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第82回 検査室の運営としてのブランチ
ブランチとは検査室の中の検体検査(以下検査)についての委託手法のひとつです。ブランチ導入の大きなメリットは固定費(人件費)を変動費(外注費用)にできることで、固定費の変動費化というのは経費削減の一般的な手法のひとつです。しかし、検討のためには多くの事を考えなければなりません。今回はこの院内の検査室の委託手法である「ブランチ」について述べたいと思います。
検査室の運営としてのブランチ
「ブランチ」と聞いて、病院内の検査室の委託手法のひとつとお分かりの方は、医療関係者以外では少ないでしょうね。今回はこの院内の検査室の委託手法である「ブランチ」について述べたいと思います。
ブランチは検査室の中の検体検査(以下検査)についての委託手法のひとつです。医療機関内では、さまざまな検査が患者さんの状態等に合わせて医師からオーダーされます。検査項目は数千4種類と言われていますので、院内でそのすべての検査を実施できるように準備しておくことは不可能です。通常は、オーダーされることが多い基本的な検査や、すぐに検査結果が必要な緊急性が高い検査、その医療機関の特徴に合わせた検査などを院内で実施し、それ以外の検査は外部の検査会社に委託することが多いです。外部の検査会社に委託する際は、当然ですが事前に委託価格をその検査会社と決めます。通常は各検査に診療報酬点数がありますので、この点数を定価と考え、そこから何%引きにするとか、検査会社と価格交渉を行います。院内の検査に関しては、検査結果を出すのに必要な、試薬と検査機器の購入価格の交渉がそれぞれの販売会社との間で行われます。さらに院内の検査技師の人件費と水道光熱費などの経費が加わり、ひとつの検査結果が出せるわけです。
図:検査にかかるコスト
検査結果を出すのに必要な試薬、検査機器、検査技師のコストを検査会社が用意することがブランチです。このコストは、委託した外注検査の価格に反映され医療機関に請求されますので、通常の外注価格よりは高くなります。医療機関側の大きなメリットは固定費(人件費)を変動費(外注費用)にできることです。極端なことを言うと、検査が月に1件もオーダーされなかったとします。ブランチでなければ、検査技師は職員ですので、給料を支払わなければなりません。しかしブランチであれば、請求される検査が無いわけですから、医療機関が支払う検査委託料は0円ということになります。(検査技師に対する給与は、検査会社から支払われます)固定費の変動費化というのは、経費削減の一般的な手法のひとつです。
現在の検査の診療報酬点数は、毎回の診療報酬改定のたびに引き下げられ、非常に低い点数(価格)設定となっています。しかも院内で実施することが多い基本的な検査の点数は、特に低い点数です。さらに「包括」という仕組みがあり、多くの検査がオーダーされても、一定のラインで点数が決められた点数以上に加算されないようになっています。(上限点数が決められていたり、測定回数などに制限がある)この包括は、ずいぶん前の話になりますが、「検査漬け」という言葉があり、多くの検査が実施され問題視されていました。そこで多くの検査をするのではなく、適切な必要最低限の検査を実施するということを目的に導入されたシステムです。この包括が導入されたことにより、院内の検査室での検査点数の合計は低下し、さらに利益も減少することになりました。この現象は現在も同様で、「検査室はベネフィットセンターからコストセンターになった」と言われる所以です。
そこで、院内の検査室の収支改善などを目的とした「ブランチ」というものが検討されます。ブランチを検討する理由は収支改善だけではありません。検査室の運営改善ということもブランチを検討する理由に挙げられます。医療機関の職員である検査技師ですが、どこの医療機関でも、コミュニケーションが良く取れて検査室運営がうまくいってるケースばかりではありません。ブランチでは、外部の検査会社の人間も責任者として入ってきますので、今までのやり方以外の組織運営が行われます。
「ブランチを検討したい」と考えたらどうすれば良いのでしょうか。まずは、院内の検視技師への説明です。検査技師は、医療機関へ就職したわけですから、ブランチとなると、その身分は検査会社への出向になるなどということになる可能性もあるからです。検査技師にとっては、非常に不安な状況になりますので、丁寧に説明を繰り返し、安心、納得してもらうことが重要です。またメリットとしては、検査機器が最新機器に変更する可能性が高いということもあります。検査会社はブランチにする検査室の検査機器について、更新が必要なのか否かを検証し、効率性などを考え検査機器を入れ替えます。今まで、何度も検査機器の入れ替えを病院に要求しても、なかなか買い換えてくれなかった状況が一変することもあります。
次に、どこの検査会社に検査室をブランチで運営してもらうかという選定作業に入ります。そのために、複数の検査会社に声を掛け、ブランチを検討したいと宣言し、検査室の業務調査と収支分析を依頼します。この二つの調査から、検査会社はブランチを受託する際の料金を計算、見積りができます。業務調査では、通常1日、終日検査室内の業務をすべて調査します。人の動き、測定件数、検査室内の動線など効率よくするためには、何が課題なのかという現状確認と課題探しの調査です。多くの検査会社の人間が検査室内で調査する業務調査は、検査会社毎に実施されますので、検査室の負担が大きく、検査技師のストレスも高くなるので注意が必要です。さらに収支分析では、検査室全体の収支はもちろんですが、検査室内の検査分野(尿・糞便検査/生化学/免疫検査/血液検査など)の収支も計算します。場合によっては検査項目毎の収支も計算する場合もあります。計算に必要な資料が作られていないこともありますので、事前の予備調査なども場合によっては必要です。
収支分析によって、院内で実施したほうが良い検査なのか、外注した方がよい検査なのかなどの検討資料となります。検査会社にとっては、検査機器の入れ替え検討や最終的には、医療機関へ提出する見積金額の計算にも使われます。
医療機関では、検査会社から提出された、調査報告書の内容や見積金額などを総合的に判断して、ブランチを委託する検査会社を決定します。委託会社が決定したら、検査技師と検査会社の間で、詳細な打ち合わせを重ねます。どの検査項目を外注し、院内ではどの検査項目を実施するのか。試薬はどのメーカーを採用するのか。その検査項目は、どの検査機器で測定するのか。検査機器を更新するのか。更新するのであれば、どのメーカーの機器にするのか。スペックやスケジュールなど等。さらに同時に検査室内の人員配置見直し、検査機器設置場所やシフトの見直し、業務調査で明らかになった課題の対策などもひとつひとつ検討していきます。検査室のマネジメントは、今までの検査責任者に加え、検査会社からも責任者が加わります。検査会社からの人員はブランチの範疇である検体検査の責任者であり、今までの検査室の責任者は生体検査を加えて検査室全体のマネジメントを担うということになります。この外部の人間が入ってくるということは、自分たちだけでは、遠慮や人間関係などからなかなか自主的に改善できなかったことを改善する良いきっかけになります。検査会社からの外部の人間は、多くの医療機関の検査室を経験していることも多いので、アイデアや事例をたくさん示してくれます。
今回は、検査のブランチをお話ししましたが、検査については、ブランチ以外にもFMS方式(ブランチに似ていますが、検査技師は医療機関所属)や、全面外注(院内では最小限の検査しか実施せず、ほとんどすべての検査を外注)、院内の検査室を検査会社として登記して、近隣の医療機関から検査の受注をする。など検査についてだけでも、さまざまなことが考えられます。固定概念にとらわれず柔軟な発想で取り組むことが大事です。
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