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第35回 「行動力がある有能な社長」に見た別の一面のお話
昨今のビジネス環境では、特にスピード感が大事になっています。多くの材料を全て集め切って、綿密な計画を立てて、その計画のもとにビジネスを進めるような昔ながらのやり方は、それが通用する場面としてはとても少なくなっています。
そんなビジネス環境の中ですから、事業を成功させている有能な経営者の方々は、概して行動や判断が早く、私自身も感心させられることも多いです。ただ、その反面では、やはり方が“せっかち”という部分があります。人間の性格での長所と短所は裏表の関係ですから、その同じ特性が良い効果をもたらすことも、良くない作用をすることもあります。
これはある中堅規模の企業でのお話ですが、こちらの社長は何事にも非常に行動が早く、しかもビジネス上の判断ではいつも的を射ていて適切な方です。外から見ていると、とても立派で有能な経営者だと思うのですが、どうも社員との折り合いが今一つよくありません。
人事・組織の仕事に関わる私の立場としては、その理由はかなり気になりますが、社員の方々にお話をうかがってみても、仕事上の不都合や不信感という話はほとんど出て来ることはなく、どんな事情があるのかは今一つつかみきれません。
そんなある時、この会社で催される宴会にご招待をいただく機会がありました。実はそこでの社長の振る舞いと、それに対する社員の方々の様子を見て、今一つスムーズでない関係の理由が何となく分かることがありました。
社長の様子を見ていると、とにかく「待つ」ということができないのです。私はただの“せっかち”とは少し種類が違うように感じたのですが、例えば宴会の集合時間のかなり前から、「まだ行かないのか」「もう出かけよう」などといろいろな人に声をかけはじめます。普通に間に合う出発時間まで待てません。
会場に着けば、予定開始時間の前から、「もうだいたいみんな揃ったから始めよう」などと幹事に談判しています。決められた開始時間まで待てないのです。
会が始まったら始まったで、注文したものが来るまで待てないなどというのは言うにおよばず、周りの人が飲み物を飲み終わるのすら待てず、勝手に注文していたりします。面倒見が良いという見方もできますが、様子を見ている限りでは、やはりいろいろなことが「待てない」ようにしか見えません。
思えば社員の皆さんは、社長のこの感じにいつも付き合わされているわけです。こういうことは一事が万事で、宴会に限らず同じようなことは数えきれないほどあったはずです。
どうりで仕事のことをヒアリングしても出てこないはずですし、これが原因で社長のことをうっとうしく、煙たく感じてしまい、距離を取りたくなるのだとすれば、そういう気持ちになるのも無理はないという気がします。
これは、仕事上では社長の長所となっていた「行動力」が、人間関係の上では「待てない」という行動として現れ、それが短所となってしまっていたということです。場面の違いでその人の特性が正反対の形で出てしまった一例で、なおかつその差が極端だったということでしょう。
こんな一見わずかとも思える個人の性格的特性が、会社全体の雰囲気にも影響していたわけですが、やはり社長ともなれば、その行動、言動に関する影響力は絶大です。今は業績も順調なので、それほど悪い影響は出ていませんが、うまく行かなくなってきた時ほど、こういうことが表に出てきて悪い方向へ足を引っ張ります。
私がこの時感じたことは、その後社長に直接お伝えしましたが、社長ご自身も自覚されていたようで、苦笑いをしながら反省しきりという感じでした。
やはり組織をまとめる立場の人ほど、自分の長所と短所を自覚しておく必要があると思います。そして、その長所と短所は裏表であり、うまく行かなくなった時ほど、短所の側面が強く出がちになります。
あらためて、こういうことを自分なりにも意識しておかなければいけないと思った一件でした。
次回は8月30日(火)更新予定です。