第27回 医療にも「見える化」が必要

見える化とは、広義には可視化と同義ですが、狭義には可視化されづらい作業の可視化を指す経営上の手法です。
この語は、もともと、企業活動の漠然とした部分を数値などの客観的に判断できる指標で把握するための可視化に対して用いられました。
測れる化とも言います。作業についての情報を組織内で共有させることにより、現場の問題などの早期発見・効率化・改善に役立てることを目的としています。
問題の解決策を講じるために、問題点の把握を目的として見える化を行うこともあります。
ITインフラの整備により、電子データ化された各種業務内容を有効活用するために、蓄積されたデータの抽出・加工によって見える化を行う場合もあります。

一方で医療においての「見える化」も、医療現場に電子カルテをはじめとするICT化が進めば進むほどその必要性は訴えられてはきました。
しかしせっかく獲得したデータがあるのに有効活用しているとは言い難い状況です。

我が国の高齢化のスピードは世界に類がなく、さらに国の財政状況もあわせて考えると、やはり、医療において見える化(データ分析に基づく可視化)は必要だと考えます。

医療において見える化を導入すると、たとえば「心血管疾患では、一見死亡率の低い病院では、入院中の医療費が高くなる」ことがあります。
しかし、この事実だけから良質な医療には、相応の費用がかかると判断するのは必ずしも合っているとは言えません。
というのも非効率医療供給により、見かけ上のトレードオフが生じている可能性があるからです。
患者の視線から考えれば、(リスク調整後の)死亡率が低く、在院日数が短く、入院単価が安い病院が最もよい病院です。(医療の質と医療費削減の同時達成)このような指標を作成しグラフ化など行って最もよい病院を目指すことが、「医療においての見える化」ということになります。

諸外国の例を見てみると、イギリスではP4P(pay for performance)(一定の治療成績に加算をつける)という政策が導入されています。
イギリスはご存じのとおりにG.P.*(General Practitioner)(ホームドクター、一般開業医と訳される)制度が導入されていますが、全GPに対してP4Pが評価尺度として用いられています。
※NHS下で,は一般開業医への登録が義務づけられていて,病気になるとまずこの医師(ホームドクター)の診察を受け,それから専門医に回されます。
ある研究者によると、脳卒中はGPの良質なパフォーマンスと入院医療費の削減は関連していたとしています。
イギリス全体ではGPにおける脳卒中診療の質を10%改善させると、年間入院費用を3,000万ポンド削減できることが示唆されています。その主因は救急入院と外来受診の減少にあります。

同様の研究は台湾でも行われています。
台湾は日本と同じ国民皆保険制度が導入されています。2001年から4年間、糖尿病に対するP4Pプログラムを医療利用と医療費に与える影響を追跡調査しています。
自由意思で参加した糖尿病専門医が患者を募集し、参加医師には一定の報酬が支払われています。介入群は2005年にP4Pプログラムに参加した18歳以上の2型糖尿病患者20,934人で、そのうち9,694人がその後4年間継続的に参加しました。
対照群はP4Pプログラムに参加した医師が診療している糖尿患者の内、このプログラムに参加していない患者から選択しました。
その結果、介入群は対照群に比べてプログラム参加後、糖尿病に特異的な検査を有意に多く受けていました。
4年間で両郡の差は徐々に縮小しましたが、調査最終年時でも優位な差がありました。
また、糖尿病関連の外来受診は介入群では1年目のみ有意に多かったのですが、糖尿病関連の入院は1~4年目とも有意に少なかったです。
さらに(糖尿病非関連分も含む)総医療費は介入群では1年目は対照群に比べて有意に高かったのですが、P4Pプログラムに4年間継続的に参加した患者は2年目以降も対照群より低くなりました。

我が国でも質の向上と効率化の同時達成を実施している病院もあります。
そのような病院には一定のインセンティブを検討してもよいのではないでしょうか。
2008年度の診療報酬改定では、脳血管疾患や脊髄損傷の患者が入院する回復期リハビリテーション病棟において、重症な患者をより多く在宅に復帰させた場合に加算をつけることになりました。
しかし、このような成果主義が質に応じた評価と考えてよいのかという問題も残っています。

我が国の医療の値段は国が決めています。一物一価です。価格は同じなのにどうしてこんなに病院間格差があるのでしょうか。
そもそも医療の質や治療成績のばらつきを決定する要因とはなんでしょうか。運不運で自らの命や家族の命が決まるとしたら、強制的に医療保険料を支払っている国民はたまったものではありません。

みなさんは大学病院のほうが一般病院より優れているとか症例数が多い方が治療成績が高いとか思っていませんか。
本当かどうか疑問を持ったことがありませんか。

病院の可視化ができれば、このような疑問も晴れます。
一部の病院ですが、病院可視化ネットワークの取り組みがなされていますので、ご紹介します。

2,005年に全国13病院から計44,000件のデータ提供を受けて、患者の医療機関の選択、重症度・合併症、治療プロセス、医師の技術、他の臨床医の技術、病院・組織の技術、医療成果の観点から分析を行っています。
その結果、心血管疾患の場合、内科医が行う経皮的処置(PCI)と外科医が行うバイパス手術(CABG)についてリスク調整後の死亡率を求めると、ある病院はPCI、CABGとも死亡率が8倍にも達していました。
マスコミによく登場する有名な病院ですが、なぜか心血管疾患の死亡率は高いのです。

ここでのリスク調整とは、患者の属性や重症度を調整したうえで、病院ごとに医療成果(院内死亡率、治癒、軽快、後遺症の発生)がどの程度異なるかを計測することを指しています。

リスクファクターとしては、病院から回収したDPC関連データを活用して次のような項目を選択しています。
 ・心血管障害:年齢、性別、Killip(心筋梗塞)分類、CCS(狭心症)分類、合併症(糖尿病、高血圧、腎不全、脳血管障害)
 ・がん:年齢、性別、癌の部位(食道、胃、肺など)、癌のステージ
 ・脳血管障害:年齢、性別、入院時の意識障害(JCS)、疾病の種類(くも膜下出血、脳梗塞など)、合併症(糖尿病、高血圧、腎不全、心血管障害) つまり重症患者は死亡リスクが高いので、それを調整する必要があるのです。
またDPCデータを用いた理由は、約1,500病院が厚生労働省にデータを提出しているからです。
なおDPCデータは7~12月という6か月間のデータしかないので実際の死亡率は使わず、固有効果を計測しています。
固有効果とは、その病院の固有の要因による死亡率や術式の選択がどの程度影響を受けるかを示すものです。
仮に固有効果が1以上であれば平均以上に死亡率が高く、1以下であれば平均よりも死亡率が低いことを示します。
現在ではこのネットワークに参加する病院も100を超えています。医療現場での関心の高さが現れている証拠です。

医療の見える化は技術革新の検証にも利用可能です。たとえばミニマム創内視鏡下手術は腹腔鏡下手術に比べると侵襲性が同等程度に低く、廉価という点では評価が高いです。
このような評価の中2008年に腹腔鏡下小切開手術という名称で5種類の術式が保険収載されました。開腹手術の悪性腫瘍手術と比較分析をしてみると、在院日数および術後日数が腹腔鏡下手術のほうが短いことが分かりました。
ここで留意する点は、入院日数が短いということは医療費も有意に低いということです。患者にとって(国にとっても)はよいことですが、医療機関の経営者からの視点だと、在院日数の短縮、術後日数の短縮は入院収入のダウンに繋がります。
これが医療経済と医療経営のパラドックスですが、悲しいことに医療の質と経営指標(収益性、生産性、効率性)はまったく相関がありません。
現行の診療報酬体系は努力するものが報われない体系と言えます。

医療の可視化も徐々に増えてきましたが、まだまだです。医療の標準化も言うは易し、行うは難しです。

皆さんは、どう思いますか?

次回は3月12日(水)の更新予定です。

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この記事の著者

株式会社FMCA 代表取締役

藤井 昌弘

1984年に医療関連企業入社。院内の各種改善活動を指導。急性期医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事。2005年退職、株式会社FMCAを設立。原価計算の導入と活用、病院移転に伴うマネジメントも実施。
株式会社FMCA

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