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第149回 設計部門BOM改善コンサルの現場から~その78~中小中堅製造業の期末定点観測で見えてくるもの
毎年期末(3月)に知人の中小中堅製造業を回って、状況を聞いて、定点観測としています。今回見えてきたものは、コロナ禍がSCMを混乱させたばかりでなく、さらに根深く残した爪痕でした。
設計部門BOM改善コンサルの現場から~その78~中小中堅製造業の期末定点観測で見えてくるもの
いまだ桜の蕾(つぼみ)は固いままですが、このコラムがアップされる頃には満開でしょう。
それより今年は花粉症が厳しく、鼻づまりのままでキンミヤのお湯割りです。湯気から香り立つキンミヤを楽しめません。皆さんの花粉症はいかがでしょうか? ご自愛ください。
中小中堅製造業の期末状況を定点観測すると
生産設備設計製造、自動車部品設計製造など、数社を訪問してきました。いずれも私が経てきた会社の元スタッフが経営層に存在していますので、ざっくばらんに意見交換ができます。毎期末にそれら各社がどのような状況、環境にあるのか定点観測することを続けています。
株価が4万円に近づき(私見としては30年前に戻っただけだと感じています)、その割に円安は続きます。日銀のジャブジャブ金融政策にも転換点が示され、大手会社のベア平均が5%越えをしました。日本経済がようやくICUから一般病棟に移ることができたのかな? という感触を得ています。
その意味においても、今春は中小中堅製造業を取り巻く環境の転換点になるかもしれません。
そのような環境の中、聞くことができた課題を列記してみましょう。
- 半導体のFPGAやメカ系の高精度リニアモーションの納期はいまだ長いままだが、汎用(はんよう)部品は正常になってきた。
- 円安も手伝って部品の価格が10~20%が上昇、原価を直接上昇させている。仕事はあるが、もうかっていない。日本経済にインフレ機運が定着するまで製品値上げも難しそう。
- コロナ禍の異常納期に苦しみ、「取りあえず発注」した部品(当然高価格で購入させられている)が在庫として積みあがっている。SCMとは程遠い状態。
- 人材不足(頭数もあるが、優秀な人材の不足)が継続している。“三無い(来ない、育たない、育てられない)”状態。
これらが代表的な課題として聞こえてきましたが、深刻なのは第4項の人材不足です。
リクルート・アプリも増えて、期待していた人材がある日突然退社してしまうそうです。「人材流動性」はお互いさまという言い方もできますが、中小から中堅への吸い上げ現象が起きている様子です。中小製造業の貴重な人材(キーマン)を中堅製造業に引き抜かれてしまう現象が増えて、ますます中小製造業の設計部門人材の枯渇は進んでしまう様相を呈しています。
しかしまた中堅製造業も、それはそれなりに悩みを抱えています。私も「なかなか厳しい状況だなー」と感じた話題を共有します。
「谷口さん、私の代わりにお願いします!」という笑えない話
かつて私の右腕として働いてくれていたA氏(65歳)ですが、現在、HDD生産ライン設備設計製造の取締役をやっています。今どきHDD? と言われるかもしれませんが、SSDが主流になりつつあるとはいえ、Web会議の特需もあってクラウドサーバーのHDDによる容量追加需要は旺盛です。何よりHDDの供給会社が淘汰(とうた)の末、おおむね1社になってしまい、生存利益を享受している現実もあります。
同社は東南アジアに設計生産工場を持っており、100人超えの現地雇用を行いながら全生産の過半数を補っているとのこと。コロナ禍の生産状況(経営状況)は悲惨なもので、これの主因は部品の異常納期と理解し、我慢をしていたそうです。
しかし、今年になっても全く生産性(経営数字)は立ち上がらず、現地社員からのブラックメール(訴え)も増加した様子です。もちろん、現地には日本人の現法社長B氏(45歳)は存在し、状況説明を求めると、「問題はありません。次月から回復します」という回答が返って来るだけだったそうです。B氏は現地法人経営経験を買われ、厚遇で迎えた人材とのこと。
しびれを切らしたA氏が現状調査を目的に現地訪問調査を行い、がくぜんとしたとのことです。
- 現地法人社長B氏、ゴルフは毎週やるが、ほとんどマネジメントができておらず、現地社員とのコミュニケーションもできていない。3年も滞在しているB氏の語学力(英語)は全くと言っていいほど上達していない。従って、日本語ができる現地幹部に丸投げ状態。
- 必要な部品は都度日本に頼っており、大きな在庫滞留が起きている。何のための海外現法?(本社から見えないのも問題)
- コロナ禍という「言い訳」が本社からの監査を緩めてしまった。
これらから現法社長を交代させるしか状況の好転は望めないのですが、誰にするかでもめたそうです。もちろん、「火中の栗を拾う役」に手を挙げる人はいません。しかし、最終的には経験と実績を買われて社長命でA氏に白羽の矢が立ちました。
A氏としては引退を今年の夏には予定しており、まさに青天の霹靂(へきれき)。固辞することも考えたものの「最後のご奉公」と思い、迷った挙げ句、引き受けたそうです。
A氏は先週現地に旅立ちましたが、最初の仕事は社長B氏の解雇と現地従業員との信頼関係回復です。もちろん、B氏を本社で引き取る部門はありませんから、当然のなり行きです。
うまく育てれば40歳代の人材を失わずに済むはずだったのですが、海外でオペレーション、マネジメントができる人材育成がいかに難しいのか……あらためて感じさせられる会話でした。コロナ禍という想定外の環境を理由にしても結果は厳しいものでした。
別れ際にA氏が「谷口さん、私の代わりにお願いします!」と言った時は真顔だったような気がしました。私がもう少し若ければ「手伝おうか!」と言っていたかもしれません。
皆さんはこの現実をどのように感じられますか?
中小規模で現地法人を設立するケースは少ないと思いますが、しかし、成長を前提とすれば、マネジメントできる人材の育成やリクルートが必須であることは想定しておくべきです。
それであっても優秀な人材をヘッドハントして、任命したとしても必ずしも期待していた能力を発揮するとは限りません。
そこで、本社側としての構えとして大変重要なのは、現法から毎月報告される経営数字の「可視化」です。現地からの経営レポートの裏打ちを得る手段としての仕組みを本社側で構築する必要があります。
私の経験でも、現地法人の在庫棚卸し監査で在庫を外部倉庫に運び出し、隠蔽(いんぺい)されたことがあります。
「同じ会社なのに、なぜそこまでして……」と感じたこともありますが、現地業者との癒着もあって、現地法人社長の人間としての弱さを垣間見る結果となりました。しかし、このような関係を成立させてしまったのも、本社側の「放置プレー」の結果であると反省した記憶があります。
「在庫詳細やキャッシュフロー(B/S、P/Lは当然のこと)を始めとする基本的な経営数字がリアルタイムで本社が見えている」という「けん制」が非常に重要になってくるわけです。まさにDXとしての使いどころだと思います。
楽隠居が待っていたはずの65歳A氏を待ち受けるイバラの道は想像を絶すると思います。0(ゼロ)からではなく-(マイナス)からの立て直しなのですから……祈る、健康!
以上
次回は5月7日(火)の更新予定です。
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