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【対談】「働き方改革」は、中小企業にこそ求められる最重要課題~経営者の意識を変えることが「働き方改革」成功への近道~
注目を集めている「働き方改革」。実現するには超えなければならないハードルはさまざま。ゲストの鳥山氏は、「経営者の意識改革からスタートすべし」と進むべき方向を明確に示します。
[2017年11月16日公開]
ゲスト紹介
鳥山 直樹 氏 プロフィール
中小企業診断士
鳥山 直樹(とりやまなおき)
大学卒業後、2社の企業で営業職に従事。関東、関西で新規顧客・販路開拓、販売店育成などを経験。現在は、企画職として営業経験を生かした製品企画、マーケティング業務に携わる。2016年1月中小企業診断士試験合格。2016年4月登録。地方自治体のアドバイザー派遣事業や中小企業診断士受験テキストの執筆などを行っている。
はじめに
一億総活躍社会を実現することを目標にした、「働き方改革」が注目を集めている。しかし、中小企業にとっては、日々の業務を推進しながら「働き方改革」を実現するために超えなければならないハードルはさまざまだ。しかし、「働き方改革」は、離職率の低減、リソースの効率的、有効な活用を考えれば、中小企業にとっての成長戦略の一つとして位置づけられる。では、どう取り組めばいいのか。ゲストの鳥山氏は、「経営者の意識改革からスタートすべし」と進むべき方向を明確に示す。
中小企業にとって「働き方改革」は必須の課題なのか
山口:「働き方改革」というと、残業ゼロ、ワークライフバランス、女性活躍、シニア活躍、ダイバーシティといった言葉が浮かんできます。しかし、大企業ならともかく、中小企業の場合、これらの言葉に踊らされることなく、「働き方改革」を進める必要があると思っているのですが、鳥山さんはどのようにお考えでしょうか。
鳥山氏:日本は少子高齢化が進み、労働力人口が減少するという構造的な問題に直面しています。大企業に比べて人材確保が難しい中小企業においては、とりわけ深刻な経営課題です。大企業や外資系企業を中心に始まっているダイバーシティマネジメントが、今後は中小企業においても大切なポイントとなるのではないでしょうか。多様な人材が活躍できる場を提供することにより、組織力と競争力を強化することが中小企業の安定した成長を実現するために重要な施策となります。
山口:中小企業は、高度成長から緩やかな成長に移っている現在の日本経済を支えています。「中小企業の頑張り」がその源となっているといった考えもあり、働き方改革の必要性、重要性を認識していても、喫緊の課題として取り組んでいる企業はそれほど多くないように感じています。現状経営に大きな影響を与えていない、といったことから後回しにされているのではないかと感じています。だからこのままでいいということではありませんが、このような意識の強い経営者に対して、「働き方改革」の重要性を鳥山さんはどのように訴えられているのでしょうか。
鳥山氏:これまで日本の企業では、終身雇用を基盤として戦後の高度経済成長期を実現してきたという側面があります。このような「仕事に対する文化」は、働けば働くほどモノが売れ、企業のために従順に尽くせば尽くすほど待遇が向上し、「残業時間が多いことが美徳、生産性がある」といった価値観をもたらしました。しかし、多くの企業で終身雇用が保証されなくなった現在では、このような価値観を持って働くことは、労使双方にとってのメリットにはなりません。
当時は、いわば画一的な「モーレツ社員」が評価され、日本の経済を支えていたのかも知れません。しかし、モノやサービスが多様化する時代に企業が競争力を高めるには別の考えを持つ必要があります。多様な人々が生き生きと働ける環境で、それぞれの価値観で「働き方」を選ぶことが認められて、最大限のパフォーマンスを発揮することが不可欠なのです。最大のパフォーマンスが発揮できれば、新たな発想やビジネスを創出することにつながると考えます。
「働き方改革」推進を阻害するのは経営者が持つ古い文化
山口:中小企業の場合、創業者の考えがそのまま企業文化になっていることが多く、「働き方改革」推進の阻害要因が社長という例を見聞きします。このようなケースでは、経営者が今までの働き方や成功体験にこだわる場合が多く、残業ゼロ、女性従業員の登用などへの対応が遅れがちになります。このような現実を考えたうえで鳥山さんは、中小企業経営者が実践するとしたら、「働き方改革」実現への準備として何が必要とお考えになりますか?
鳥山氏:「残業時間が多いことが美徳」、「モーレツ社員」といった価値観でご自身も働き、従業員を引っ張ってこられた経営者も少なくありません。そして、このような考えを実践することで成功した中小企業経営者は多いのではないでしょうか。しかし、「働き方改革」を進めるうえで、その価値観を捨てられず、経営にも影響するケースがあります。現在そのような価値観は通用しない、時代は確実に変わりムダな長時間労働はかえって生産性を下げる「悪」であると、経営者は意識改革をする必要があります。今は、働き方改革、ワークライフバランスにまつわる情報がさまざまなメディアやインターネットにあふれていますので、経営者はそのような情報や事例に積極的に触れ、できれば外部研修や専門家の知見を取り入れて、確実に古い価値観を捨てて意識を改革しなければなりません。
国が用意した助成金制度を積極的に活用
山口:意識改革が実現できたら、次のステップとして「実践」が待っています。しかし、意識改革をしても、職場で声を張り上げるだけでは改革を実現することは難しいのではないでしょうか。特に中小、零細企業の場合、改革に向けての施策を立てることができても、コストが掛かる施策を実施することは難しいと思われます。このような問題を抱えている経営者へのアドバイスとしてはどのようなものがあるのでしょうか。
鳥山氏:そのようなケースでは、厚生労働省の施策を利用することを考えるといいのではないでしょうか。「職場意識改善助成金」という制度があります。この制度は、「職場環境改善コース」、「テレワークコース」、「時間外労働上限設定コース」、「所定労働時間短縮」コースのように複数のコースが用意されていますので、自社が取り組もうと考えている施策にあった助成を受けることができます。
そのうえで、ほかの経営幹部、管理職、従業員に対し、ムダな残業をしている人、生産性の低い仕事をしている人は評価を下げ、残業削減に努め生産性を向上させた人は高く評価する、といった評価制度に変えていくことも重要です。働き方改革に絡むさまざまな研修を受けさせることも、従業員の行動改革には有効でしょう。
例:テレワークコース
支給対象となる事業主
支給対象となる事業主は、次のいずれにも該当する事業主です。
(1)労働者災害補償保険の適用事業主であること
(2)次のいずれかに該当する事業主であること
業種 | A.資本または出資額 | B.常時雇用する労働者 |
---|---|---|
小売業(飲食店を含む) | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 | 3億円以下 | 300人以下 |
(3)テレワークを新規で導入する事業主であること
- * 試行的に導入している事業主も対象です。またはテレワークを継続して活用する事業主であること
- * 過去に本助成金を受給した事業主は、対象労働者を2倍に増加してテレワークに取り組む場合に、2回まで受給が可能です
(4)労働時間等の設定の改善を目的として、在宅またはサテライトオフィスにおいて、就業するテレワークの実施に積極的に取り組む意欲があり、かつ成果が期待できる事業主であること
支給対象となる取り組み
いずれか一つ以上実施してください。
- テレワーク用通信機器の導入・運用(注)
- 保守サポートの導入
- クラウドサービスの導入
- 就業規則・労使協定等の作成・変更
- 労務管理担当者や労働者に対する研修、周知・啓発
- 外部専門家(社会保険労務士など)によるコンサルティング
- (注)パソコン、タブレット、スマートフォンは支給対象となりません。
女性経営者がダイバーシティマネジメントでは先を走っている
山口:鳥山さんのご経験やご存じの中小企業で、ダイバーシティマネジメントを人事戦略としてうまく取り組まれていると思う事例があればお教えください。
鳥山氏:ダイバーシティ関連では、女性とシニアの活躍という視点で考えてみるといくつかの例がありました。ある地方自治体のアドバイザー派遣事業でお手伝いしたときに、女性の経営者や経営幹部がいらっしゃる企業との接点が何社かありました。そのような企業では女性活躍の土壌が構築されていることが多かったですね。育児、介護関連の制度があるのはもちろんですが、組織風土として柔軟な勤務、業務内容での配慮、復職の受け入れなどが、職場全体に定着していました。
シニア活躍については、定年60歳、再雇用65歳としている企業が多いですが、定年延長や継続雇用の年齢上限撤廃を実施した企業も増えています。柔軟な勤務体系や業務内容での配慮は女性と同様です。また、ある企業では、介護離職を削減するために、女性経営幹部の方がご自身の経験をノウハウとして、介護に悩む従業員のカウンセリングやアドバイスを行っているケースがありました。家族介護の発生=退職にならないよう、支援情報の提供や精神面のケアを行うことで、介護離職を踏みとどまる従業員が増えたそうで、人事施策としての成果が出ていました。
その他、シニア従業員には社用車での通勤を許容する、技術伝承計画や全従業員のスキル管理シートを作成して、若手の育成担当には積極的にシニアを配置する、別の同業企業をリタイアしたシニアを管理職として雇用する、等の取り組み事例もありました。
これらの事例で注目すべき点は、組織風土です。制度面で「働きやすい」環境を整えるだけではなく、女性やシニアといった人材が、「働きがいのある」職場と感じられる風土が根付いている、ということです。働き方改革が本当に目指すべきは、ダイバーシティが組織風土として定着することではないでしょうか。
「働き方改革」を実践するうえで中小企業診断士はどのような役割を果たせるのか
山口:「働き方改革」をお考えの企業経営者に対して、中小企業診断士はどのように助力できるのか、また、経営者の方から見たとき、どのように中小企業診断士を活用されるのがいいと鳥山さんはお考えになりますか。
鳥山氏:中小企業診断士は専門家として、経営や人材戦略に関する知見や、働き方改革に関する国の思想・あるべき姿への理解が備わっています。経営診断や企業研修、セミナー等を通して、経営者、経営幹部、管理職、一般従業員の各階層に対して専門的見地からの助言や提案ができます。働き方改革やダイバーシティマネジメントのあるべき姿を正しく伝え、経営者や管理職の意識改革への取り組みに伴走することも可能かと考えます。
また、中小企業支援の担い手であると同時に、公的機関・金融機関・各種専門家と中小企業とのパイプ役も担っています。中小企業診断士の特長として、ほかの士業や診断士同士のネットワークがあります。各企業の課題に応じて、社会保険労務士や弁護士といった専門家のアドバイスを得ることや、国をはじめ、各公的機関が実施している助成金や融資などの情報を提供し、人材戦略における資金面のケアを行うことも、中小企業診断士の得意分野です。何より、企業の未来に向けた支援ができるのは中小企業診断士ならでは、といえるのではないでしょうか。今後の成長戦略、人材戦略など企業の未来を見据え、同じ目線、同じ歩幅で伴走できる専門家として、中小企業診断士を活用されることを願っています。
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