第71回 社員に「経営者視点」を求める社長が作り出していた企業風土の話

ある社長は社員に「経営者視点」を求めていますが、その資質を持つ人材が定着、育成される企業風土にはなっていません。そもそも社員に「経営者視点」「起業家精神」を求めることに意味があるのかを考えてみました。

社員に「経営者視点」を求める社長が作り出していた企業風土の話

社員として望ましい行動や人材像など、会社の価値観や行動規範を言葉で明示するのは、これを社員に意識、浸透させる取り組みとして、よくおこなわれることです。
その内容は多岐に渡り、表現の仕方も会社によっていろいろですが、よく挙がるキーワードは「他責にしない」「当事者意識」「幅広い視野」「目的意識、コスト意識」「謙虚」「他者尊重」など、わりと共通していることも多いです。
会社が望ましいと考えることを明示するのは、十分に意味があることです。

そんな中で、ある会社の社長の話です。
この社長は「社員であっても“経営者視点”を持つべき」といい、それに見合う行動を社員に求めています。「経営者視点」が「起業家精神」という言葉に置き換わることもあります。
これは特に中小企業において、最近わりとよくある話で、「自分の食いぶちは自分で稼げ」などと言ったりしますが、この社長はそんなこだわりがとても強い人でした。特に管理職には「経営者視点を持て」と常に言います。
また、採用の時にも、そういった素養と志向がある人材を好みます。

しかし、社長は「うちの会社には“経営者視点”がある奴がいない」といって嘆きます。私が見ても、確かにそんな印象はありますが、これは特にこの会社では仕方がないことだとも思っています。
理由は単純で「この会社で唯一の経営者が社長だから」です。もう少しいうと、「経営者視点のある人にとっては好ましくない企業風土」ということです。
この社長は、自分の意思がはっきりしていて、リーダーシップが強い人です。オーナー経営者なので、まあまあ一方的に物事を決めますし、悪く言うと、少し頑固で他人のいうことを聞かないところがあります。

そんな経営者のもとに、起業家精神にあふれた、経営者視点を持った人材が来たらどうなるでしょうか。
まだ自分の経験が浅い、何も知らない頃であれば、見て真似ることやアドバイスを受けることで満足できますが、徐々に経験を積んで自分の考え方ややりたいことがはっきりしてくると、物事を一存で決めてしまう人が自分の上にいることは、だんだん息苦しく感じ始めます。

ここで、それなりの権限移譲があればよいですが、この社長はそういうタイプではありません。「最後は自分が決める」というスタンスを崩しませんから、本当に「経営者視点」や「起業家精神」を持つ人とはぶつかることが増えます。
そうなると、「経営者視点」や「起業家精神」が芽生えた社員は結局会社を去り、残る社員は社長のトップダウンに耐えられる人や疑問を持たない人になります。どこか依存的で長い物に巻かれる姿勢が多いですから、それは「経営者視点」や「起業家精神」には逆行します。この会社に「経営者視点」を持った人材がいないのは事実でしょう。
しかし、結局は社長自身が、「経営者視点」や「起業家精神」を持った人材が定着しづらい、育ちづらい企業風土を自ら作っていたのです。

また、この社長が言っている「経営者視点」の中身は、よく聞いているとどうも「私の気持ちを理解しろ」というニュアンスが見え隠れします。「会社トップである自分の意をくんで動け」ということなので、それが経営者視点なのかといわれると、あまり肯定はできません。

そもそも社員に「経営者視点」「起業家精神」が必要なのかといわれると、私は少し疑問があります。
「経営者視点」「起業家精神」がある人は、基本的には自分で経営できる人、起業したい人であるはずです。組織に残って、その一員として貢献していくということとは、その能力とは必ずしもつながりません。
また、こういったことを社員に求めるのは、見方を変えれば「独立奨励」です。独立した元社員たちと取引をして、自社のビジネスを広げて行くような発想があれば、それも意味がありますが、そうでなければただの「人材流出奨励」です。なおかつ流出していくのは、自社にとっては優秀な人材にほかなりません。

強い組織にするために、視野の広い自律した社員の存在は重要ですが、それはあくまで「組織に帰属した上で」という前提があります。その前提に立った上での「経営者視点」「起業家精神」でなければ、会社にとってのメリットはありません。
求める人材像など、会社の求めているものを、どんな言葉を使って表現するかということは、実は意外に繊細で大事な部分です。社員向けに発信するものとして、「経営者視点」「起業家精神」という言葉を使うのであれば、もう少し説明や翻訳が必要です。

少なくとも、「経営者の気持ちを理解すること」は、“究極の組織人”にふさわしい振る舞いです。それを「経営者視点」「起業家精神」と言ってしまうのは、私はあまり好ましいとは思えません。

次回は8月27日(火)の更新予定です。

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この記事の著者

ユニティ・サポート 代表

小笠原 隆夫

IT業界の企業人事出身の人事コンサルタント。 2007年に独立し、以降システム開発のSE経験と豊富な人事実務経験を背景に、社風や一体感など組織が持っているムードを的確に捉えることを得意とし、自律・自発・自責の切り口で、組織風土を見据えた人事制度作り、採用活動支援、人材育成、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務を専門的に支援するなど、人事や組織の課題解決、改善に向けたコンサルティングを様々な規模の企業に対して行っている。
上から目線のコンサルティングではなく、パートナー、サポーターとして、顧客と協働することを信条とする。
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