第36回 社員が意見を匿名にしたがる会社での話

少し前のことですが、ある企業で若手社員向けの定例研修を行ったときのことです。
毎月1回の頻度で計6回行う内容だったので、同じ受講者たちと定期的に顔を合わせます。お互いが徐々に顔見知りになっていきますが、そんな中でちょっと気になることがありました。

多くの研修と同じく、各回の研修終了時に、その日の評価と次回以降の企画や進め方の参考資料とすることを目的にアンケートを書いてもらいます。そこで受講している社員数人が、そのアンケートに自分の名前を書くことを極端に嫌がるのです。

もちろん批判や苦情のような内容もあり得ますが、そこまで煮詰まったことを書くアンケートでもありません。にもかかわらず、その人たちは無記名のままで、なぜ記名アンケートでなければならないのか、そもそもこの研修に意味があるのかなどという批判的な意見が多く書いてあります。
それ以降、上司に見せるものではないということなどを含め、アンケート記入時にいろいろ働きかけはしてみたものの、結局そのまま変化はありませんでした。

この一連の研修が終わった後、別のテーマでこのうちの一人と個別に面談をする機会がありました。能力が高いしっかりした方でしたが、会社に対する不満は強いようでした。
この方がおっしゃるには、以前に上司から会社の組織運営に関して意見を求められ、それについて思ったことを伝えたところ、後で社長から直接呼び出され、その考えは間違っているなどとしかられたことがあるそうです。さらに、ダメな考え方の題材のように他の社員に発表されてしまった、ということでした。
本人はそれを必要以上のつるし上げととらえたようで、以降は会社にかかわることで余計なことは言わないと心に決めたのだそうです。

この会社では、社員から意見聴取をするような仕組みがいくつか設けられていて、提案制度や社長と一般社員の個別面談なども実施されています。社員の話を聞こう、意見を採り上げようという気がなければこういう制度は取り入れませんから、少なくとも聞く耳は持っているはずです。

ただ、提案制度で何かを提案しても、社長面談で意見を言っても、返ってくるのは「ずれている」「間違っている」「甘い」などという否定的な反応が大半で、かえって怒られたりすることが多いのだと社員たちは口をそろえます。

意見を言っても取り上げられないのであれば、言うだけ無駄だということになり、意見自体が出にくくなりますし、それが怒られる材料になってしまうのでは、さらに当たり障りのないことしか言わなくなるでしょう。
そんな組織風土のせいで、「アンケートに名前など書いて、また面倒なことになったら嫌だ」という感覚があるようでした。

これに対して社長をはじめとした経営幹部の人たちは、自社の社員を「消極的」「意見を持っていない」「改善意欲がない」などと批判しています。「社員の意見を聞こうとしているのに発言しない」と思っているようです。

この会社の状況を見て思ったのは、そもそもの会社の対応が、結果的に風通しの悪い風土を作り出してしまっているので、これを改善する必要があることとともに、だからといって発言を匿名にしていては、問題は解決しないということです。

最近はネット上などに匿名で、暴言や中傷の書き込みをする話をよく聞きます。しかし組織内での一般的なやりとりの中で、被害者と加害者がはっきりしている場合や、片方に何か被害が及ぶ恐れがある場合でない限り、匿名のままで意見を言い合うということは、基本的にはあり得ません。

それでも匿名にしたいとなってしまうのは、反論が怖い、相手の反応が予測できない、思っていることを表現できないなど、いろいろ理由はあるでしょうが、結局はうまくコミュニケーションが取れていないということです。

そうなってしまうのは、言う側と聞く側との両方に問題があります。
意見を言う側は、建設的に、攻撃的過ぎず、相手の納得が得られるように伝える努力が必要です。また意見を聞く側は、受け入れるべきものは謙虚に受け入れ、そうでないものは厳然とした態度で、やはり相手の納得が得られるように対応する、ということが大切です。

「コミュニケーション能力の低下」などと言われる中には、こんなこともあるということを知った体験でした。

次回は9月20日(火)更新予定です。

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この記事の著者

ユニティ・サポート 代表

小笠原 隆夫

IT業界の企業人事出身の人事コンサルタント。 2007年に独立し、以降システム開発のSE経験と豊富な人事実務経験を背景に、社風や一体感など組織が持っているムードを的確に捉えることを得意とし、自律・自発・自責の切り口で、組織風土を見据えた人事制度作り、採用活動支援、人材育成、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務を専門的に支援するなど、人事や組織の課題解決、改善に向けたコンサルティングを様々な規模の企業に対して行っている。
上から目線のコンサルティングではなく、パートナー、サポーターとして、顧客と協働することを信条とする。
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