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第86回 実運送体制管理簿の導入と運送業界への影響
前回のコラムでは、「運送業のM&Aにおける主な課題とクラウド活用の意義」についてお話ししました。今回のコラムでは、2025年4月から導入が決定している「実運送体制管理簿」について、その概要と運送業界への影響を詳しく解説していきます。
実運送体制管理簿の導入と運送業界への影響
前回のコラムでは、「運送業のM&Aにおける主な課題とクラウド活用の意義」についてお話ししました。M&Aの最大のメリットは、お互いの足りない部分を補い合えることです。運送業においては、荷主の業種が異なる場合、シナジーを生み出しにくい傾向があります。しかし、エリアの違いによる統合であれば、同じ運行管理のマネジメント手法を活用できるため、より大きな相乗効果が期待できます。特に、システムを統一することで、運用の効率化が一層進むでしょう。
今回のコラムでは、2025年4月から導入が決定している「実運送体制管理簿」について、その概要と運送業界への影響を詳しく解説していきます。
実運送体制管理簿の導入と運送業界への影響
2025年4月から、改正貨物自動車運送事業法のもとで「実運送体制管理簿」の作成が義務化されます。この制度の目的は、多重下請け構造の透明化を進め、実際に運送を担う事業者やドライバーの労働環境を改善することにあります。長年、運送業界では元請けから下請けへ、さらにその下請けへと業務が委託される構造が一般的でした。しかし、この構造が過度に進むと、中間マージンの発生によって実運送事業者に適正な運賃が支払われず、労働環境の悪化につながるという問題が浮き彫りになっていました。
この管理簿の導入により、元請け事業者は「誰が運送を実施しているのか」「その事業者がどの段階の下請けに該当するのか」といった情報を記録し、保存する必要があります。形式は自由で、既存の配車表を活用することも可能ですが、運送完了日から1年間の保存が義務付けられます。これにより、荷主や行政が運送の実態を把握しやすくなり、適正な契約と労働環境の整備が進むことが期待されています。
誰にとってメリットがあるのか?
この新制度は、特に実運送事業者やドライバーにとって大きなメリットがあります。
1.実運送事業者・ドライバー
- 適正な運賃の確保がしやすくなる
- 実運送事業者がどの階層の下請けに当たるのかが明確になることで、荷主や行政が適正な運賃支払いを促す動きにつながる。
- 労働環境の改善
- 長時間労働や低賃金といった問題が可視化され、労働環境の改善につながる可能性がある。
2.元請け事業者
- 法的リスクの軽減
- 管理簿を適切に作成・保存することで、行政からの指導を回避し、コンプライアンスを強化できる。
- 取引の透明性向上
- 運送契約の流れが明確になるため、不正な取引やトラブルを防ぐことができる。
3.荷主
- 物流コストの透明化
- これまでは運送業務の委託状況がブラックボックス化していましたが、新制度により、運賃が適切に支払われているかを確認しやすくなります。
- 社会的信用の向上
- 近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営が注目される中、物流の適正化を進めることは企業のブランド価値向上にもつながります。
4.消費者
- 安定した物流サービスの確保
- 適正な運賃が確保されることで、運送事業者の経営が安定し、将来的に配送遅延や物流崩壊のリスクを抑えることができます。
このように、新制度の導入によって、業界全体の適正化が進み、各関係者にメリットをもたらす可能性があります。しかし、その一方で、元請け事業者には管理負担の増加が発生することや、一部の下請け事業者が淘汰されるリスクも指摘されています。
実運送事業者が荷主と直接契約する可能性
今回の制度改正の影響で、これまで下請けとして運送を請け負っていた事業者が、元請けを介さずに荷主と直接契約を結ぶケースが増える可能性があります。その背景には、次のような要因があります。
1.荷主が運送の実態を把握しやすくなる
管理簿を通じて、荷主が「誰が実際に運送を担っているのか」を確認できるため、直接契約のハードルが下がる。
2.適正な運賃交渉が可能になる
元請けのマージンを省くことで、実運送事業者はより高い収益を確保できる可能性がある。
3.物流マッチングサービスの普及
荷主と運送事業者とを直接結びつけるプラットフォームが拡大し、直接契約の機会が増加する。
ただし、直接契約にはいくつかの課題も伴います。
実運送事業者が直契約を進めるための課題
1.営業力・交渉力の必要性
これまで元請けが担っていた営業活動を、自社で行う必要がある。新たな取引先を開拓するには、営業力の強化が不可欠。
2.契約管理・事務負担の増加
運送契約の締結や請求業務、コンプライアンス対応など、事務作業の負担が増える。そのため、デジタルツールやクラウドシステムの導入が求められる。
3.仕事の安定確保
元請けを介さない直接契約では、閑散期に仕事が減るリスクがある。定期契約の確保や、複数の取引先を持つことで安定性を高める必要がある。
4.元請けとの関係維持
元請けとの取引を減らすことで、既存の仕事が失われるリスクもある。そのため、新規開拓を進めつつ、現在の取引関係にも配慮するバランスが重要になる。
次回は2月28日(金)更新予定です。