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第92回 医療機関の原価計算について その2
医療機関の原価計算は経営管理のツールです。原価計算の作業自体が目的ではなく、得られた結果をどう使うが重要です。より多くの医療機関に原価計算の活用を実践していただければ幸いです。
医療機関の原価計算について その2
原価計算については、さまざまな書籍が出版されています。医療機関における原価計算の手法についても同様です。一般企業と医療機関の原価計算で最も大きく異なる点のひとつが、複数の診療科、あるいは複数の医師や医療従事者が、ひとりの患者の治療に係ることをどのように収入や原価を按分するかが非常に難しいという点です。例えば、手術が必要な患者がいて、外科のA医師が主治医だとします。手術にはサポートするB医師も入ります。さらに麻酔科医のC医師も手術に加わります。医師別原価計算を実施している場合、A,B,Cのそれぞれの医師へ費用や、収入をどのように按分するのかが問題になります。執刀する複数の医師については、予め比率按分を決めておくとか、麻酔科の医師については、当該患者の手術に関する総点数のうち、麻酔に関連する点数が占める比率を計算し、その比率分の収入や経費を負担するなどです。最初から麻酔科は原価計算の試算対象にしないという考え方もあります。このように原価計算を導入している医療機関もそれぞれ創意工夫しています。自分たちに最も適した原価計算のルール、原価計算の活用目的に最も適したルールを構築してよいのが管理会計(原価計算)です。
原価計算で、最も重要なことは「導入目的」、「活用目的」です。なぜ原価計算を実施するのか。原価計算の結果を何に使うのかということが最も重要です。この目的によっては原価計算の報告単位も変わってきますし、報告単位が異なれば作業手順も異なってきます。多くの医療機関の導入目的は、「赤字(黒字)の要因追及し、収入や利益を向上させるために活用する」や、「診療科や医師個人の評価」のために導入する医療機関も近年増えてきました。医療機関が置かれている経営環境がますます厳しくなってきたことが背景にあると考えます。
原価計算の結果、「収益をもう少し上げましょう」となったときに、医師に対し、「収益を上げてください」というのは逆効果です。医師は常に一生懸命診療を行っています。具体的に「あと何人」とか「単価をあといくら」といったアプローチが有効です。単価をあといくらアップさせると黒字になるといった相談であれば、医師も対応策が思いつかないわけではありませんが、「収益をあげてください」だけですと、「何をどうすればいんだ!」といったことになってしまいます。このような「あと何人」、「あといくら」といった計算は損益分岐点の計算が必要です。損益分岐点を計算するには経費を固定費と変動費にあらかじめ分けておく必要があります。
原価計算の実務
導入目的が決定したら、原価計算の実務作業に移ります。作業は収益面と経費面に区分されます。まず収益ですが、収益の種類は医業収益、医業外収益、さらにその他の収益があります。その他の収益についてですが、直接医業に関係のない収益ですので、原価計算の対象から最初から除外するといった考え方もあります。その他の経費についても同様です。原価計算の報告単位にこの収益を集計するのですが、ここで大きな問題があります。医療機関の収益ですが、患者が直接窓口で支払うお金は、その月の収入ですが、レセプト請求して医療機関に支払われるお金の入金は2か月後です。この齟齬をクリアしなければなりません。実際のお金の動きは損益計算書(P/L)の数値ですが、診療内容の反映は医事の診療点数集計の数値となります。原価計算では、この両方の良い点を使います。具体的な集計方法は、損益計算書上の収益数値を診療報酬点数集計数値の比率を使って按分します。
次に経費ですが、損益計算書の勘定科目毎に基づいて配賦ルールを決めていきます。医療機関内にある集計データが原価計算の報告単位と同じであれば、直接その集計数値を配賦するとします。これを直課といいます。この直課の割合が高ければ高いほど原価計算の精度も高いと言えます。直課できない数値は、何らかの按分比率を用いて按分配賦することになります。このときの勘定科目と按分比率の組み合わせが、それぞれの医療機関での特徴を考慮した組み合わせとなります。したがって、医療機関内の現場の運用について、よく知っている人が原価計算の立ち上げ時のチーム内には必要です。
給与データは、個人単位で入手しやすいデータの一つです。しかし、この給与データを原価計算に使用する際は、ある程度個人単位の仕事内容を理解していないと活用できません。その理由は、前述の麻酔科医のようにさまざまな部署などに支援や応援に行っている人が多いからです。
個人や部署単位におおよその業務内容を理解したうえで、人件費を按分する方法を考えます。さらに経営者の給与をどのように捉えるかということも悩ましい問題です。経営者である院長や副院長なども医師であることが多いです。診療の第一線に立っていらっしゃる方も多くいらっしゃいます。臨床をされている院長を原価計算の一対象として考えてよいのか。院長は臨床もこなしているが、経営に関する仕事にも多くの時間を要しています。その経営に関与している時間をどう考えるのかが問題です。
またほとんどの場合、経営層の医師の給与は、高額な場合が多いです。医師別の原価計算を実施する場合、医師個人の給与は直課します。経営に関与する時間に割かれて臨床に係る時間が削られ、医業収益を思うように上げられないことも予想がつきますので、このままでは個人単位で計算すると赤字になる可能性が高いです。この問題をどのように解決するのか。
ひとつの考え方として、院長が関与する仕事内容である「臨床」と「経営」ですが、どちらがより重要であるかといったことは、決めかねます。そして「経営」の仕事は自分のためにしている仕事ではなく、職員みんなのために行っている仕事です。そこで、院長の給与の半分は院長自身で負担(直課)し、のこり半分を院長以外の医師(医師別の原価計算の場合)に按分比率に応じて配賦してもらうといったルールにします。
経費のなかで、最も構成比率が高いのが給与費ですが、次に高い比率を占めるのが材料費です。材料費の種類も複数ありますが、大きくは医薬品費と診療材料費になります。この材料費は、医療機関の機能と関係があり、急性期医療を中心に行っている医療機関では、使用する材料が多いので、材料費は高くなる傾向があります。医薬品にしても診療材料についても、どの患者にいくつ使用したのか。その費用はいくらなのかといったデータが必要です。SPDシステムが導入されている医療機関では、このSPDシステムのデータが活用できます。
ここでも問題があります。損益計算書に計上されている金額は、その月に支払ったお金です。言い換えると医療機関が「もの」を買って支払ったということです。この時点で、医療機関は買った「もの」をまだ患者に対して使用していないので、医療機関の収入とはなっていません。医療機関が支払った金額と、SPDシステムのデータ(患者の使用データ)には、アンマッチが起きます。場合によっては月単位でズレることもあります。この場合も収益と同様の考え方をしますが、最初にSPDシステムで集計されたデータの直課できるデータは直課して、その次の作業として残りの金額を使用割合の比率を使って配賦します。
まとめ
医療機関の原価計算は経営管理のツールです。原価計算の作業自体が目的ではなく、得られた結果をどう使うが重要です。その観点からも本文では原価計算の目的を明らかにしておくことが最も重要であると指摘したところです。手法は重要ですが、より重要なのは実践です。経営資源をインプットしてどんなアウトプットが得られるのか。事業計画や予算編成にも原価計算は活用できます。より多くの医療機関に原価計算の活用を実践していただければ幸いです。
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次回は9月11日(水)更新予定です。
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