第132回 「会社の昔話」の伝え方の良し悪しの話

沿革や創業時の苦労など「会社の昔話」を伝え、社員との間で理念や価値観を共有する取り組みはよく行われるようになっていますが、話のニュアンスによって社員のとらえ方の良し悪しが分かれてしまうことがあります。

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「会社の昔話」の伝え方の良し悪しの話

私がお付き合いしている会社の中に、創業から長く歴史を積み重ねた老舗企業が幾つかあります。最も長い企業は数年前に100周年を迎えており、次いで創業50周年という企業があります。あるデータによれば、ベンチャー企業の存続率は創業5年後で15.0%、10年後で6.3%。20年後では0.3%とのことです。その数値から事業を継続することの難しさが分かりますし、だからこそ、その素晴らしさが際立ちます。

私たちの支援先には20年、30年という社歴の企業が普通にありますが、人事コンサルタントの立場からすると、われわれに支援を依頼するような「ヒト」に対する感度の高さが、事業継続の一因としてあるかもしれないと思っています。
ここまで長い歴史を持った企業でなくても、会社創業時の苦労や経営者が過去にやってきたことなど、会社の歴史や経緯をいま在籍している社員たちに伝えていくのは大切なことです。

最近はパーパス、ミッション、ビジョンなどの言葉も含めて、経営理念的なものを社員に伝えて共感を得ようとする会社は多く、併せて会社の沿革を語るような取り組みは、多くの会社で行われるようになっています。先人の苦労を知り、それに感謝することは、私は大事なことだと思いますが、この「会社の昔話」が語られるニュアンスによって、社員のとらえ方の良し悪しがはっきり分かれてしまうことがあります。

「昔はこうだった」の裏に見え隠れする承認欲求

私が見てきた中で、あまり良くないと思われる例で多いのは、「昔はこうだった」という話の裏側に、「君たちが知らないことを自分たちは知っている」「今の人たちは楽をしている」「創業時の苦労を知る人にもっと感謝すべき」など、マウントが取ろうとする心理が隠れている場合です。

本人たちは無意識かもしれませんし、ただ純粋に共感してほしいだけかもしれません。しかし、話しているニュアンスを聞いていると、年長者が後から入社してきた社員に対して、過去の実績を盾にとって「もっと感謝や敬意を示せ」と主張している感じがします。少しきつい言い方をすれば、「会社の昔話」が「ただの自慢話」であり、「今より昔の方が大変だった」など、自分たちの承認欲求を満たすことが目的のように見えてしまうのです。
社歴が10年あたりを超えた企業で、主に創業メンバーや古参社員の人たちの中に、「会社の昔話」をそんなニュアンスで持ち出す傾向があるように感じます。

後から入った社員の心には響かない

こうやって語られる「会社の昔話」は、後から入った社員の心にはほとんど響きません。
入社してくる社員は、あくまで入社時点での事業内容、所在地、社員数、その他の会社概要、さらに募集要項やほかの求人要件を見て、それが自分の希望に合致するかによって応募して、そこから入社に至る訳です。

会社選びの条件に、社歴や創業年数という要素はあるかもしれませんが、そこには少人数のハードワークで事業を軌道に乗せたとか、経営危機があってつらい思いをしたとか、そこから苦労して立て直したとか、そんな過去の物語的な話はほとんど関係ありません。そもそも過去を知らない社員がこの手の話をされても、「昔は大変だったのですね」と思うくらいで、今後に生かされることはほとんどありません。

「会社の昔話」を良い形で語り継ぐには

一方で、「会社の昔話」を良い形で語り継いでいる会社があります。
私がお付き合いしている100年企業では、記念行事の際に社長講演でこれまでの会社の歴史の話をしていました。古い話は当事者がいませんので伝聞だけですし、あくまで過去の事実とその時の背景を感情抜きで語り、さらにこれからどんな会社にしていきたいのかを、過去からの文脈に基づいて話していました。

こんな苦労があったとか、厳しかったとかではなく、「こういう企業理念だったからあえてこんな取り組みをした」「理念を守るために安易な妥協をしなかった」などのエピソードを伝えていました。後から社員に感想を聞くと、古参社員でも知らなかったことが結構あったようで、「いま行われていることとのつながりが分かった」「理由が分かった」など、わりと肯定的な反応が多く聞かれました。
この話によって、在籍しているそれぞれの社員たちは、これから自分が会社の中でどんな行動をとるべきなのか、どういう判断基準が会社の価値観に合っているのかという指針が見えたようでした。

会社の中で、先人の苦労に敬意を持つことは良いですが、その「会社の昔話」を、ただの苦労話や自慢話にしてしまうか、それとも将来を語るための材料に使うのかでは、とても大きな差があります。

前者は当事者意識を持ちづらく、どこか人ごとでその人の心に響きませんが、後者であれば、その考え方は自分にかかわることであり、その共感が会社への愛着につながり、企業理念や文化に合致した行動につながります。「会社の昔話」を語るときには、当事者でなくても共感できる話し方があり、それによって会社の理念や原点、価値観などをぶれずに伝承していくことができます。

会社の歴史をはじめとした昔話を理念の伝承や共有、共感など、良い形で活用できるかどうかは、経営者、上司、先輩たちが何をどんな姿勢で語るかにかかっています。「昔は良かった」でも「昔のことは関係ない」でもありません。
「会社の昔話」の伝え方には良し悪しがあります。

次回は9月24日(火)の更新予定です。

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この記事の著者

ユニティ・サポート 代表

小笠原 隆夫

IT業界の企業人事出身の人事コンサルタント。 2007年に独立し、以降システム開発のSE経験と豊富な人事実務経験を背景に、社風や一体感など組織が持っているムードを的確に捉えることを得意とし、自律・自発・自責の切り口で、組織風土を見据えた人事制度作り、採用活動支援、人材育成、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務を専門的に支援するなど、人事や組織の課題解決、改善に向けたコンサルティングを様々な規模の企業に対して行っている。
上から目線のコンサルティングではなく、パートナー、サポーターとして、顧客と協働することを信条とする。
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