第8回 医療情報

今回は、デジタルエビデンスの利用分野のひとつである医療情報について記載します。大昔から連綿と人類が研究・蓄積してきた、人間の健康にかかる膨大な情報が今回のテーマであります。より仔細にわたって増え続ける膨大な人類の資産を正確に記録し利活用するには、ICTの力は欠かせません。

医療情報とは

さて、医療情報とは一体何なのでしょうか。
Wikipediaで、

  • 医療とは、「人間の健康の維持、回復、促進などを目的とした諸活動について用いられる広範な意味を持った語である。」
  • 情報とは、「あるものごとの内容や事情についての知らせのこと。」「文字・数字などの記号やシンボルの媒体によって伝達され、受け手において、状況に対する知識をもたらしたり、適切な判断を助けたりするもののこと。」とあります。

これらのことから、本コラムにおいて医療情報を「人間の健康のために適切な判断をするためのデータ」とします。
対象者の(患者さん)の氏名、生年月日、住所、性別といった基本4情報に始まり、医療機関での医療従事者とのコミュニケーションの記録や検査結果などの診療に関わるさまざまな情報たちですね。
大半が個人情報で構成されるセンシティブな情報(機微情報)ですので、その取り扱いは慎重になります。

医療情報は誰のもの?

医療情報の代表選手である、カルテ(診療録)は誰のものでしょうか?
自身の内容記録なので、患者本人のもの?
作成者である医療従事者のもの? 医療機関のもの??
疑問に思ったので、調べてみました。

医師法(第24条)・歯科医師法(第23条)での規定では、

  • (歯科)医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
  • 前項の診療録であって、病院または診療所に勤務する(歯科)医師のした診療に関するものは、その病院または診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その(歯科)医師において、五年間これを保存しなければならない。とあります。

診療録(カルテ)は、医療機関もしくは医療従事者のものであって、診療後5年間の保存義務があるのですね。機微情報であることから、患者本人ではなく、医療機関・医療従事者にその扱いが委ねられているようです。
これらの法律からだけでは、カルテは、医療機関や担当医療従事者にとどまっていて、しかも医療従事者の判断によって5年で廃棄されても仕方のないものなのですね。
これでは、せっかくの医療情報なのに、ちょっともったいないような気がします。
そこで、もう一歩調べてみたところ、厚生労働省から「診療情報の提供等に関する指針」が発行されていました。
患者側のインフォームドコンセント意識が高まり、2003年に発行されたようです。
これにより、カルテは、患者もしくは代理人が開示を求めることができ、他の医療従事者から患者の同意がある場合は、医療機関もカルテを開示できるようになりました。
しかしながら、当然ではありますが、当該患者の意思を最重要で策定されているため、これらの情報は、開示された医療機関間でとどまってしまいます。
本来の医療情報としての意義からは、匿名性をたもって情報を連携できる仕組みが整備されるべきだろうと考えます。とはいえ、個人情報の塊であるセンシティブなデータですので、慎重な対応が必要ですね。

図1は、電子カルテシステムの普及率に関する統計です。当然のことながら、急激な増加傾向です。
2014年の情報ですが、一般病院全体で34.2%、400床以上の病院では77.5%にもなっています。2003年のインフォームドコンセント機運での診療情報の提供等に関する指針や、2005年のe-文書法などの整備から電子化が推進されていることがはっきり分かります。
膨大かつ正確性が求められる医療情報の取り扱いにはICTは欠かせませんね。


出典:厚生労働省

医療情報の安全管理にかかるガイドライン

さて、医療情報は、人類の存続にかかわる判断をするための情報ですので、その確からしさを保持することは大変重要です。第2回のコラムに記載したリスク全てに対処が必要になります。
また、情報として確定してから、ほぼ永続的に活用されるべきデータですので、その改ざん、ねつ造、劣化、漏えい、紛失、検索困難、誤廃棄といった記録になった後のリスク対応が、情報量が膨大であることから相当困難であることは、容易に推測できます。

第2回 記録管理のリスクと対応

そこで、医療機関における医療情報の電子保存に係る責任者を対象として、医療情報を安全に管理するために、厚生労働省ではガイドラインを公開しています。
このガイドラインは、e-文書法が制定された2005年に、「法令に保存義務が規定されている診療録および診療諸記録の電子媒体による保存に関する通知」(1999年)と「診療録等の保存を行う場所について」(2002年)に基づき作成された各ガイドラインを統合して、法令に保存義務のある診療録および診療諸記録の電子媒体による保存ガイドラインと、医療介護機関における個人情報保護のための情報システム運用管理ガイドラインを含んだガイドラインとして第1版が発行されました。
このガイドラインは、技術的な陳腐化を避けるために、定期的に見直しがされており、最新版は、2016年3月発行の第4.3版です。

医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第4.3 版(厚生労働省Webサイト;PDF) [3.19MB]

主な版歴を表1に記載します。


出典:厚生労働省

1章から6章までは、個人情報を含むデータを扱う全ての医療機関で参照すべき内容が記載されており、「6.12法令で定められた記名・押印を電子署名で行うことについて」において、電子状態での記録の完全性を長期に亘って担保する方法として標準技術を用いることが望ましいこととして、電子署名法と、タイムスタンプを利用した長期署名方式についての指針があります。
7章において、保存義務のある診療録等を電子的に保存する場合の指針として、真正性、見読性、および保存性の確保の三つの基準について、技術面と運用面について記載がされています。
8章では、保存義務のある診療録等を医療機関の外部に保存する場合の指針が記載されています。
9章では、e-文書法で容認された、紙書類で保存が義務づけられている診療録等をスキャナで電子化して保存する場合について記載されています。

医療情報の利活用

医療情報は、もちろん患者個人にとっても重要ですが、他人さまの膨大なデータを解析することで、病気にならないように予防したり、疾病に罹患しても安全で安心できる医療が受けられたりするために利活用されるべきものでしょう。
そのため、そのデータが正しいことが担保された記録として蓄積され、専門家によって活用されることが大変重要であると思います。
大変取扱いの困難なデータですが、患者の意思を尊重しつつ、人類のために共有し、専門家に提供することをICTが解決しなくてはなりませんね。
日本では、地域医療連携が進められており、電子処方せんの運用ガイドラインが2016年に策定されたところです。
欧州では、遺伝子治療という観点で、3世代にわたる医療情報を保管する必要があるとのことで、電子化による保存が実際に始まっているとのことです。
今後も、さまざまな議論がされてより良い仕組みになっていくことになると思います。

次回は、タイムスタンプを利用した長期署名方式について紹介したいと思います。

次回は7月5日(火)更新予定です。

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この記事の著者

セイコーソリューションズ株式会社 DXソリューション本部 担当部長

柴田 孝一

1982年 電気通信大学通信工学科を卒業、株式会社第二精工舎(現セイコーインスツル株式会社)入社
2000年 タイムビジネス事業(クロノトラスト)立ち上げ
2006年 タイムビジネス協議会 (2006年発足時より委員、2011年より企画運営部会長)
2013年 セイコーソリューションズ株式会社の設立と共に移籍
2018年 トラストサービス推進フォーラム(TSF)企画運営部会長
2019年 令和元年「電波の日・情報通信月間」関東情報通信協力会長表彰
     総務省「トラストサービス検討ワーキンググループ」構成員
2020年 総務省「組織が発行するデータの信頼性を確保する制度に関する検討会」構成員
2021年 内閣官房「トラストに関するワーキングチーム」構成員
2022年 デジタル庁「トラストを確保したDX推進SWG」オブザーバー
     (一社)デジタルトラスト協議会(JDTF)推進部会長
専門分野は、タイムビジネス(TrustedTime)、PKI、情報セキュリティ、トラストサービス
セイコーソリューションズ株式会社

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