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第140回 視点を変えるポイント
いろいろなことが今までの常識では諮れないようになってきた時代ですが、私たちは「視点を変える」「今までの常識を疑う」ということが非常に苦手なのではないでしょうか。今回は、「視点を変える」ためのポイントに関して考えてみたいと思います。
視点を変えるポイント
こんにちは!
「2023年の夏はターニングポイントだった」と将来言われるのではないか、と思うほど、この夏の暑さは尋常ではありませんでした。環境省が公開している動画「2100年未来の天気予報」では、温暖化対策が不十分だった場合の未来の日本を予測しています。ここでは、将来、沖縄が暑さを避けるために訪れる「避暑地」になる可能性に言及していますが、「既に始まっている未来」のようにも思えてきます。
有名な経営学者であるP.F.ドラッカー氏は、『すでに起こった未来』という1994年の著書のタイトルどおり、「未来のことは予測できないけれども、すでに起こってしまった未来を探すことができる」と説いておられます。
いろいろなことが今までの常識では諮れないようになってきた時代ですが、それに比して、私たちは「視点を変える」「今までの常識を疑う」ということが非常に苦手なのではないでしょうか。今回は、「視点を変える」ためのポイントに関して考えてみたいと思います。
慶応高校・森林監督の覚悟とやり抜く力
今年の夏の甲子園での高校野球で大きな話題となったのは、慶応高校・森林貴彦監督の指導方針でした。
何より私が驚いたのは、今回たまたま注目を浴びることになったわけですが、何と3年も前にご自身の考えを下記の著書を通じて明確に発信しておられ、実践し続けてきていたことです。
『Thinking Baseball ――慶應義塾高校が目指す"野球を通じて引き出す価値"』
(刊:東洋館出版社 2020年10月発行)
「キレイごとだ! 勝たなければ意味がない」と周りからはバカにされ、中傷も多々あったようですが、それでも“理想”を目指し、実践し続けて今回の結果につなげてこられた苦しい道のりの中で、自分の信念・想いを貫いて実践してこられてきたことを想像するだけで、感動を禁じ得ません。
「理想を語る」ことは簡単ですし、それができない文句や愚痴を言うのも簡単です。それに比して「理想に向けて実践・行動する」ということは簡単ではありません。でも「簡単ではない」からこそ、価値があるわけですし、実現できた時のインパクトの大きさは、今回の森林さんの姿を見れば一目瞭然なのではないでしょうか……。
思考性を拡張するポイント
この著書の中で、森林さんは「高校野球の3つの価値」として下記を挙げておられるそうで、自己裁量の部分、自分で考える部分を大切にしているそうです。
- 困難を乗り越えた先の成長を経験する価値
- 自分自身で考えることの楽しさを知る価値
- スポーツマンシップを身につける価値
明らかに森林さんの視点は「夏の甲子園出場や優勝を目指す」という短い時間軸、高校野球の監督として結果にゴールを置いているのではなく、もっともっと長い時間軸、さらには教育者としての高い視座に基づいて「社会にとって価値ある大人になる」ということをゴールとし、そのための一つのツールとして“高校野球”を位置付けていることがよく分かります。
また、この森林さんの考え方の背景には「高校野球の監督だけに携わってきているわけではない」ことが大きな要因になっているのではないかと思います。
大学卒業後、NTTでのサラリーマン経験を経て、今は小学校の先生という本職を持っておられます。またサラリーマンを退職後、指導者になるために筑波大学大学院に通われました。その中で野球以外のスポーツ関係者との交流を通じて野球界における指導の常識・自分の常識を壊される機会やご自身の中の「常識」を書き換える機会に何度も接することを通じて、その多様性や論点の数の多さが、ご自身の視野を大きく広げることにつながった経験をしてこられていることが思考性の裏付けになっているのではないでしょうか。
つまり、思考性を拡張するポイントとして下記4点が挙げられるのではないかと思います。
- 視野の広さ
- 視座の高さ
- 時間軸の長さ
- 多様性/論点の多さ
加えて、この組み合わせ(下図)によって、思考が戦略的になれるか、短絡的に陥ってしまうかが決まってくるのではないでしょうか。
最も難しい「立場を変える」視点の転換
さらにもう一点。最も難しく、逆にいえば、最も効果的だと思われる「視点の転換」がもう一つあると思います。それが「立場を変えて考える」ということではないでしょうか。
「お客様の目線」といった表現は、あちこちで見られますが、本当に正しくそれを認識できているのでしょうか……。
先日「一人前の営業」という表現に関する検討する場に立ち会う機会がありました。
いろいろな意見がありましたが、「一人前の営業」とは「“売れる営業・実績を出せる営業”ではなく“買ってもらえる営業”ではないか」という結論は印象的でした。
その発想の背景には、最近話題のBM社が頭にあったようですが、「どれだけ売上を上げていても、そのような営業の仕方では“一人前”どころか“社会”から認められないのでないのか? お客さんが“あなたから買いたい”と思っていただけるようになることが“一人前の営業”になることのような気がする」があったように思います。
ここでの視点のポイントは「私たち・自分」を主語に考えるのではなく「“お客さん”を主語にしている≒お客さんが“あなたから買いたい”と思うかどうか」に変える点にあります。
お客さん、つまり自分ではなく「相手」を主語にすることで、「相手が何を求めているのか? 何を喜ぶのか? 何に困っているのか?」に初めて想いをはせることができるということです。
これは一般的にいう「ヒアリング能力」とか「傾聴力」というスキルではなく、「“相手”という人に対する関心」、つまり「自分以外の“誰か”に対する関心」ということです。つまり損得を含めた「自分」に一番興味を持つのではなく、「“誰か”に興味を持つ・“誰か”に役に立つ」という「姿勢・スタンス・在り方」の問題になってくると思います。
その「自分以外の“誰か”」が家族だったり、奥さんだったり、お子さんだったりでも構わないと思います。そんな普段「半径3m以内にいる人」が何を願っているのか、考えているのか……から始めてみる必要があるのではないでしょうか。
“理想”を追い続ける姿勢
慶応・森林監督に戻りますが、「『バレなければいい』という大人にしていいのか」というコラムをご紹介させていただきます。
「非坊主」で話題、慶応・森林貴彦監督が指摘する“高校野球の教育的問題”「『バレなければいい』という大人にしていいのか」(Number Web)
この中に下記のような記述があります。
当たり前の話ですが、罰則を受けないからといって、サイン盗みをしても構わないということではありません。これまでバレていなかったり、いまでもバレないままやろうとしているチームはあるかもしれませんが、高校生のときにそんなことをやってきたという思いを持ったまま、大人にしてもいいのでしょうか。卑怯な手を使って勝つ確率を高めようとするのは、その後の人生の考え方に大きな影響を及ぼすはずです。「結局バレなければいい」「うまくやったもの勝ち」という人間を育てることになりかねません。
手段を選ばずに勝利を目指すのではなく、勝つための手段を選ぶ。汚い手段を使ってまで勝とうとしてはいけません。きれい事や理想に聞こえるかもしれませんが、それを目指さない限り、選手たちは本当の意味で野球を面白く感じられないと思います。そうなれば選手は自然と、「どうすれば正々堂々と戦って勝てるのか」を考え始めるはずです。
経営者や、経営者ではなくともビジネス社会に身を置く大人として、社会やビジネスの常識にまみれてしまっている私たちが考えないといけないことばかりではないでしょうか……。あらためて、胸に手を当てて振り返りたい気持ちにさせられる気がします。
今後もよろしくお願いいたします。
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