第151回 トップアスリートから学ぶ「相互尊重/リスペクト」

企業経営や人の人生は、誰もが勝者になり得る世界であり、それこそが「成熟した社会」という言い方になるのではないかと思っています。今回は社会や企業・組織での「成熟度」を高めていく要素としての「相互尊重/リスペクト」を考えてみたいと思います。

トップアスリートから学ぶ「相互尊重/リスペクト」

こんにちは!

今年の夏は、一体何回「アッツい」という単語を使うことになるのか……と思うほど、毎日毎日厳しい暑さが続いています。

そんな日本と比べると、緯度が高い分、多少は涼しいのでしょうか。パリ・オリンピックでの多くの日本人選手の活躍は、一服の清涼剤のように私たちの心に染み入るような話がたくさんあるように思います。

企業経営をスポーツに例えるケースもありますが、競技スポーツと企業経営、あるいは人の人生との比較には決定的な違いが明確に一つあると思っています。それは、「競技スポーツ」は「どちらかが勝つと、必ずどちらかは負ける」というゼロサムの構図であり、事実、オリンピックでは残酷なほど「勝ち・負け」が明確になり、それまでの努力が報われた笑顔と、たどりつけなかった無念の涙とに分かれます。

一方、企業経営や人の人生は、誰もが勝者になり得る世界であり、それこそが「成熟した社会」という言い方になるのではないかと思っています。そして、オリンピックから学ぶことは「ゼロサムの厳しい結果の世界」に身を置いている選手たちが「自分が得た金メダル」という結果だけに喜んでいない「成熟した社会」の一員としての立ち振る舞いです。

ということで、今回は社会や企業・組織における「成熟度」を高めていく要素としての「相互尊重/リスペクト」ということを考えてみたいと思います。

セルフ・コンパッション

余り耳慣れない言葉かもしれませんが、「セルフ・コンパッション」とは「自分に対する思いやり」とか「自分に対する慈しみ」といった意味であり、いかに「ありのままの素の自分を認めてあげているか?」という問いにつながってくる表現になります。

セルフ・コンパッションと「あるがまま」(公益社団法人 日本心理学会 Webサイト)

何かと心がザワついたり、モヤモヤしたりする日々が多いとは思いますが、そんな中で「自分自身を思いやる」とか、「自分を慈しむ」ということを本質的に「あるがままの自分」を認めていく、つまり「自分を大切にする」という意味では、重要な能力、考え方なのではないでしょうか。

誰もがそれぞれ、いろいろな思いが交錯しながら日々を過ごしているわけですが、本当の意味で「自分自身の思考性・考え方・意思」が問われているのではないかと思います。

そのためには、自分の人生、もしくはビジネスキャリアを日々の出来事や事象に一喜一憂するような「刹那的に、短い時間軸で考える」のではなく、その出来事や事象の背景や本質に視点を移すためにも「長期的時間軸に基づいて戦略的に考える」ことが必要条件なのではないでしょうか。

自分の意思を尊重するということ

一方、「個人の意思の尊重」に関しては、多くの方が共感・賛同していただけるのではないかと思います。

ただ、これも最近は「曲解・歪曲(わいきょく)した理解・認識」につながりやすい表現だとも感じており、「自分の好き勝手に、自分がやりたいように、自分が楽しくさえあれば……」という一元的な捉え方の意味ではないことをあらためて確認しておきたいと思います。

大切な視点としては、「個人の意思の尊重」が意味することは「自分の意志」があるのと同時に「“自分以外の誰か”にも意思」があるわけで、「それをも尊重する」、つまり「相互尊重・相互信頼」を指していることを理解しておかないと論理矛盾を起こします。

つまり「私には、私の意思があり“こうしたい”のだから、誰かの意思は関係ない」というのは、ただの傲慢(ごうまん)に過ぎず、“自分の意思”と同じように“誰かの意思”をも受け入れる姿勢がないと「対立」しか生まれないことは自明の論理だということです。

この部分の理解が「自分さえ良ければ」と「相手を尊重する」との姿勢・立ち振る舞いの大きな分岐点になるように思います。

トップアスリートの振る舞いから学ぶ

そして、極限まで自分と向き合い、追い込んできたトップアスリートの人たちから学ぶシーンは今回のオリンピックでもたくさんあるように思います。

中でも、個人的には阿部詩選手が負けた時の大号泣シーンが強烈な印象でした。あそこまで大号泣で泣き崩れることに対しての賛否もあるようですが、やはり競技スポーツの厳しさ・残酷さを突き付けられたシーンの一つであり、まさに「ゼロサムの世界」でした。

ただ、この場ではその是非ではなく、そこまで自分を追い込んできた世界においてでも「誰もが勝者になれるのが成熟した社会」を感じさせてくれたのが、阿部選手に勝って、最終的に金メダリストになった選手の朝日新聞の下記コメントでした。

ケルディヨロワは阿部と2023年の世界選手権で対戦し、一本負けを喫している。その時から、コーチと五輪王者を倒すための練習を続けてきたという。ただ、目標としてきた阿部に逆転勝ちした時も、26歳は表情を変えなかった。メダリストの記者会見でケルディヨロワはその理由を明かした。
「彼女はレジェンドで、完璧なチャンピオンです。私は試合がすべて終わるまで表情を変えたくなかったし、彼女をとても尊敬しているから、喜びたくなかったのです」

阿部詩破った相手「彼女はレジェンド」 礼を重んじあえて喜ばず(朝日新聞デジタル)

これが「相手を尊重する/リスペクト」ということであり、勝ち負けが明確に出るスポーツであっても、一歩前に進めた「人間社会」における「成熟した関係」ということだと思います。

また、体操団体で大逆転の金メダル獲得した橋本選手の鉄棒が終わって会場が興奮のるつぼと化している中で、次の中国選手の演技に向け、唇に人さし指を当て「静かに」と促したシーンも同じように相互リスペクトがなせる業としか言いようがありません。

こうした表現や姿勢の裏側には、必ずその人の「価値観」があります。「価値観」とは「やっていること」でもなければ、「やり方」でもありません。その人の「在り方」だと理解しています。過去からの自分の意思決定や行動・実践の積み重ねのバックグラウンドにあるものが「価値観」であり「在り方」です。

「バックグラウンド」にあるものですから、表面的には見えづらいのが一般的です。つまり「内省」することでしか「自分のバックグラウンドと向き合う」ことはできないのではないでしょうか。

現代社会では、スマートフォンやSNSを通じて、いつでも世界とつながることができ、瞬時に情報を得られる便利さの裏で、実は私たちの中にある「自分」という存在を見失いがちな傾向があるのではないかと思います。それは、SNSやテクノロジーが、人と人とをつなぐ一方で、常に「誰かとの比較」に陥らせることに起因しています。

そういう意味では、「相互尊重/リスペクト」は、自分を喧騒(けんそう)の世界からあえて一歩離れた「静かに、良い意味での孤独な時間」を通じて、自分自身と向き合う貴重な機会を持つ必要があるのではないでしょうか。

その「価値観」を知り「セルフ・コンパッション」として慈しみ、さらに「他者との関係性」を認識することで、初めて「相互尊重・リスペクトの実践」につながるのかもしれません。

引き続き、よろしくお願いいたします。

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この記事の著者

株式会社大塚商会 トータルソリューショングループ TSM支援課

三宅 恒基

1984年大塚商会入社。コンピューター営業・マーケティング部門を経て、ナレッジマネジメント・B2Bなどビジネス開発を担当、2003年から経営品質向上活動に関わる。現在は、業績につながる顧客満足(CS)を志向した「価値提供経営」と共に、組織風土・人材開発・自律性育成テーマでの企業支援、セミナー・研修講師などに携わる。

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