第121回 「“適切な”権限委譲」がリーダーを育てるという話

さまざまな企業でリーダー育成に関する課題が挙げられますが、そこではリーダーの役割を果たすうえでの準備と経験の不足が多く見られ、その原因として「“適切な”権限委譲」ができていない様子があります。

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「“適切な”権限委譲」がリーダーを育てるという話

多くの企業が抱えている課題の一つに、「リーダー育成」があります。そのリーダーの動き方次第で、成果の度合いや顧客の評価、メンバーたちのやりがいや働きやすさ、仕事の生産性は変わってきます。グループやチームの大きさに関わらず、メンバーをまとめるリーダーの役割が重要であることは間違いありません。

「リーダーが育ってこない」という課題

つい最近も、ある企業とのミーティングの中で、「リーダーが育ってこない」という課題が挙がりました。
その内容は、

  • 「リーダーが現場に行かないで、管理資料作りのデスクワークばかりしている」
  • 「リーダーとしてやるべき仕事(特に人材育成)に取り組もうとしない」
  • 「メンバーたちとのコミュニケーションが希薄で事務的である」
  • 「自分の責任で何かをやろうとせず、責任感が薄い」
  • 「部下をまとめる力がない、できない」

などというものです。

これらの内容は、どこの会社に聞いても似たようなことが出てきます。

私もいろいろな企業で「リーダー育成」に向けた取り組み支援を行います。制度構築であったり、研修であったり、1on1ミーティングのような個別面談であったり、その内容はさまざまですが、それをやったからといって急にリーダーシップに長(た)けた人材が現れたり、リーダーの能力が増したりするような即効性はありません。育てようとしても簡単に育つものでないことは確かです。

そんなことから「そもそもリーダーなんて自然に育っていくもの」「リーダーになれるかどうかは、持って生まれた適性によるもの」など、育成自体に否定的な人がいます。しかし、だからといって何もせずに放置すれば、リーダー不在やリーダーの能力不足の状況はさらに悪化していきます。長期を見すえた継続的な取り組みが必要なことは明らかです。

「“適切な”権限委譲」が不足している

このように「リーダー育成」が難しいテーマであることは確かですが、私がこれまで多くの企業を見てきた中で、「リーダーが育たない」という企業には、一つ共通点があると感じています。
それは「“適切な”権限委譲」が不足していることです。仕事を進めていくうえで、権限委譲が全くない会社はほとんどありませんが、これが“適切に”行われているかを見ると、どうもそうとは思えない様子を数多く見かけます。

「リーダーが役割を果たせない」という理由として、考えられることが二つあります。一つは「リーダーがやるべき仕事を理解していない」、もう一つは「やるべき仕事は分かっていてもやり方が分からない」のいずれかです。そして、前者の理由であれば「急にリーダーになってしまったことでの準備不足」、後者の理由では「リーダー的な仕事を任されなかったことでの経験不足」が原因であることがほとんどです。

この状況を「権限委譲」という点から見ていくと、前者はまだできないことを押し付けた「過剰な権限委譲」、後者は経験を積ませる機会を与えていない「権限委譲の不足」といえます。どちらも「“適切な”権限委譲」ではありません。

この準備不足や経験不足の話をすると、特に年長者では「そんなことは特に教わったことがなく、自分で考えながらやっていた」と言う人がいます。その当時は確かにそうだったのかもしれませんが、今は職場環境が大きく変わっていることを理解しなければなりません。それは「仕事を見て覚える」ということがしにくくなっていることです。

ワークスタイルの変化により人材育成にも変化が必要

例えば、最近はIT化によるワークスタイルの変化から、誰も会話をしていないように見えても、雑談レベルの会話がメールやチャットなどネット上で行われていたりします。みんながパソコンに向かっていると、一見すれば仕事をしているように見えますが、実際に何をしているかが分かりづらくなっています。場を共有しない働き方も増えているため、リーダーを含めた他の人の仕事を継続的に観察する機会は減っており、その仕事ぶりも見えづらくなっています。

昔は「リーダーの何たるか」を取り立てて教えなくても、何となく近くで見聞きしていることで、そのやるべきことをおおむね理解することができました。そして自分がリーダーになった時は、それまで見聞きした経験を基に業務をこなすことができました。

しかし最近は、上司と部下との間でも、相手の仕事ぶりを近くで見る機会は減っています。昔なら以心伝心で済んでいたことも、今はきちんと言葉にしてコミュニケーションを取らないと相手には伝わりません。こういう配慮がないままで相手にリーダー役を求めると、権限委譲に過剰や不足が起こり、その結果だけを見て「リーダーが育たない」となってしまいます。

もちろん本人の意識は重要ですが、経験する機会がなく、教えられもせず、それで「リーダーが育たない」と言われても、育たないのも当然ですし当事者にとっても酷なことです。リーダー育成だけに関わらず、「見て覚えろ」「自分で考えろ」ではない人材育成が、ますます求められる時代になっています。

今回の記事で連載開始から10周年を迎えることとなり、この度アクセスが多かった過去記事をまとめた記念誌を発行していただきました。こちらの冊子も併せてご覧いただければ幸いです。

次回は10月24日(火)の更新予定です。

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この記事の著者

ユニティ・サポート 代表

小笠原 隆夫

IT業界の企業人事出身の人事コンサルタント。 2007年に独立し、以降システム開発のSE経験と豊富な人事実務経験を背景に、社風や一体感など組織が持っているムードを的確に捉えることを得意とし、自律・自発・自責の切り口で、組織風土を見据えた人事制度作り、採用活動支援、人材育成、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務を専門的に支援するなど、人事や組織の課題解決、改善に向けたコンサルティングを様々な規模の企業に対して行っている。
上から目線のコンサルティングではなく、パートナー、サポーターとして、顧客と協働することを信条とする。
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