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第58回 「声の大きさ」が本質を見誤らせてしまうという話
組織運営の中で、時に「声が大きい」一部の声にとらわれることで、本質を見誤ったり、不公平を助長したりすることがあります。意見や主張の「声の大きさ」は、決して正解ではないことを理解しておかなければなりません。
「声の大きさ」が本質を見誤らせてしまうという話
ある会社から人事制度を見直したいというご相談をいただき、そのヒアリングをしていたときのことです。
見直しが必要ということは、当然何かうまくいっていないところがあるわけで、その見直しが必要な理由は必ず聞かなければなりません。
この会社で聞いたお話によると、今の制度は社内の中心メンバーによる検討プロジェクトを経て作られたもので、当初想定したような運用ができずに、社員が不満を持つようになってしまっているとのことです。
不満が強いのは主に評価に関わる部分で、同じ一部の人ばかりがいつも良い評価をされていると言っています。要は「同じ人ばかりがひいきされている」ということになります。
こういう問題が起こるケースでは、一般的には制度そのものよりも運用に問題があることが多いです。一部の評価者が偏った基準で評価しているということで、無意識にそうなっていることばかりでなく、中には意図的に評価を歪めている、まさにえこひいきということもあります。
しかし、この会社の場合は、こういうケースとは少し違っていることがありました。評価項目や結果の反映方法といった仕組み自体が、ある特定分野の仕事に従事している人の評価が、高くなりやすい内容になっていたのです。
そういう制度になった理由を聞くと、制度検討時の体制にまつわる事情があり、それはかつて私も経験したことがあるものでした。
この会社の制度検討プロジェクトは、人事部門を事務局として、部長クラス5名ほどをメンバーにして進めたそうですが、その中に一人、部門業績が良くて発言力の強い営業部長がいたそうです。
結果を出していることで経営陣からも一目置かれ、良くも悪くも押しが強くて周りを巻き込んでいく人で、その発言や提案に、ついつい議論が流されてしまうことがあったそうです。
自部門の業績が高いことを背景に、「自分たちがやっているようなビジネススタイルでなければ、これからは通用しない」と言い、そのスタイルに合う人材が高く評価されるべきだとして、制度の中身が決められていきました。
ここで言われていることは、一見すれば正論のようですが、これは自分たち以外のビジネスを見下している態度にほかなりません。会社全体で見れば、他部門では全く違うスタイルでのビジネスもやっていて、中には発展の余地が少ない分野もありますが、それなりの収益を上げていて会社業績に貢献しています。そういうことを無視して「自分たちのビジネスこそが先進的で正しい姿」と主張して、それが強く反映された制度では、いろいろなことが歪むのは当然です。
ある時期に業績が伸びたからといって、それが永遠に続くことはありません。にもかかわらず、それに該当する人たちだけが評価されるような内容を制度として組み込んでしまうことは、のちにビジネス環境が変わっていけば、それが不公平の温床になってしまいます。
また、社員に直接「お前たちのやっていることは古い」などと指摘しても、それは会社から与えられた仕事であり、本人たちの意志で転換できるものではありません。
しかし、この会社の制度検討プロジェクトでは、「これからはこうあるべき」という“声が大きい部長”の主張に引きずられて、今の制度が作り上げられました。
その結果、“声が大きい部長”の配下にいる、その部長が気に入った一部の社員ばかりが評価されるという事態に陥っていたのです。
何事も「結果が全て」という側面はありますが、そればかりに注目すると、「結果を出している」ということだけで声が大きくなり、歪んだ発言力によって物事の本質を見誤ります。
人事制度のような全社に関わる仕組みづくりの中で、現場からの意見を求めるときは、この「声の大きさ」は必ずしも正解ではありません。部門長として現場の執行責任を担っているような人であれば、どこかに自分たちの利益を求めるエゴが出てくることがあります。そういう主張を「声の大きさ」で見誤ると、必ず何らかの問題につながります。
「声の大きさ」は、決して「正しさ」でも「賛同の多さ」でもありません。そんな意見や主張をどう扱うかは、組織運営の中では意外に重要なポイントです。
次回は7月24日(火)更新予定です。