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第119回 そう簡単には出会えない「お手本になる人」に関する話
転職や異動希望の理由で、「身近なお手本がないので成長できない」「自分のロールモデルがいない」という話を聞くことがありますが、お手本になるような特定個人には、そう簡単に出会えるものではありません。
そう簡単には出会えない「お手本になる人」に関する話
未知や未経験の仕事に取り組む時、何か「お手本」があると、不安感を軽減することができ、無駄な試行錯誤を減らすことが期待できます。
上司、先輩、同僚など、経験がある人からの指導やアドバイスはとても有用ですし、最近はネットを通じて幅広い情報に触れる機会があります。数多くの情報の中から、直接使えそうなマニュアルやテンプレートなどの「お手本」を得ることもできるでしょう。
最近お会いしたある会社の社員に、「自分の直属上司が当面の仕事上の目標」という人がいました。以前はこの人のように、自分の上司をお手本とする人に出会うことがよくありました。しかし近年では、主に若手社員から、「お手本にしたい上司がいない」「目標になる先輩がいない」という声を聞くことが多くなりました。
その理由を一概に言うことは難しく、以前は年功序列で終身雇用のわりと狭い世界で仕事をしていたため、周りとの関係が濃密だったとか、周りにお手本を見つけやすかったとか、生活環境が良くなるにつれて苦労人が減って尊敬できる人がいなくなったとか、事情はいろいろあるでしょう。
また、最近幾つかの会社から、転職や異動希望の理由で「身近にお手本がいないから自分が成長できない」「目標になる人がいないから仕事がつまらない」と言われることが増えた気がするという話を聞くことがありました。自分が思うように成長できていないのは周りの人のせい、環境のせいで、その解決方法が転職や異動ということです。要はお手本になるロールモデルが身近にいないということですが、どうも自分の成長不足を他責にしているニュアンスが気になります。
特に「お手本になる人」については、もしも身近に自分が理想とする将来像を体現しているような人がいれば、それはとても良いことですし、うらやましいことでもありますが、そう簡単なことではありません。
「お手本になる人」に出会う機会は、ほとんどない
私自身、特に社会人になりたての頃は、「“この人なら!”と尊敬できて目標になる人が身近にいてほしい」と思っていました。ただ、今はこの考えとはかなり違っています。そんな人に出会う機会はほぼ存在しないと思うからです。
私の場合、書籍や読み物を通じての情報収集よりも、どちらかといえば他人の態度や言動、その人の経験談、その他さまざまな会話など、実際に見た相手の振る舞いや他人から直接得た情報などを、参考にしたりマネしたり、反面教師にしたりということが多いです。
実際に見た物や直接聞く話にはリアリティーがあり、自分の意識に深く刻まれるからですが、そんな私にとっての「お手本」は、決して特定個人ではありません。自分が目にした数多くの人たちのさまざまな言葉や行動です。
そんなことから、私には特定の「尊敬する人」や「お手本になる人」はいません。理由は単純で、そんな全人格的に尊敬できるような人はいませんし、良い言葉は世の中にいっぱいありますので、一つには決められないだけです。「お手本」は特定個人ではないですし、「お手本」になりうる言葉はたくさんあります。
以前、あるホテルの和食店の料理長にお話を聞く機会がありました。自分を仕込んでくれた尊敬できる師匠がいて、どんなに年齢を重ねても師匠は師匠、弟子は弟子だと言っていました。まさに自分のお手本、ロールモデルが存在することをうらやましいと思いましたが、同時にそれはめったに出会うことができない、本当に幸せなことなのだろうとも思いました。
「お手本」は自分でアンテナを張って見つけ出すもの
「お手本になる人がいない」と言って、それを自分が行動しない理由にしている人からは、他人に頼ることで安心しようという依存心や他責の意識を感じてしまいます。しかし「お手本」というものは、決して成り行きで現れるものではなく、自分でアンテナを張って見つけ出すものです。
そのことを意識していれば、今、隣にいる同僚でも家族でも友人でも、もちろん上司や先輩でも、何かしらの「お手本」になることは必ずあります。特定の「お手本になる人」がいれば幸せなことでしょうが、そう簡単に出会えるものではなく、いなくてもそれは当たり前のことです。そう考えると、自分の周りは多くの「お手本」であふれていると思えてきますが、皆さんはいかがでしょうか。
次回は8月29日(火)の更新予定です。