【コラム】無形資産経営時代の知的財産

知的財産について解説します。知財という分野は関心がない企業が少なく、潜在的に知識・支援の需要があるのが一つの特徴です。今回は無形資産経営と知財の基礎的な解説をしていきます。

無形資産経営時代の知的財産

[2025年 10月 7日公開]

はじめに

本コラムは、知的財産についての解説になります。その前段階として無形資産経営に触れます。

筆者の経験上、ほとんどの中小企業は知財部門がない組織、または、知財担当者が不在です。一方で、特許の侵害訴訟などがマスコミで報じられ、知財に関心がない企業が少なく、潜在的に知識・支援の需要があるのが知財という分野の一つの特徴です。

経営コンサルタントとして、近年話題となる無形資産経営を切り口に知財へ企業活動を広げてみるのはどうかと画策する方もいらっしゃるでしょう。

本コラムは、このような背景を踏まえ、無形資産経営と知財の基礎的な解説をするものになります。

1. 無形資産経営の実現へ

下記の図1は、無形資産投資と有形資産投資の差を示す図です。なお、無形資産の定義などは、[4. ITツールの紹介]の図8で後述します。

世界における無形資産投資と有形資産投資の時系列

図1 世界における無形資産投資と有形資産投資の時系列

(出所)2025年の世界無形資産投資のハイライト、WIPO(Figure 1より引用改変)

2000年ぐらいまではそれほど差がなかった投資額ですが、2008年以降、急速に差が拡大し、その差は年々広がっている状況にあります。ちなみに投資額は、圧倒的にアメリカ合衆国が大きいです。
有形資産に対する投資が頭打ちになりつつあるのに対し、無形資産に対する投資が伸び続けています。このような世界的な流れがある中で、日本企業は無形資産経営が実現できていないと考えられています。

下記の図2に示すとおり、欧米企業は、企業価値における無形資産の割合が日本企業と比較して高いです。換言すれば、日本企業は、知的財産権を含む無形資産の活用が十分でなく、これが国際的な競争力低下の一因であるとされています。
これは近年生じた課題でなく、例えば、「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクトの報告書、いわゆる「伊藤レポート」(1.0は2014年、2.0は2017年などです)でも既に指摘されており、長年の日本企業の課題です。

主要国における研究開発費総額の推移

時価総額に占める無形資産の割合

図2 企業価値に占める無形資産の割合の比較図

(出所)知的財産推進計画2025(概要)(内閣府・PDF p.6 現状と画題より引用改変)

具体的には、アメリカの代表的な企業であるS&P500の企業は、2020年の無形資産の割合が「90%」です。これに対し、日本企業の代表である日経225の企業は「32%」です。また、S&P500のアメリカ企業は、無形資産の割合が年々増加傾向にあるのに対し、日本企業では増加傾向はみられません。従って、日本企業は、長年、課題と指摘されつつも改善がみられていないともいえます。

「内閣府・知的財産推進計画2025」では、2035年までに日経225における時価総額に占める無形資産の割合を50%以上にするとKPI設定をしています。このように世界的な潮流を受けて、日本全体として、無形資産経営に転換していく方針・政策が定められています。
無形資産への投資を促すため、象徴的な事例として、まず2021年6月にコーポレートガバナンス(企業統治)・コードが改訂されました。これにより上場企業は、知財投資について情報の開示が原則「義務化」されました。次に知財・無形資産ガバナンスガイドラインVer.2.0などが制定され、知財に対する投資や情報開示のルールが変更・整備されつつあります。

また、情報開示の義務に対して、「情報を開示すればよい」というものでは当然ありません。開示する情報には、例えば、知財に基づく戦略性、効果的な投資計画、および、知財による価値創造といった内容が当然含まれていなければなりません。
つまり、これからは投資家などの外部に向けて各企業は、知財についても戦略などの説明が求められるルールとなりました。今は、この整備が求められている状態ともいえるでしょう。その前提として無形資産の代表例である知財の強化も当然に必要となります。

2. 経営における知財の意義

そもそも知財が経営にどのような影響を与えるか、どういった知財イベントがあるかを解説します。
図3は、代表的な知財によって生じるイベント(インシデントを含みます)、または、活用場面を「価値面・プラス面」と「リスク面・マイナス面」で分けてまとめたものです。「従来」は、近年に限られず、昔からいわれているものです。一方で、「近年」は最近5年あたりで特によくいわれる・重要なイベントを分けてまとめたものです。

代表的な知財イベント・活用場面

図3 代表的な知財イベント・活用場面

「補助金申請」や「強み・差別化の要素」に知的財産権(代表的には特許権になります)の確保があります。典型的には、技術系企業において、事業計画立案、補助金の申請、または、資金調達場面では、「強み」をアピールすることが必須ですが、この「強み」として「特許技術を保有」と記載するのは、古典的ながら効果的、かつ強力な「強み」のアピール方法です。

なお、中小企業に限っては、特許権を出願・確保できる企業は、まだ少数派で希少価値が高いのが前提にあります。図4は、中小企業による特許出願の割合(2024年)を示す図です。

小企業による特許出願の割合(2024年)

図4 中小企業による特許出願の割合(2024年)

(出所)特許行政年次報告書2025年版(特許庁 p.83 知的財産活動の状況より引用改変)

上記のとおり、特許出願は2024年には約23.7万件されていますが、中小企業による特許出願の割合が「16.0%」です。出願における割合だけをみても、特許出願は8割以上、大部分が大企業によるものです。言い換えれば、中小企業で特許権を持つ企業はそれだけで希少といってよい存在です。

また、特許権などの知的財産権は独占排他権です。つまり、権利で守られている技術などは、理論上、他の企業は実施ができないオンリーワン技術であることが公的、かつ客観的に特許権などの確保によって証明できます。こういった公的・客観性のある証拠として知財を持つことで「強み」が強くアピールできます。

なお、近年では義務ではないものの、公的な補助金申請では、特許出願などをしている場合には、申請書類に添付して提出し、審査対象とするようになってきています。例えば、公営財団法人 東京都中小企業振興公社による「新製品・新技術開発助成事業」では、申請書類の「申請に必要な書類」に「特許等公報」があり(下記図5を参照)、必須とはしていないものの、もはや、申請をするうえで特許権を取得しているといった状況は珍しくないのを示唆するものです。
現在は、まだ「強み・差別化」できる要素ですが、今後は「当然・義務」となることも考えられるでしょう。特にIT分野のような知財の激戦区では、より強く求められるのは必然の流れです。

東京都中小企業振興公社新製品・新技術開発助成事業の「申請に必要な書類」

図5 東京都中小企業振興公社新製品・新技術開発助成事業の「申請に必要な書類」(一部抜粋)

(出所)新製品・新技術開発助成事業【募集要項】(東京都中小企業振興公社・PDF p21より引用改変)

「侵害訴訟・損害賠償」は、マスコミなどによってよく報道されるため、これが知財によるイベントとしては最もインパクト・知名度があるものでしょう。簡略にいってしまえば「他社から訴えられた、損害賠償額○○円」というイメージです。専門外の方でも気にする目につくイベントでもあります。これは従来も現在も変わらずあるイベントです。
ただし、これはより深刻化・ハイリスク化しています。さらに訴訟は、高額化・長期化・国際化が進んでいます。特に競争が激化し、市場が活発化しているIT分野は、この傾向がより顕著です。

「近年」のイベントは、「税制優遇」といった知財による収益には、税制上の優遇が得られる政策が始まっています。これは完全に知財を活用すれば財務的な恩恵が得られる「価値面・プラス面」の側面です。「近年」は、上記で説明した知財の情報開示が「価値面・プラス面」と「リスク面・マイナス面」の両方にイベントを生じさせます。

上記のとおり、知財情報が投資家などの外部に開示されるようになりました。これは当然、投資家による投資に知財がプラスにもマイナスにも影響を与えます。日本国内の代表例としては、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人、Government Pension Investment Fund)があります。まずGPIFは、2024年度末時点で249兆7,821億円の資産を運用しています。

この多額の資産運営方法について、GPIFは特許情報を分析していることを明言しています。つまり、優れた技術を持つ、環境技術などの社会に望ましい技術を持つ企業を特許情報で抽出しています。
従って、このような技術を持つことを特許を保有することで発信できれば、ESG投資などを呼び込み、株価や企業価値の向上につなげる「価値面・プラス面」の効果があります。

図6は、特許に基づく評価の例を示す図です。例えば、低炭素技術、いわゆる環境技術の一つの評価は、特許スコアで算出されています。

一方で、他社権利を侵害するリスクを持つ、知財力が低いと分析されてしまえば、「リスク面・マイナス面」の効果があります。簡略に言えば、侵害リスクに対しての対策がなければ知財面でリスクが高いと評価されます。

中小企業、または上場企業でない企業には、どちらかというと金融機関による貸し付け、融資の方が利用する機会があると思いますが、近年はESG投資・SDGs融資(法令などで定まっている名称ではないため、いろいろな言い方があります)でも特許情報が審査に活用されています。中小企業・間接金融でも知財は活用できるようになってきています。

以上のように、知財は、「価値面・プラス面」と「リスク面・マイナス面」の両方のイベントを引き起こします。基本は、他の要素と同様にリスクを抑える対策をし、価値向上につながる活動をしていくことが大切です。

3. 中小企業診断士としての視点や実体験の共有

中小企業は、経験上、知財部門や知財担当者がいない場合がほとんどです。そして、知財の専門家がいない・知財知識を備える人材(外部の人材を含みます)がいないといった企業内に知財の知識が少ない状況は長年の課題です(例えば、下記製造事業者が取引先の要請を受け入れた理由 参照)。

製造事業者が取引先の要請を受け入れた理由

番号選択肢の内容回答数(%)
全体うち
大企業
うち
中小企業
1取引先から今後の取引への影響を示唆され、受け入れざるを得なかったため。(2)320
(24.6%)
(3)60
(21.1%)
(2)260
(25.6%)
2取引先から今後の取引への影響を示唆されたわけではないが、 その要請を断った場合、今後の取引への影響があると自社で判断したため。(1)470
(36.2%)
(1)118
(41.5%)
(1)351
(34.6%)
3当時はノウハウ・知的財産権に関する専門的な知識がなく、取引先からの要請をそのまま受け入れていたため。102
(7.8%)
11
(3.9%)
91
(9.0%)
4取引先は市場におけるシェアの高い有力な事業者等であり、取引を行うことで将来の売上高の増加や自社の信用力の確保につながると判断したため。(3)244
(18.8%)
(2)67
(23.6%)
(3)177
(17.4%)
5その他164
(12.6%)
28
(9.9%)
136
(13.4%)
合計1,3002841,015
  • (注)資本金額を回答しなかった製造業者がいるため、「うち大企業」及び「うち中小企業」の合計が「回答数」と一致しない場合がある。

中小企業における知財専門家の有無

中小企業における知財専門家の有無

(参考)公正取引委員会 「製造業者のノウハウ・知的財産権を対象とした優越的地位の濫用行為等に関する実態調査報告書」

(出所)中小企業の知的財産・ノウハウの保護に関する現状と課題、中小企業庁(PDF p.21 取引先の不当な要望を受け入れた要因より引用改変)

中小企業の知財体制

図7 中小企業の知財体制

図7は、中小企業の知財体制のイメージ図です。上記のとおり、中小企業には知財を担当できる人材がいない体制で知財活動を行う場合が多いです。
前提として、大企業や知財部門があって専門的な知識を備える人材がいる組織と、そうでない組織では、支援者側のノウハウややり方も当然に異なります。

一方で技術を強みにする企業は、特許取得を一度は考えるぐらいニーズがあります。ところが、知識不足や弁理士へ伝手(つて)がないだけで諦めている企業も多いです。このような企業には、知財知識を補ってもらえる支援や弁理士を探してもらえる支援のニーズがあります。このようなニーズに応えるのも支援者の役割でしょう。

ただし、知財はかなり専門性の高い分野です。「自然」と身に付く専門性や知識ではありません。知財のアドバイスをするのであれば、支援者には、しっかりとした知財の知識と経験が求められます。

4. ITツールの紹介

「知財」とは「知的財産権」の略称として用いられる場合が多いですが、「知的財産権」と類似する言葉として、「知的資産」「無形資産」「知的財産」などがあります。

法令上、知的財産基本法(平成十四年法律第百二十二号)では、以下のように定義されています。

「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報である  (知的財産基本法第2条第1項)

知的財産権、知的財産、知的資産、無形資産の分類イメージ

図8 知的財産権、知的財産、知的資産、無形資産の分類イメージ図

(出所)知的資産・知的資産経営とは(経済産業省Webサイト より引用)

上記の図8に示すように、「無形資産」には、「知的財産権」として権利化された以外のものも該当します。中小企業の強みに多い、いわゆる「ノウハウ」や「人脈」なども「知的資産」や「知的財産」に該当し、これらも「無形資産」に含まれます。
ただし、このような無形資産を構築する情報は、正しく管理されていないと場合によっては法律による保護などを受けられない場合があります。代表的な例は、不正競争防止法における「営業秘密」です。簡単にいえば、情報は法令上の一定要件を満たしていないと不正競争防止法における営業秘密には該当しない、そのため法律では保護対象としないとなってしまう場合があります。
他にも、特許法では先使用権(特許法第79条)などが代表的です。

【知財】シリーズ「侵害をチェックするには」抗弁検討

図9 【知財】シリーズ「侵害をチェックするには」抗弁検討(第4回)

(出所)【知財】シリーズ「侵害をチェックするには」抗弁検討(第4回)(マイベストプロ)(先使用権(特許法第79条)より引用改変)

先使用権は、他社から権利侵害で訴えられた場合に「抗弁」という形式で対抗する手法です。簡単に言えば、訴えてきた特許権の出願日より、早い時期に実施していれば「抗弁」が認められ、引き続き実施ができます(上記図9を参照)。
しかし、技術開発や製品製造といったものは、オープンでない場合が多いです。例えば、学会発表やプレスリリースといった大々的な発表・公式な場での発表があれば、記録として残りやすいですが、全製品・全技術がこのような対応をすることはありません。

一方で、訴訟では「いつから」といった日付・日時に客観的・厳格な立証が求められます。このように訴訟の証拠として通用するように管理するのも今後の無形資産時代・知財競争激化の時代には必要です。
例えば、タイムスタンプなどのツールがあります(下記ページ参照)。こういったツールを用いると「いつから」というのが簡易に・客観性を維持して残せる可能性があります。

タイムスタンプオプション(Quickスキャン)

おわりに

知財は、まず「認識」できるかが勝負になります。「認識」できる方は、マイナス面でもプラス面でも動き出すことができますが、「認識」がない方は、行動できません。ある日、他社から訴えられるまで「認識」できないというのが最悪のシナリオでしょう。
経営者としても、経営者を支援する中小企業診断士としても、知財というものをまず「認識」することが重要です。
特に中小企業は、「認識」ができていない企業・経営者も多いです。このような企業に「認識」させること、知財というものを気付かせることも中小企業診断士の重要な役割です。
本記載がそのきっかけにでもなれば幸いです。

著者紹介

坪井 央樹 氏 プロフィール

弁理士法人武和国際特許事務所 弁理士
中小企業診断士 知財活用ビジネス研究会幹事
知的財産管理技能士(2級) 知的財産管理技能士会研究会研究員
ITストラテジスト(ST) G検定&DS検定合格
千葉商科大学客員研究員

坪井 央樹(つぼい ひでき)

坪井 央樹氏

大手精密機器メーカで技術研究職を画像処理、生産技術、半導体技術等の研究開発、新規事業、知財業務を経験し、大手特許事務所へ転職して特許出願の経験を積む。中小企業診断士資格取得及び経営系修士課程を修了後、AI等のIT系特許を中心に、知財コンサル、調査、商標等も担う。知財業務全般の業務、研究活動を現職で行っている。

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