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第158回 「覚悟」が問われる時代
「VUCA時代」という言葉が、リアリティーを持って感じられるような状況になりました。一方、今までの「自分の“価値観”に対する本気度・覚悟」が問われている時代ともいえます。今回は、自分自身の思考性や価値観を含めた主体性に対する「貫き通す覚悟」を問い直して考えたいと思います。
「覚悟」が問われる時代
皆さん、こんにちは。
「VUCA時代」という言葉が、日に日にリアリティーを持って感じられるような状況になっています。その不透明さの発信源になっているのは、米・トランプ大統領であることは間違いないのではないでしょうか。ロシアやウクライナの和平交渉の行方だけでなく、各国への追加関税も含め、世界中の既存の秩序を混乱と分断、そして破壊しつつあるように思います。
日本においても、経済的な影響や、私たちの生活にもインパクトが大きいという意味で、ないがしろにしておくわけにはいきません。政府だけでなく、各企業も、ひいては個人レベルにおいても対抗策を講じざるを得ません。
一方で、今までの「自分の“価値観”に対する本気度・覚悟」が問われている時代ともいえます。例えば、多くの企業が大切にしてきていたはずのDEI(多様性:Diversity・公平性:Equity・包括性:Inclusion)に対する方向転換などが典型的な例として挙げられます。
政権の意向にあらがいにくい立場の企業があることも認識していますが、マクドナルドを筆頭にした多様な消費者を相手にしている、あるいは就労者として雇っている側でもあるはずの企業までもが「DEI止めました」の論調に転じ始めています。
「エッ、今までは何だったのですか?」「結局、見せかけだけだったの?」と思われてもしかたないですし、企業自身が認めているようなもののようにさえ見えてしまいます。これは、国や企業レベルの話だけではなく、私たち、多くの企業に勤める立場にいる人にも同じ構造が当てはまるのではないでしょうか。
今回は、この自分自身の思考性や価値観を含めた主体性に対する「貫き通す覚悟」を問い直して考えたいと思います。
他者の評価に振り回されるということ
多くの人が「承認欲求」を色濃く持っているものではないかと思います。誰かに見てもらいたい/褒めてもらいたい/認めてもらいたい……。この気持ちは、当然だと思いますし、否定されるものではないと思います。
ただ一方で、こうした「他者からの承認・認知」に対する依存が大きくなりすぎると、今度は「認めてくれない、褒めてくれない、評価してくれない」なら「やらない・やっても意味がない」という思考性に陥りかねません。
この構図は、下記のようにも考えられます。
会社には経営者というトップがおり、多くの場合、トップの価値観や思考性が反映された「評価制度(もしくは暗黙の評価基準)」が存在します。
そして、そこで働く人たちは「承認欲求」を満たすために、その評価基準になぞらえた行動をとり、その結果の成果が上がることで、また昇格・昇進といった形で、さらに「承認欲求」は高まっていきます。
ところが、何らかの理由でトップが交代したり、価値観が変わったりすることで「評価基準」が大きく変わると、上記のような「承認欲求」に依拠している人は、その「新しい評価基準」に簡単に身を翻してしまいます。
その人にとって「あなたが大切にしたい価値観は?」と聞くと「誰にでも合わせられること」などとおっしゃる方もおられるようです。世の中を上手に渡り歩くという意味では良いのかもしれませんが、少なくとも「個人の主体性」という意味では違和感を抱かざるを得ません。
また、ご自身が誰かの指示・命令を受ける立場でいる間は良くてもご自身がリーダーとして、誰かをどこかに導くという立場になった時には、立ちすくんでしまうのではないでしょうか。
そもそも「主体性」とは
主体性とは、いろいろな定義の仕方があるかとは思いますが、基本的には、周りの影響を受けず、自らの考えを基準に責任を持った行動をする性質を意味し、自責思考であり、行動の結果に対して自分自身に責任を持つことだと思います。
ポイントは【周りの影響を受けず、自らの考えを基準に】です。つまり、評価が変わるたびに日和見的に動くことは「主体性がない」ということになってしまいます。
同時に「主体性」を持っていると自覚している方の中でも、【周りの影響を受けず、自らの考えを基準に】と突き付けられると、自信を持って「ハイ」と言える方がどれだけいるでしょうか……
そこに、その方自身の想い・価値観に対する「“覚悟”の深さ」が問われる部分となってくるのだと思います。
そう考えてみると、冒頭にご紹介した「DEI止めました」のような企業に対して、「エッ、今までは何だったの?」「結局、見せかけ?」と私たちが感じることと同じ視線が逆に向けられ、突き刺さってくることは容易に想像できるのではないかと思います。
企業理念と同様に、私たち一人一人の「生き方に対する価値観」が、本当に心から通底した信念・志なのか、ただの能書きなのか……が問われているように思います。
前回取り上げさせていただいた「知の巨人」とも呼ばれる野中郁次郎先生の最新刊『二項動態経営』の帯の解説に下記のように書かれています。
経営は日々、選択を迫られている。しかし、つい安易に妥協して選択しやすいほうを選んだり、それぞれの選択肢の意味するところを十分に吟味せずに思考停止したりしていないだろうか。経営活動において直面するさまざまな矛盾やジレンマを「あれかこれか」の二項対立で切り抜けるのではなく、苦しくても「あれもこれも」の二項動態を実践することこそが、過去の自己を超えていくただ一つの道なのだ。
そう……「苦しくても二項動態を実践する」ことが大切であり、組織を率いる経営に携わっている方には、ぜひ持ち合わせていただきたい思考だと思っています。
引き続き、よろしくお願いいたします。
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