍しているように感じられますが…
堀口氏:根底は一緒なのだと思います。なので、2S、5Sというツールは、製造業だけのものではない、という結論になるわけです。
山口:では、かけ声だけでなく、本当に5Sを浸透させるためには、何が必要なのでしょうか。
堀口氏:「目的は何ですか」というスタート地点をきちんと考える必要があります。5Sが手段ではなく目的になってしまっているというのは、このスタート地点が明確に規定されていないことが要因なのです。隣がやっているから自分たちもやろうというのが一番まずい始め方ですね。
在庫は減らすものではなく、適正化するもの
山口:先ほど在庫の話がでましたが、在庫管理というと、「適正在庫」という言葉が真っ先に浮かんでくるのですが。5Sで取り組むとしたらどのようなプロセスが考えられますか?
堀口氏:最初に押さえなければならないのが、「適正在庫」の適正ってなんですか?ということです。「在庫は持つものではない」という声を聞きます。現場の在庫を見てこんなに在庫を持つべきでない、という判断なのでしょう。だから在庫を減らせ、ということになります。私は、在庫は減らすものではなく、適正化するものだと考えています。つまり、いらない在庫は減らす、必要な在庫は持つということです。業種によって、適正在庫に対する考えは変わりますが、指標を持って管理することがポイントになると思います。さらにいえば、この指標は生産側だけで決めてもダメですし、販売側だけで決めてもだめです。両者を俯瞰(ふかん)してみることのできる経営者が適正値を決めるべきだと私は考えています。
難しいのは、安全在庫と適正在庫の関係ですね。ERPシステムでは、論理的に適正在庫を算出しますが、理論通りに在庫が消費されないケースもあり、経験に基づいた設定の方が頼りになる場合もあります。
山口:「作って売る」ことが企業活動の中心である企業であれば、生産側と営業側がミーティングを行い、需要予測と実際の売り上げを比較するといった作業を繰り返すことで適正在庫の基準値が落ち着いてくる、見えてくるといった流れになるかと思います。しかし、卸売業のように、メーカーと消費者の中間に挟まれている企業では、どのように考えるのがいいのでしょうか?
堀口氏:お客様が欲しいと思ったときその商品がなければ機会損失になりますので、卸売業では、一定程度の在庫を持つことが宿命となります。しかし、ここでも5Sの考えは有効に使えると思います。量が多ければ多いなりに「見える化」しなければなりません。「見える化」ができていないと、どこにどのような在庫が眠っているのかも分かりませんしね。卸売業といっても、建材、金物、文具のように、仕入れの単位と売りの単位が異なるケースがあります。このようなケースでは、お客様から目に付く表で管理する在庫と、店舗の裏で管理する在庫というように、二つの指標を立てて管理することをお勧めします。
山口:バズワード化している5Sですが、経営視点から5Sを眺めると、実は経営課題を解決するツールとしても有効だということですね。お話しいただいた在庫の適正化だけでなく、選択と集中、PDCAを回すことで人が育ち、経営に大きなインパクトを与えること、これが5S推進によって企業が受ける恩恵になる、これが5Sの神髄なのでしょうね。
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