第91回 医療機関の原価計算について その1

近年、病院原価計算は経営管理の一手法として重要性が高まり、DPC病院を中心にその導入事例報告が増えています。しかし、病院の原価計算の手法や理論を体系的に示した書物などはほとんど存在せず、各病院は独自に作業を行なってきたのが現実です。

医療機関の原価計算について その1

近年の病院経営は、高齢化、少子化や情報化などといった社会環境の影響を受け、さらに厚生行政の思惑も絡み、病院数も減少しています。この変化に対応し、生き残り、成功するには、経営分析などに基づく経営戦略・人材戦略などが不可欠であり、病院の経営管理上 特に定量的なデータに基づく経営意思決定が求められます。
病院原価計算は、このような背景のもと、経営管理の一手法として重要性が高まり、DPC病院を中心にその導入事例報告が増えています。
しかし、病院の原価計算の手法や理論を体系的に示した書物などは、ほとんど存在しません。厚生労働省でも医療機関の原価計算を研究した報告書もありますが、実際の現場で使用するには、非常に複雑な手法です。そのため各病院は独自に作業を行なってきたのが現実です。

経営環境と原価計算

日本における高齢化への推移は世界に類を見ない勢いです。高齢者が増えるということはすなわち、医療費が増加するということとも言えます。医療費の削減が国の政策の急務にもなっていますので、医療費削減政策の具体的な事例は枚挙に暇が無く、DPCの導入、診療報酬のマイナス改定、在院日数の短縮、療養病床の削減、医療費適正化計画などがあります。

医療機関としては、このような政策の本流から外れることは、経営が苦しくなることでもあることから、真意ではなくても必死に経営の舵を握っている状況です。
成熟化社会の現象として、国民の医療に対するニーズは質的なサービスを求め、医療機関を患者が選択するようになりました。最新の医療を受けたい、設備の整っている病院にかかりたい、インフォームドコンセントをきちんとしてほしい、セカンドオピニオンの受診がしたいなどその要望は多様化、個別化、複雑化してきています。またこのような国民の考え方の変化が病院への来院患者数にも影響を与えています。

近年急速にインターネットが普及し、情報化社会となりました。国民(患者)にとっても、自分の病気のことが知りたいという権利意識を生み出し、カルテ・検査結果の開示要求へ繋がっています。電子カルテ、電子レセプト、レントゲンフィルムの電子化など病院の中でもIT化が今後ますます進むと思われます。
このような初期投資額は多額となることが多いのですが、中長期的に見ると、スペースの有効活用、人件費の削減などにつながります。いずれにしても、この準備の開始にあたっては、資金的な備えが必要となります。

医療の世界は国際化と結びつかないかもしれませんが、実は非常に関係が深いのです。ひとつの動きとしては、以前からWTO(世界貿易機関)の協議で日本は140の分野について自由化、規制緩和が世界から要求されています。そのなかに医療も含まれています。
グローバルスタンダードの観点から、国際水準に近い平均在院日数、医療従事者数、急性期・慢性期病床数、医薬品や医療器機の関税撤廃などがあり、さらに外国病院資本の日本上陸も時間の問題と言われています。
さらには海外からの労働力上陸は医療費の未収金という深刻な問題の一因にもなっていますが、少子化による労働力不足を補う人手としても有力視されています。

このように少子高齢化、成熟化、情報化、国際化などの要因が、病院の経営基盤に影響を与えています。すなわち、患者数と患者単価の変化です。
病院の経営基盤は患者からの収益によって成り立っていますが、この収益は『患者数×患者一人一日あたり収益(日当点)』の簡単な計算式表されます。国の医療費抑制策で患者単価が減少し、医療の質を求める患者の医療機関の選択によって、専門性、特徴の無いない病院は収益の減少に繋がっていき、やがては淘汰されてしまいます。

財務会計の限界

一般的な病院経営分析ツールとして財務(会計)分析があります。よく使用されるのが医業収益に占める各費用の比率算出です。人件費率や材料費率、一般経費率や委託費率などです。これらの勘定科目の費用を収益に対して適正化することが大きな課題となりますが、具体的な作業は非常に難しいものです。

例えば人件費については、適正な人員配置なのかどうか?職員一人あたりの給与費ベースは他の医療機関と比べて高いのか低いのか?1床あたりの職員数はどうか?職員一人あたりの年間稼動金額はどうか?などを分析することで改善の糸口をつかめますが、実際には人員を削減することは非常に困難です。

このように、財務諸表による分析と改善効果には限界があり、科別、部門別、診療行為別、疾患別、クリニカルパス別、医師別、患者別などに費消された原価(人件費や材料費)に対比して収益を比較しなければ、現実の経営改善には繋がりません。
したがって、管理会計の原価計算の手法によって、各病院にあった単位別での原価対収益分析の結果を示し、最終的には損益分岐点を算出し、患者をあと何人確保しなければならないのか?患者単価をあといくら上げなければならないのか?部署によっては稼動件数をあといくら上げなければならないのか?などの具体的な指標を示すことが大事です。

その各指標に対して、行動目標を明確にして、評価する(される)といった評価制度を連動させ、機器の購入予算や人員補充の参考にもすることができます。
病院の経営の基本は、いわゆる人・物・情報・時間・空間といった病院が有する経営資源をインプットして、医療活動を行い、そのアウトプットとして医療の質や経営データなどが得られることになる。さらにその変換過程における管理としてはPlan-Do-Check-ActionというPDCAサイクル(マネジメントサイクル)が行なわれます。

これまでの病院経営分析では、アウトプット指標として医療統計データや収益分析などは詳細に行なわれてきましたが、それがどのくらいの経営資源をインプットして得られた結果なのか?といった視点からの分析は不足していました。
原価計算は、この経営資源のインプットに注目して、医療活動にどのくらい経営資源が利用されたのかをチェックすることで、問題点や改善点の検討を行うためのデータを提供し、次の経営プランのためのフィードバックを行なって定量的評価ができるものです。

病院の生き残り競争のなかで、質の高い医療サービスの提供に必要な経営資源の最適配分を明らかにする必要があり、そのツールとして原価計算があります

皆さんは、どう思いますか?

次回は8月21日(水)更新予定です。

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この記事の著者

株式会社FMCA 代表取締役

藤井 昌弘

1984年に医療関連企業入社。院内の各種改善活動を指導。急性期医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事。2005年退職、株式会社FMCAを設立。原価計算の導入と活用、病院移転に伴うマネジメントも実施。
株式会社FMCA

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