ITとビジネスの専門家によるコラム。経営、業種・業界、さまざまな切り口で、現場に生きる情報をお届けします。
第22回 IT重説
前回のコラムで、トラストを整理し、現実社会では対面(空間)、書面(時間)でトラストしていると書きました。
今回は、対面・書面によるトラストに関して、不動産業界での動きがありましたのでご紹介します。
IT重説
これまで綿々とさまざまなフィードバックを繰り返し、トラストを培ってきたアナログ社会から全く環境の異なるデジタル社会への変換点における、トラストの確立方法の実際の流れとして特筆すべきことが、2017年10月から本格的に運用が開始されます。
不動産賃貸におけるIT重説です。
(筆者個人としては、空間を超越するデジタル社会は情報通信技術[ICT]の発達による利便性なのでICT重説としてほしかったのですが。。。)
住宅の選択は生活のうえで大変重要な出来事であることから、不動産の売買・賃貸においては、契約の前に、その住宅の状況について、売主もしくは貸主側が、重要事項説明をしなくてはならないことが宅地建物取引業法第35条(※1)で義務付けられています。
----------------
※1宅地建物取引業法第35条(重要事項の説明等)
宅地建物取引業者は、宅地若しくは建物の売買、交換若しくは貸借の相手方若しくは代理を依頼した者又は宅地建物取引業者が行う媒介に係る売買、交換若しくは貸借の各当事者(以下「宅地建物取引業者の相手方等」という。)に対して、その者が取得し、又は借りようとしている宅地又は建物に関し、その売買、交換又は貸借の契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士をして、少なくとも次に掲げる事項について、これらの事項を記載した書面(第五号において図面を必要とするときは、図面)を交付して説明をさせなければならない。
引用元:宅地建物取引業法
宅地建物取引業法(昭和二十七年六月十日法律第百七十六号)
----------------
この記載からは、その方法として対面でなくてはならないとは読めませんが、同様に、対面以外でよいとも読めません。
この重要事項説明を、対面ではなくITすなわちTV電話やTV会議などを利用して遠隔地間で音声・画像を確認・記録できるシステムで行うことをITを活用した重要事項説明(IT重説)といいます。
IT重説の社会的ニーズ
- 地理的制約からの解放
不動産取引は、一般的に引っ越しのときに発生します。
当たり前のことですが、相対するためには、時間確保や移動などでコストがかかります。
さらに賃貸の場合には、遠隔地への転勤、就職、入学等々で、期限が限られます。
IT重説が可能になれば、自宅など借主・買主側の環境で説明を受けることとなり、移動に関する時間・コストが削減できるだけでなく、- 検討する時間が確保できる
- 関係者間で情報を共有し相談ができる
- 相手のペースに乗せられないで済む
- 不動産事業者側の業務改善
不動産会社にとっても、これまで週末や休日に集中していた業務が分散可能になります。
宅地建物取引士(宅建士)の在宅勤務も可能ですね。
さらに、重要事項説明状況を録画する等など、記録として保存することが容易に行えるため、説明内容の誤りや理解不足を原因としたトラブルの防止にも寄与することできます。
最近ではスマホやPCを用いてリアルタイムで画像と音声を双方向通信することが特に違和感もなくインターネットを介して住宅物件を検索することも一般的になってきており、消費者保護(※2)にもなり、不動産事業者側にとって効率的に活動ができるIT重説の登場は時代の流れからも必然のことですよね。
さらに、事業者は、トラストを確保するための工夫もすることになり、不動産市場の活性化はもとより、業界そのものの品質向上にもつながることでしょう。
※2消費者保護……消費者の利益を守ろうとする公権力
IT重説の法的整備の流れ
このように社会的に価値のあることではありますが、法律の解釈が不明瞭であることから、実際に運用することはできません。
社会的にコンセンサスを得る必要があります。
今回のIT重説の本格運用への流れは、世界最先端IT国家創造宣言(平成25(2013)年)において規制制度改革集中アクションプランの策定がなされ、その中の一つとして不動産取引における重要事項説明での対面・書面原則についてITの活用を検討することとして始まりました。
まず、「ITを活用した重要事項説明等の在り方に係る検討会」(IT重説検討会が)平成26(2014)年に立ち上がり、その中で主に以下の内容が取りまとめられました。
- 対面でなくとも、少なくともTV会議等などであれば、重要事項説明に必要な要素を満たすことが可能であると考えられる
- 社会実験を試行してその結果について検証・検討会を立ち上げ、要件を見直し本格的運用へと進める
- 社会実験は、トラブルの影響度が比較的小さい、賃貸取引および法人間取引について行う
- 書面交付の電子化については、電子署名の利用やその普及が前提として必要であり、ガイドラインを作成することを併せて検討するべき
この結果を受けて社会実験は、平成27(2015)年8月より開始されました。
社会実験の結果を検証する会であるIT重説検証検討会は、平成28(2016)年3月より開催され、平成29(2017)年3月に取りまとめがなされました。
以下が、取りまとめられた主な内容です。
- 賃貸取引については、実施件数が 1,069 件に上り、かつ、目立ったトラブルが発生していないことなどから、一定の条件の下であれば、ITを活用して重要事項の説明をしても支障がないと認められる
- 宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方の改正により、(2017年7月時点で未改訂)賃貸取引についてIT重説を実施する際に遵守すべき事項を明確化したうえで、本格運用に移行する
- 賃貸取引に係るIT重説の本格運用は、準備措置等が整い次第、2017年10月めどに速やかに開始する
- 法人間売買取引は、社会実験を継続する
- 個人を含む売買取引は、賃貸取引の本格運用の実施状況および法人間売買取引の社会実験の結果を踏まえて検討する
これからの期待
不動産の売買・賃貸は、人生の中で、大変大きな出来事です。
そのため、これまで綿々とさまざまなフィードバックを繰り返しながらトラストを担保し社会が確立されてきました。
一方で、スマホ、PC、インターネットといった、全く環境の異なるデジタル社会への変換点にある今、アナログ社会で形成された社会基盤を、いきなりスイッチするには、しっかりとした検討・検証が必要です。
デジタル社会の利便性を享受するには、社会的認知や法的な担保による信頼、すなわちトラストの検証が求められます。
まずは、賃貸のみではありますが、対面による重要事項説明と、インターネットを介した画像・音声でのリアルタイム双方向通信によって対面で実施することとは同等であり、ICTによる利便性が発揮されるとの社会的認知を、社会実験を通して進めたことはデジタル社会への変換点において大きな一歩だと感じています。
この本格的な運用によって、不動産賃貸が活性化され、インターネットを通じた取引が当たり前なることで、さらに、法人間売買取引、個人を含む売買取引においてもIT重説が利用されることを期待したいと思います。
一方で、宅地建物取引業法第34 条の2に規定する媒介契約書面の交付および第37条に規定する書面の交付についての電磁的方法による交付についても、トラスト確保を前提に容認されることが望まれます。
電子署名やタイムスタンプといったインフラを利用することで、そのトラストを確保することが可能です。
住宅ローンをはじめとした各種契約も、これらのインフラを活用することで電子化が進んでいます。
一例ですが、最近のニュース記事を以下に記します。
融資業務における「みずほ電子契約サービス」;PDF[252.51KB]
平成29(2017)年7月18日 株式会社みずほ銀行
「かんたん電子契約」を利用したリース終了手続のペーパーレス化について」;PDF[413.91KB]
平成29(2017)年4月19日 芙蓉総合リース株式会社
銀行業界初 「マイナンバーカード」を利用した住宅ローン契約電子化システムの運用開始~銀行と不動産会社が協働し、お客さまの手続負担を軽減~;PDF[305.73KB]
平成29(2017)年3月21日 株式会社三菱東京UFJ銀行
融資取引への「電子契約」の導入について
平成27(2015)年10月13日 株式会社三井住友銀行
訪問先で、契約・口座振替手続きまでをペーパーレスで完結 タブレット上での電子契約システムを実現 -家事代行・ハウスクリーニングのベアーズで採用-
平成27(2015)年6月9日 株式会社ベアーズ
一貫してデジタルで不動産取引が進められることで、消費者の利便性向上を図るとともに、事業者側の品質確保によるサービス向上を促進し、消費者が安心して良い物件に引っ越ししやすくなる社会の実現に期待したいと思います。
参照:IT重説に関する国土交通省のページ
ITを活用した重要事項説明等に関する取組み
次回は9月5日(火)の更新予定です。
前の記事を読む
次の記事を読む