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第18回 電子契約
契約書って紙に押印するものと思っていませんか? 実は、口約束でも契約は成立するのです。でも、なんらかのエビデンスはないと心配ですよね。印鑑も要らないうえに印紙も不要の電子契約について解説します。
電子契約
前回、電子帳簿保存法第10条の電子取引について解説しました。
今回は、取引の前提となる契約とそれを電子的に行う電子契約とについて解説します。
ICT環境が発達して、現在、契約に係るやりとりは電子データにてインターネットを介して行われているのが実態です。
しかし最終的な契約書としては、そもそも電子で作成された文書を印刷し、当事者間で署名・押印されるということが社会慣習になっています。
これは、真電子署名(注1)という法的・技術的に十分な手法がまだまだ世間に浸透していないこと、紙に朱肉押印が法的に最も効力があると誤認識されていること、紙に残すことによる安心感(商習慣かもしれません)があることが要因だと筆者は思っています。
(注1) 真電子署名:筆者の造語、第9回コラム参照
契約
取引とは、複数の関係者間で合意のもとに金品や事柄をやりとりする行為のことです。
と前回のコラムで書きました。
ここで言う、合意が契約になります。
契約という行為があって、それに基づいて取引という行為が実行される、ということですね。
契約と合意、同じような言葉で約束・指切りげんまん、もあります。
これらは、微妙に違うニュアンスがあり重みにも差異がありますが、財産や家族に関する事柄の場合は法律的にはどれも同じです。
法律的な表現をすると円満で平和な日常社会生活を送るためのルールである「民法」にのっとって、お互いの意思表示が合致した法律行為となります。
意思表示という、いかにも法律的な文言は民法の第一編(総則)、第五章(法律行為)、第二節(意思表示)に規定があります。
民法「第二節 意思表示(第九十三条―第九十八条の二)」(e-Gov法令検索)
法律行為であることから、契約が成立した場合は法的な拘束力が生じることになり、契約で決めた事柄を順守しないといけません。
契約の当事者は、内容に従って債権を取得し債務を負うことになります。
口約束だろうが、契約書があろうがなかろうが、当事者間で意思表示が合致した場合、その契約は成立したことになります。
なので、リスクの高い契約は針を1,000本も飲みたくないのでなんらかの証拠を残す必要があり、契約書なるものが存在するのですね。
民法では、第三編債権、第二章契約に契約の成立・効力・解除などの規定や、典型契約として以下の13種類が規定されています。
贈与、売買、交換、消費貸借、使用貸借、賃貸借、雇用、請負、委任、寄託、組合、終身定期金、和解
ここで、贈与のみに書面がなければ撤回できるとの規定がありますが、そのほかの契約には書面で取り交わさなくてはならないという規定はありません。
契約書
契約は当事者間の意思表示の合致ですので、のちのち認識のズレとして問題が発生する場合があります。
日本の法系は大陸法ですので、合理的な疑いを超える程度(これを高度の蓋然性といいます)の証明責任があります。
このため、訴訟で勝つためには勝ちたい側が証拠をそろえる必要があるのです。
将来のもしものときを想定して、自主的に当事者間で合意した詳細内容を書面などで残す記録が契約書なのです。
民事裁判で証拠として私文書を取り上げてもらうためには、民事訴訟法第二百二十八条(文書の成立)に規定があります。
いわく
- 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない
- 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する
推定ですから、本人の署名もしくは押印があれば、「まぁ本物だろう、証拠として扱いましょう」ということです。
証拠としては、署名もしくは押印のどちらかがあれば十分なのです。
しかしながら、一般的に契約書といわれるものは、取り交わすことでの契りの重みや安心感といった、どちらかというと社会文化的な要因が強く支配しているように思われます。
このため、契約書には当事者の署名のみならず、朱肉による押印がなされ、さらに内容が非改ざん・ねつ造されていないことを担保するため、袋とじ、とじ印、修正時の取り消し線や修正印といった“お作法”が発達してきました。
ビジネスの世界では、法人や責任部門を示す角印(社印、部門印)や、会社におけるその時点での当事者の責任範囲を示す丸印(役職印)が、ばっちり真っ赤な朱肉を使って押印されることが慣習となっています。
これらを整理すると、「契約書」とは、過去の契約を基に現在の取引が行われるため、あるときの責任者間で合意したことを事業環境が変化しているかもしれない将来に、そのときと異なるかもしれない責任者間で確認することを目的に「意思表示の合致内容」を記録として残している、当事者が自主的にリスクヘッジのために用意する「エビデンス」ということだと筆者は考えます。
なお、企業の会計に係る取引で作成された契約書は税法上では国税関係書類となり保存義務があります。
電子契約
契約自由の原則にのっとって日本の民法は作られていますので、これまでに書いたように契約内容をなんらかの記録で残すことは定められていません。
しかしながら、契約は法律行為ですので、なんらかの債権・債務において当事者間で齟齬が生じた場合に課題を解決したい側が証拠をそろえて裁判に委ねなくてはなりません。このときの証拠として書面に署名もしくは押印された契約書はとても重要な役割を持ちます。
これが、電子になった場合はどうなるか? が、この項での内容です。
電子データの場合、何の処置もしていないと、痕跡を残さずに内容を変更できてしまいます。
そのリスクは、改ざん・ねつ造ができてしまうことはもちろんですが、改ざん・ねつ造ができてしまうことを理由にそんな約束してないよと否認されてしまうことです。
そこで、PKIを利用した非改ざん処置の出番となるわけです。
法律的には電子データの記録について、その真正性を推定する規定として、民事訴訟法二百二十八条(文書の成立)に該当する、「電子署名法」があります。
電子データは、電子署名法にのっとった電子署名が施されることで、本人の署名もしくは押印と同等に真正に成立したものと推定されます。
従って、電子署名を付すことで契約の電子的記録は、証拠として取り上げられるものとなります。
そして、電子署名法の第二条の規定により、改変が行われていないことが確認できないといけません。
ところが、電子署名の電子証明書の有効期間は、電子署名法施行規則第6条で規定があり、最高で5年です。
この5年という期間は、証明書が発行されてからの期間なので、署名した日が発行後4年と360日であった場合は、有効期間はあと5日となってしまいます。
実態として、電子署名の証明書の有効期間では、記録の証拠として対応するには不十分なのです。
この課題を克服するのが、タイムスタンプを利用した長期署名(真電子署名:注3)フォーマットになります。
電子データの信頼性は、この真電子署名によって技術的に長期にわたって担保することが可能です。
結果としての契約書のみならず、契約のやりとり経過における情報も、その完全性をこの真電子署名によって担保することで、情報の信頼性をより確実なものにできます。
将来の行き違いによる課題も、この真電子署名がなされていることで訴訟以前に当事者間で解決することが可能になるかもしれません。
(注3)真電子署名:第9回・第10回コラム参照
民法上では、契約自由の原則にのっとってどのような形で契約を行っても大丈夫ですが、業種・業界によっては紙書面での作成・提示・保存が求められる場合もありますので、関係業法やガイドラインの確認は必要です。
なお、企業の会計に係る取引の契約情報を電子でやりとりする場合は、「国税関係書類以外の書類」ですので、電子帳簿保存法第10条(注4)に該当し保存する義務があります。
(注4)電子帳簿保存法第10条:第17回コラム参照
電子契約は印紙が不要ってホント?
電子の契約書には、印紙は不要です。
印紙は、1899(明治32)年に制定された印紙税法に規定があります。
第二条に規定されているように、対象が“文書=紙書類”です。
電子情報は、紙書類ではないため、課税対象にあたりません。
・第二条 別表第一の課税物件の欄に掲げる文書には、この法律により、印紙税を課する。
国税庁の見解として以下の2点がWebサイト上に公開されています。
請負契約に係る注文請書を電磁的記録に変換して電子メールで送信した場合の印紙税の課税関係について(国税庁Webサイト)
以下、抜粋です。
照会(別紙1-1):注文請書の記載内容が請負契約の成立を証するものである場合において、これの現物を相手方に交付した時は、印紙税の課税文書の作成となるが、現物の交付に替えて、PDFファイル等の電磁的記録に変換した媒体を電子メールを利用して送信した時は、課税文書を作成したことにはならないものと解して差し支えないか。
見解(別紙1-3):注文請書の現物の交付がなされない以上、たとえ注文請書を電磁的記録に変換した媒体を電子メールで送信したとしても、ファクシミリ通信により送信したものと同様に、課税文書を作成したことにはならないから、印紙税の課税原因は発生しないものと考える。
コミットメントライン契約に関して作成する文書に対する印紙税の取扱い(国税庁Webサイト)
以下、抜粋です。
問)文書について、借入人から貸付人に文書を交付する代わりにファクシミリ通信や電子メールを利用して送信する場合、印紙税の取扱いはどうなりますか。
答)請求書や領収書をファクシミリや電子メールにより貸付人に対して提出する場合には、実際に文書が交付されませんから、課税物件は存在しないこととなり印紙税の課税原因は発生しません。
なお、本件は2005年に国会において答弁されており、当時の小泉内閣総理大臣が回答しています。
参議院議員櫻井充君提出印紙税に関する質問に対する答弁書(参議院Webサイト)
答弁:事務処理の機械化や電子商取引の進展等により、これまで専ら文書により作成されてきたものが電磁的記録により作成されるいわゆるペーパーレス化が進展しつつあるが、文書課税である印紙税においては電磁的記録により作成されたものについて課税されないこととなるのは御指摘のとおりである。
しかし、印紙税は、経済取引に伴い作成される文書の背後には経済的利益があると推定されること及び文書を作成することによって取引事実が明確化し法律関係が安定化することに着目して広範な文書に軽度の負担を求める文書課税であるところ、電磁的記録については、一般にその改ざん及びその改ざんの痕跡の消去が文書に比べ容易なことが多いという特性を有しており、現時点においては、電磁的記録が一律に文書と同等程度に法律関係の安定化に寄与し得る状況にあるとは考えていない。
電子商取引の進展等によるペーパーレス化と印紙税の問題については、印紙税の基本にかかわる問題であることから、今後ともペーパーレス化の普及状況やその技術の進展状況等を注視するとともに、課税の適正化及び公平化を図る観点等から何らかの対応が必要かどうか、文書課税たる印紙税の性格を踏まえつつ、必要に応じて検討してまいりたい。
この答弁から、2005年時点では電磁的記録により作成されたものについては、非課税であることが明確です。
しかしながら、今後見直しがされる可能性については否定されていません。
そもそも印紙は、金銭の授受が発生する契約について、そのエビデンスを国が証明するという概念で、その手数料を徴収するために作られた制度ですので将来の見直し可能性は否定できませんね。
電子契約法
これまでに解説した、契約もしくはその内容を将来にわたって保証することとは別に、電子で契約を行う時点で従来の民法では不都合が起きたために制定されたのが、2001年6月に、民法の特例として制定された「電子契約法」です。
正式名称は「電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律」(注5)です。
注5:電子消費者契約に関する民法の特例に関する法律(e-Gov法令検索)
インターネットを通じて、空間を超えて瞬時に商取引を行う仕組みが広がった中での、消費者や事業者を守るための法律です。
もともと書面による契約(意思表示の合致)を前提に確立されていた箇所を、インターネットを介して実施される場合での不具合をパッチ処理的に規定したものなので、とても興味深いです。
パッチの中身は二つ
- 操作ミスの救済
民法第九十五条の要素の錯誤の但し書き「表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」をB2C電子商取引において事業者側が操作ミスを未然に防ぐ処置をしていない場合は無効とするといった内容に改めました。B2Cの電子商取引場合の消費者保護と無為な事業者との摩擦を避ける目的で、つい操作ミスをしてしまうことの無いように事業者に処置を求める規定です。 - 契約の成立時期の転換
民法第五百二十六条(隔地者間の契約の成立時期)、第五百二十七条(申込みの撤回の通知の延着)
民法では、遠隔地者間での契約は、承諾通知が発信された時点で契約成立する(発生主義)、となっています。
これは、民放が立法された当時は、本来は、承諾の通知を申込者が受領した時点で契約成立(到達主義)とするべきところ、承諾通知が相手方に到達するまでにある程度時間がかかるという技術的制約を前提に迅速な取引の成立を図ることを目的としていたためです。
このため、承諾の通知が紛失等で、申込者に届かない場合でも契約が成立するというリスクがありました。
インターネットを介する電子商取引の場合、承諾通知は承諾者が発信すると、ほぼ同時に申込者に到達することになり、当然のことながら到達主義を採用できるわけです。従って電子契約法で、この第五百二十六条と第五百二十七条については、電子承諾通知を発する場合は適用しないと規定されたのです。
技術の進歩がより安全・安心な取引を実現できるようになり、法律が追随した良い例だと思います。
この法律で規定された契約時点だけではなく、将来における「言った・言わない」での無為な争いをなくす、電子記録の信頼性の担保についても、なんらかの法律的な処方が望まれますね。
クラウド電子契約のメリット
クラウド電子契約のメリットは、印紙不要によるコスト効果もありますが、業務効率向上と業務コスト削減だと思います。
電子データでのやりとりで契約を成立できますので、時空間の短縮が可能なことは自明です。
書類でのやりとりでは原本が唯一であることから、作業ミスの軽減対応や検索、紛失リスクへの対処に、目には見えないコストが発生しています。契約情報を電子記録にすることで、取扱性、保管性、検索性は向上し、大幅に改善されると考えます。
そして、クラウドサービスの電子契約を利用することで、さらにセキュリティ面においてメリットがあります。
第三者による保管であることと、日々起こるセキュリティ対策を利用者側で悩む必要のないことや、面倒なBCP対策も事業者任せにできます。
紙での課題と電子での解決
これらのメリットから、クラウドを介した電子契約のサービスが立ち上がってきています。
ICTを活用したペーパーレス時代へとパラダイムシフトの真っただ中を実感できるサービスですね。
しかし、何かのミスで社会的な信頼を獲得できない事象が発生すると、いわれなき悪評が先行してしまい、せっかくの素晴らしい技術・環境も、台無しになってしまいます。
サービス提供事業者は、このことを常に念頭に置いてサービスを提供しなくてはいけません。
ヨーロッパで始まったeIDASにおけるトラストリスト(注6)のように基準を設け、事業者が提供するサービスのトラストをなんらかの形で、利用者が認識できる制度の確立が望まれるところです。
(注6):第12回から第14回コラム参照
次回は4月4日(火)更新予定です。
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