第57回 医療機関の経営管理手法 その1

今まで、このコラムで取り上げる題材は「ネタは新鮮さが一番」とそのつど話題になっていることを取り上げてきたことが多かったのですが、今回は少し基本に戻り病院の経営マネジメントに関する手法を体系的にご説明していこうと考えています。
テーマを六つに分けて今回は「環境分析から経営計画策定」についてお話しします。

環境分析から経営計画策定

図1 リーダーシップとマネジメントのイメージ
理事長や院長等、経営層が進めるリーダーシップと、部門の長など管理者が進めるマネジメントを分けて考えておく必要があります。

リーダーシップは、自院の進むべき方向性や指針を与えることに比較的多くの資源を使い、マネジメントでは、リーダーが示した方向性に従って、正しくかつ早く、効率的に実行していくことが求められます。これは、たとえ良いマネジメントができていても、リーダーシップに問題があれば、なかなか経営は改善されないということにもつながってゆきます。

図2 経営計画策定までの各段階とつながり

  1. 目標を立てる
  2. あるべき姿(ミッション)を明確に描く
  3. 現状の分析を行う
  4. 変革のシナリオを練る

経営戦略策定においては、経営者の意識、現状認識、シナリオ策定が必要であり、さらに戦略決定後、戦略を定期的に点検する作業(フィードバック)を行い、計画と実際の運営とのズレを認識することにより、変化に応じて戦略を立て直すことが重要です。

経営計画の立案

経営者自らが作成した計画を、マネジメントリーダーであるスタッフや職員を対象に基準となる指標を示します。

  1. 経営理念、ビジョン(目標)を立てる
    自院はどうなりたいのか? という夢を現実にする目標を設定することになります。今後の経営戦略の策定や意思決定の際の判断基準になります。
  2. あるべき姿、ミッションを明確に描く
    次に行動の礎(ミッションステートメント)となる価値観や原則を示す必要があります。これは職員の行動評価や誤った方向からの修正する時の動機付けになります。
  3. 現状の分析を行う(内部環境・外部環境)
     環境分析とは、自分自身で認識することが重要であり、今まで見えなかった問題を視野に入れる作業です。注意点としては、「労多くして益少ない」状況になりやすいことです。
     環境分析は、自院の分析である内部環境と社会経済構造変化に代表されるマクロ環境や競争相手の分析を行う外部環境に分かれます。
  4. 変革のシナリオを練る
    計画策定(戦略策定)の最後の段階として、どのように(How)、ビジョン・ミッションに向かって進んでいくのかというシナリオを描く作業になります。ポイントは環境分析に基づき、論理的にシナリオを作成することです。
     作成するシナリオは、上位推計や下位推計など予想される変化から、複数のシナリオを描くことが重要です。シナリオを複数化することで、将来のリスク回避が可能になります。

内部環境分析

図3 SWOT分析イメージ
内部環境分析にはS(Strength:強み)とW(Weaknesses:弱み)の部分、外部環境分析には、O(Opportunities:機会)とT(Threats:脅威)の部分が該当します。SWOTの組み合わせにより、自院の戦略を検討します。

  1. 内部資源の分析
    院内の人的資源、物的資源、財政資源、時間資源、情報資源(ノウハウ等)などから構成される内部資源が分析の重要なファクターとなります。
  2. 患者の動向(入院期間と医療コストの関係)分析
    例えば、どこでコストを削減するかについては、疾患によって異なるので、自院の例と他院を比較します(ベンチマーク)。特に、包括払いが採用される病院の場合、収入とコストとの関係を時系列に押さえてみるのも手法の一つです。
  3. 職員の意識
    理念やミッションがどれだけ職員に浸透しているか、浸透のための手段は適切か、ミーティングやOff-JT、アンケート等により確認ができます。
    特にES(Employee Satisfaction:従業員満足)調査に代表される職員満足度の把握、または満たされていないニーズの把握作業により、モチベーション向上のための新たな手段や職員サービス向上戦略の策定のヒントが得られると言われています。

外部環境分析

  1. エリアマーケティング(セグメンテーション)
    自院が開設されている場所を把握することが第一で、地域の医療計画、診療圏の概要を分析します。具体的には、各種統計資料から把握される地域人口(昼夜)、年齢構成(3区分)、高齢化率、出生率、受療率等が調査アイテムになります。
    一方自院の属している二次医療圏または自院が想定している診療圏の疾病構造を把握する、競合している医療機関等の特性(急性期・慢性期・標榜診療科など)の把握も必要です。
  2. 診療圏(影響分析)分析
    来院が可能な(望める)患者の居住範囲を設定します。範囲の設定はおよその取り決めでも可能ですが、既に開院している医療機関の場合、在院患者カルテを基に患者居住地を参考にする手法もあります。診療所、中小病院の場合、通院時間は20分程度(≒半径1.5 km)とされていますが、駐車場がある医療機関の場合(通院に車を使う患者が多い)、公共交通機関とのアクセスが良い場合は、さらに広域となります。
  3. 居住者プロフィール・地域特性の分析
    範囲を設定した後、区域内における現在の状況と将来予測(患者の伸びなど)を分析することになります。このプロフィール分析は区域内人口、世帯数(持ち家率)、年齢構成(3区分)、職業(一次~三次別)などです。
  4. 地域の医療関係機関についての調査(連携先などの分析)
    標榜診療科を調査するだけでも、競合施設か連携施設かの判断になります。特に連携先の医療機関とは、お互いの機能、専門性を理解し、シェアすることが重要です。このことによって、自院の弱みを補うことも可能です。

基本的なことばかりで恐縮です。でもその基本がおざなりになっていませんか? 例えば理念やビジョンは職員全員に隅々まで浸透していますか? 先日ある医療機関で実施したアンケート調査では、自院の理念、ビジョンを知っていますか? という問いに、「全く知らない」、「よく知らない」を合わせて30%の職員がそのように回答しています。この現実をどのように考えますか?

皆さんは、どう思いますか?

次回は9月7日(水)更新予定です。

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この記事の著者

株式会社FMCA 代表取締役

藤井 昌弘

1984年に医療関連企業入社。院内の各種改善活動を指導。急性期医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事。2005年退職、株式会社FMCAを設立。原価計算の導入と活用、病院移転に伴うマネジメントも実施。
株式会社FMCA

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