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第16回 「とりあえずみんなで話そう」と言う部長のお話
部下の意見を良く聴く上司であれば、その人のことを悪く言うことはあまりないと思います。上司が自分の意見に耳を傾けてくれて、それを少しでも取り入れてくれれば、部下としても嬉しいことでしょう。部下からすれば、信頼できる上司と言えるのではないでしょうか。
ただ、ある会社で出会ったI部長は、よく話を聴く人にもかかわらず、こういうイメージとは少し違った人でした。
私がI部長に出会ったのは、その会社でお手伝いしていたあるプロジェクトを通じて、部門長やマネージャーから選ばれた数名のプロジェクトメンバーの一人として参加していました。
組織風土改革や人事制度をテーマにしたプロジェクトでしたので、いろいろな階層の社員からいろいろな形で情報を集め、その内容に配慮しながら取り組み方を検討していくことが必要になります。
そんな情報収集の一翼を担って頂き、さらに現場視点で意見を述べて頂く目的で選ばれたメンバーのうちの一人がI部長でした。
一見すると穏やかそうで、部下の意見を良く聴きそうな雰囲気を持った、面倒見の良さそうな人です。私の第一印象では、この手のプロジェクトを進める上では適任のメンバーというイメージでした。
このプロジェクトの運営の中で、現場からの意見収集のヒアリングを各メンバーに行って頂く機会が何度かありました。自部門の部下、もしくはあえて面識が少ない者同士ということで、他部門の社員にこのプロジェクトのメンバーという立場でヒアリングをしてもらい、その結果を持ち帰って検討材料にしようということです。
ヒアリング結果として各メンバーが持ち帰ってくる意見や情報の中には、肯定的な意見も否定的な意見も、前向きな捉え方もそうでないものもあります。
「こういう問いかけをしたらこんな反応だった」「これなら受け入れられるがこうなってしまうと受け入れられない」など、取り組み内容を検討していく上では有益な情報がいろいろ集まってきていました。
ただ、I部長が持ち帰ってくる情報は、少し様子が違っていました。「こういう意見がありました」という内容が羅列され、しかもその内容はあまり前向きとは言えないものが中心です。
ヒアリングのやり方は各プロジェクトメンバーに任せていたので、どんな方法でやったのかを聞いてみると、ほとんどの人は個別もしくは少人数で、こちらからいろいろな条件を説明しながらの面談形式で行っていました。
しかし、これがI部長だけは違っていて、「関係者を集めてミーティングをした」ということでした。プロジェクトの目的と今回聞きたいことを大まかに伝え、そこで出てきた意見をまとめたということです。
出てきた結果から見ても、これは私の経験上、ちょっと嫌な予感がするパターンです。きちんとコミュニケーションが取れていない懸念があるからです。
そこで、I部長が意見を聴いた何人かの社員から、追加ヒアリングと称して私が直接話を聴いてみることにしました。
そこで出てきたのが、I部長に対する部下たちからの評判です。どうもイマイチ冷めた反応で、「何となく信用できないんですよね…。」などと言います。
理由はなぜかと尋ねてみると、その部下たちは口々に「I部長は自分では何も決めようとしない」と言います。
いろいろ話を聴いていくと、どうもI部長は、とにかく何でもかんでも「とりあえずみんなで話そう」と言って部下たちを集めるのだそうです。
部門全体に関わる重要事項ならばともかく、部長が「こう決めた」と言えばそれで済むようなことでも、すぐに「とりあえずみんなで…」と集合がかかるのだそうです。
その話し合いの場では、部下から出てくる提案にはいろいろ意見をするが、決して自分の考えを言わないのだそうです。しいて言えば議長のような役目でしょうか。
こういうやり方をすれば、何か物事を決めるのにはものすごく時間がかかります。I部長から集合がかかると、みんな「また面倒なことが始まった」と思ってしまうのだそうです。
この話をI部長にちょっと遠回しにうかがってみました。もしかすると部下の当事者意識や考える力を養うため、納得性を高めるためなど、部下育成やその他の意図があるのかもしれないと思ったからです。
その結果は、残念ながらまったくと言ってよいほどそういう考えはお持ちではありませんでした。会社に対して考えていることは、ご自分の意見というよりは会社の上層部の方々がおっしゃっていたことがほぼそのままです。
会社のさまざまな課題についても、「こうしたらどうか」というようなアイデアはあまりお持ちではありません。会社から降りてくるテーマを、ほぼそのままスルーして自分の部下たちを巻き込み、出てきた意見は同じくスルーして伝えるという行動パターンだったようです。
ただ、I部長ご自身が、どうも「自分が決める」ということを、一方的な押し付けになってしまうようにとらえていたようで、そんな中で、自分の意見を持たないという状態が、知らず知らずのうちに助長してしまっていたようでした。
この一件でI部長も自分の課題を知り、その後少しずつですが改善に向かっていくことができました。
たぶん周りから見ると、「部下の意見を良く聴く面倒見の良い部長」に見えたのでしょうが、実態はリーダーシップを発揮している訳ではないし、自分の意見もあまりなく、それを補完するために、ただ話し合いの集合を声掛けしているだけだったということです。結局は「マネジメント能力を持ち合わせていない部長」だったということになってしまいます。
部下の意見を良く聴くことは大切ですが、決断にはスピードも必要ですし、場面によっては上司が自分の意見で部下を引っ張っていくということも必要です。
「結論がない打ち合わせ」ほど無駄な時間はありませんが、この手の会議は組織内のいろいろな所でまだまだたくさん行われています。もしも、ノープランのままで「とりあえずみんなで話そう」と言っていることが頻繁にある人は、ちょっと注意する必要があるのではないかと思います。
次回は月1月27日(火)更新予定です。
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