第114回 病院の経営者の資質について ~その1~

創業時の初代院長に比べ、2代目以降の院長では、必要とされる経営者としての資質が異なります。そもそも「病院の経営者」にとって必要な資質とは何でしょうか。

病院の経営者の資質について ~その1~

民間企業においての2代目、3代目の経営者は、創業者一族による経営もありますが、多くは人物本位で実力、能力、そして少しの運によって選ばれます。しかし、日本の病院の約80%は民間病院です。そして、医師の子はやはり医師になる確率が非常に高く、特に民間病院での2代目、3代目は初代院長の子が就任されるケースが非常に多いです。創業時の初代院長に比べ、2代目以降の院長では、必要とされる経営者としての資質が異なります。そもそも「病院の経営者」にとって必要な資質とは何でしょうか。今までに出会った多くの院長先生を思い浮かべ考察します。

権力者の落とし穴

権力者は、院長であろうが、一部門の長であろうが、ある人間を飛ばすこともできれば、引き上げることもできる立場にあります。このようなこと(一定の権限を持つこと)は組織である以上、必要不可欠ではあります。しかしこの権限は「人」にプラスにもマイナスにも作用する非常に大きな影響力です。問題はその大きな影響力を持っている自覚、深慮を持っての行動なのか。一時の感情的な思考からの行動ではないのかということをはっきり自覚し、自分を制御することです。もっとも権力者としてやってはいけないことは、一部の人間の話だけをうのみにして影響力を行使してしまうことです。このようなことが続くと、人心が離れていくことももちろんですが、組織としての弱体化などにもつながり、経営的に危険です。現場では、常にさまざまなことが起きていますが、重要な判断を下さなければならない時ほど、経営者はその現場に行き、自分の目で見て、耳で聞いて判断することが重要です。一流の経営者はフットワークが軽く、日ごろからあちこちの現場に顔を出す人が多い気がします。

いかなる賢者も権力をひとたび持てば、「3年でばかになる」という諺(ことわざ)もあります。自分にとっては耳が痛いことでも、言ってくれる人間を自分のそばから排除するのではなく、そのような人間も含めて多様な意見に謙虚に耳を傾けることが必要です。

「イエスマン」は危険

創業時は、さまざまな「大変なこと」は、経営者にとって一つ一つクリアしていかなければならないマイルストーン、課題のようなもので、クリアする喜びもあり、クリアした成功が報酬として目に見えることもあります。しかし、2代目以降となりますと、「大変なこと」は大変なことにしか見えなくなり、できれば他の別の人にやってもらいたいという気持ちになりがちです。そんな時にきちんと意見を言ってくれる人と、「そうですよね。別の人にやってもらいましょう」という人がいたとしたら、どうでしょうか。自分を律していないと、徐々に自分の周囲にはイエスマンしかいなくなります。イエスマンしかいなくなりますと、情報は遮断され、破滅の一歩を歩みだすことにもなりかねません。

偏心を捨て兼聴せよ

イエスマンに気をつけろと記述しましたが、経営者の資質として捉えて考察しますと、まず初めに、みんなが素直に何でも意見を言える雰囲気を作ることが大事です。ある病院の院長室のドアは常に開いており、基本的に誰でもいつでも院長と話ができます。

何でも意見が言えるということは、「聞くべきことは聞く」という一貫した態度、姿勢があり、そのことが職員に浸透してくると、意見は集まりはじめます。「何でも言って」だけでは職員は警戒してしまい、意見を言ってきません。情報が遮断される、あるいは偏った情報しか入ってこなくなると、経営的な判断に過ちが出てきます。一人だけの言うことに耳を傾け信用する「偏心」ではなく、多くの人のいろいろな意見を素直に聞く「兼聴」が経営者の心構えの一つと考えます。

身につける心構えは、創業時とその後とでは異なる

創業時の経営は、勝抜戦であり、負けたら終わり的な経営だとすると、2代目以降の経営は総当たり戦であり、勝ったり負けたりはあるが、最後に勝てるようにする経営と考えることができます。どちらが大変かではなく、どちらも大変で、そもそも戦い方や勝利の定義が違います。従ってやはり経営者に必要な資質も異なってくると思います。

創業時から2代目に移行する際に気を付けることは、「権限委譲」です。創業時は経営的な意思判断にスピードが求められることも多いですので、権限を一極集中させることが多いと思いますが、2代目以降となると集中していた権限を他に委譲し分散させることが重要です。創業時にありがちなワンマン経営は決して悪いわけではありませんが、権限が集中するワンマン経営は経営者が疲弊しがちです。疲弊すると正しい判断ができない可能性が高くなりますので、その危険性を回避する観点からも権限委譲は重要です。

経営者としての心構え

貞観政要(じょうがんせいよう)(注)のなかから、「十思九徳」を下記に引用します。

  • (注)貞観政要とは、唐の史官である呉兢が編成したとされる太宗の言行録のことで、帝王学の書ともいわれ、わが身を正す学問書のこと

「十思」とは貞観政要で太宗の側近、魏徴が挙げた十の心構えのことです。

  • 十思の一 欲しいとなると、前後の見境もなくやみくもに欲しがるようなことをせず、自戒することを思え。
  • 十思の二 アイデアや企画の事業化も、部下のことを忘れてまで夢中で突っ走らず、何度か立ち止まって組織の安泰を思え。
  • 十思の三 危険の多い賭や高望みをしそうな時は、自分の位置を思い、謙虚に自制することを思え。
  • 十思の四 やみくもに事業の拡大や自分を高みに登らせたいという願望が起きたときは、自分を低い位置に置けば、そこにあらゆる人の知恵や人望も流れ込み、おのずから充実してくることを思え。
  • 十思の五 遊びに溺れそうになったら、限度をわきまえることを思え。
  • 十思の六 軽率に始めてすぐ飽きてしまいそうになったり、怠け心が出たりしそうだと思ったら、始める時は慎重に、そして終わりも慎むことを思え。
  • 十思の七 おだてにのらず、虚心に部下の言葉を聞くことを思え。
  • 十思の八 中傷や告げ口を嫌い、自らそれらを禁じ、一掃することを思え。
  • 十思の九 恩恵を与える時は、喜びのあまり過大な恩恵を与えぬように思え。
  • 十思の十 罰を加える時は、怒りのあまり過大な罰にならないように思え。

「九徳」とは貞観政要で太宗の側近、魏徴が挙げた九つの徳のことです。

  • 九徳の一 寛にして栗── こせこせしておらず、寛大だが厳しい。
  • 九徳の二 柔にして立── トゲトゲしくなく柔和だが、ことが処理できる力を持っている。
  • 九徳の三 愿にして恭── 真面目だが、尊大なところはなく、丁寧でつっけんどんでない。
  • 九徳の四 乱にして敬── 事態を収拾させる力があるが居丈高ではなく、慎み深い。
  • 九徳の五 擾にして毅── 粗暴でなくおとなしいが、毅然(きぜん)としている。
  • 九徳の六 直にして温── 率直にものをいうが、決して冷酷なところはなく、温かい心を持っている。
  • 九徳の七 簡にして廉── 干渉がましくなく大まかだが、全体を把握している。
  • 九徳の八 剛にして塞── 心がたくましく、また充実している。
  • 九徳の九 彊にして義── 強いが無理はせず、正しい。

皆さんは、どう思いますか?

次回は7月14日(水)更新予定です。

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この記事の著者

株式会社FMCA 代表取締役

藤井 昌弘

1984年に医療関連企業入社。院内の各種改善活動を指導。急性期医療機関出向、帰任後、厚生労働省担当主任研究員として厚生行政の政策分析に従事。2005年退職、株式会社FMCAを設立。原価計算の導入と活用、病院移転に伴うマネジメントも実施。
株式会社FMCA

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