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第165回 ベルギーという高効率製造業国を訪ねて
ドイツ人の友人に、数十年前から指摘されていたことは「日本の製造業は全く非効率である」ということでした。“Japan as No.1”といわれていた頃は「負け犬の遠ぼえ」と言い返していた記憶があります。しかし、もはや「そのとおりでした」としか言えません。さらにその友人が言うには「ドイツより高効率製造業国はベルギーだ」とのこと、触発され訪問してきました。
ベルギーという高効率製造業国を訪ねて
ベルギーといえばチョコレートとビールという印象でしょうか?
あまりチョコレートには興味が湧きませんので、ビール博物館に立ち寄ってみました。確かに数百に及ぶ大小のビール醸造所が国内に点在して「どれが一番うまいのだ?」と、かつての私だったら「ここからここまで」と「大人飲み」に時間を費やしていたことでしょう。
驚きはスマドリ・トレンドがしっかりベルギーにも来ていて、これまた数十種類のノンアルビールが並んでいました。いわゆるホッピーと同じ、ビールからアルコールだけを抜いたタイプです。元のビールがうまいわけですから当然のようにうまいノンアルビールでした。何より最高気温24℃という涼しさがうまさを倍増させていたのかもしれません。
なぜベルギー?
ベルギー(ブリュッセル)はEU本部も存在することから何度も訪問していますが、ゆっくり滞在したことがありませんでした。今回は、以下の目的で訪れました。
- ブリュージュ(ブルッヘ=Brugge)という第二次大戦を生き延びた美しい運河都市を訪ねる
- ドイツの友人が言うEUトップの高効率製造業国であることの理由を探る
本コラムでは、後者について述べたいと思います(本当はブリュージュ紀行としたいのですが、いずれ機会があるときにしましょう)。
ベルギーと聞くと「あのベネルクス三国の一つね」とくくって記憶している方が多いのではないでしょうか?
たった(?)1,100万人という東京都の人口にも満たない小国に、どのような高効率製造業としての仕組みが隠されているのか? EU本部に勤める友人のつてを頼って資料部門に行き、いろいろ調べてみました。山ほどある資料の斜め読みですので、詳細ではありませんが「あっ、なるほどねーー」までは得心したつもりですので、述べてみたいと思います。
小国だが人種問題(=差別問題)をいまだ抱えている。故に……
公用語は歴史的、人種的由来からオランダ語、フランス語、ドイツ語です。それらを補完するように英語も通用します。従って、しっかり教育を受けたベルギー人は4カ国語を操れます。なるほど、EUの本部が存在する理由でもありますし、日本が製造業競争力で最も劣っているといわれている国際性に関わるコミュニケーションスキルという部分でもあります。
しかし、負の側面として多数の公用語が必要ということは「人種(ルーツ)問題が存在することを同時に意味すること」となります。従って、労働条件・環境に人種差別が及ばないように「厳密な労働法」が存在していました。
日本にも「労働基準法」というのがありますが、字のごとく基準を定めているだけで多くの条件は各会社に社則(就業規則)として委ねられます。
ベルギーの場合、その各社ごとの自由な社則は許されず、あくまで統一された労働法に基づいた社則に対して雇用契約されるのです。
その「厳密な法律」の効果で
- ドイツの約二倍の製造業人口一人当たりの生産性を維持する(ドイツ人友人の言うとおりでした)
- 1,100万人の人口でありながら、タイ国(7,100万人)と同等の製造業生産高を維持する
これはすごい数字だと感心しました。正直全く知らなかったというのが本音です。
厳密な労働法をひもといてみると高生産性の秘密が分かる
EUには加盟国の法律に関わる概説書が用意されていて、おかげでベルギーの労働法と直接格闘しなくても済みました。概説書から得た、この法律の肝と感じた項目を並べ、解説を加えます。
1. 「経営層」「ホワイトカラー」「ブルーカラー」という労働形態によるはっきりとした区別が存在し、職務分掌、基準となる年俸も規定
経営層の識別は理解できるとしても、「ホワイトカラーとブルーカラーとの識別は?」という疑問が残ります。例えば、製造業でいえば「設計部門=ホワイトカラー、生産部門=ブルーカラーとしても、生産技術部門は?」となります。
グレーゾーンの場合は雇用契約時に話し合いで決定されることが多いようですが、労働者の不利益にならないように経営者側は留意しないと処罰があるようです。明らかにホワイトカラーの方がブルーカラーに比べて有利な労働条件が多く(平均年収や特に解雇予告通知)、雇用を条件にブルーカラー契約締結を迫るようなことがないようにするためです。
平均年収
- ホワイトカラー
- 約€60,000≒¥10,800,000
- ブルーカラー
- 約€50,000≒¥9,000,000
円安の現在換算ですが、いずれも日本の製造業から比べて高額です。ただし、税金は高く40%程度(社会保障税含む)だそうです。
総じて、仕事をカテゴリー別に仕分けて、年収や昇給、休暇、対ハラスメントなどの確保に対する規則を明確にして、結果、労働者の保護という観点に立っている法律であると感じました。
2. 週38時間という労働時間(40時間からの時短努力の結果)
ここは高い生産性へのカギとなりそうなところです。端的にいえば、週休3日で経営がなり立つ製造業でないと生き残れないということです。ベルギーだろうが日本だろうが、このグローバル世界ではデファクト・スタンダード化した製品の値段・価値には大差がありません。ベルギーの経営者は週38時間/人という労働力の範囲で「いかにして国際競争力を維持すべきか?」に注力することになります。おのずと労働側に求める労働時間に対する付加価値(期待役割)は高くなっていくことになります(労働の濃密化という表現がありました)。
一方、労働者側は高額な年収や労働環境を維持するための期待役割(≒ノルマ)を果たすために、「どうしたら期待役割を果たせるのか?」に注力します。結果、経営側、労働側の共通項としてのトレンドは「高効率化」ということになります。
従って、高効率化につながる設備、DX、教育などには国からの補助金も併せて大きな金額を投下します。あえて、このコラム執筆者として述べれば、例えば、ホワイトカラーの設計部門では類似設計、まして使い捨て図面の撲滅は当然であり、流用化・標準化設計が可能な環境や能力を経営側、労働側双方が求めることになります。
8時間でできる設計を「残業代稼ぎとばかりに10時間かける」とか、「今、何とかなっているから」などという発想もメリットも、ここには存在しないわけで、求める志向は唯一「高効率化=とっとと仕事を終わらせる」ということになります。これらの延長線上に「限られた時間で目的の利益を得る」という求める共通項の解としての高い生産性=高効率製造業が必要とされるわけです。そして、それを実現させているのだと得心しました。
一方、ドイツなどの隣国も時短への努力を行っているとは聞いていますが、ベルギーのようにはうまく行っていないようです。EUの友人の意見は「厳密な労働法と小国(1,100万人)という組み合わせがベルギーに幸運(?)をもたらしている」とのこと。説得力のある意見です。
3. 有給休暇、長期休暇(育児休業、介護休業、ロング・バケーションなども含む)の保証
これも第2項と合わせて本音と建前の一致が求められます。
どこかの国のように、
相変わらず有給休暇が40日も余っている……
なんとなく休暇は取り辛い……ましてロンバケなんて……
どうやらベルギーにはそのようなことは起きない法律の建て付けになっているようです。このような状態・環境を放置すると経営者側はもとより労働者側も処罰されるようです。徹底しています。さらに有給休暇、育児休業や介護休業、ロング・バケーションなどの事前申請を求めてはいけないとのこと。
ある日突然Aさんが会社にいない。後日Aさんは育休だと分かるわけです。EUの友人に「これってホント?」と尋ねると、「子供なんかいつ熱を出すか分からないでしょう?」と平然としていました。「お互いさまでしょ」という感じです。うーん、確かに……
もちろん、プロジェクトのようなチームワークとしてグループ行動が必要な働きをしている場合も当然あるわけで、「リモートワーク」も含めて、そこには必要なグループ内コミュニケーションが存在しているようでした。
一方、生産部門にはエッセンシャルワーカーと呼ばれる現場が必須なブルーワーカーが存在します。この人々にリモートワークは現実的ではありません。実際は生産ラインや担当工事番号ごとのグループ・マネジメントでバランスを取っているとのことでした。
要は権利のある休暇に対しては、会社(経営者)側に申請も許可も取る必要がないということです。
週38時間/人に加えて休暇も含めると「いったい実効年間労働時間は何時間なのか?」という疑問が湧いてきます。たどり着く回答はやはりここも「高効率化」+「リモートワーク」ということになりそうです。
4. 解雇の長期事前通知(ホワイト:5年以上の勤続者は1年=1カ月前。10年勤続=10カ月前)
そのほか、年収金額に応じた競業禁止(労働力の流動性制限と直結)などがあります。
ここまでの項目は高効率製造業という経営者側、労働者側双方に「短時間でもうかる製造業」をもたらすわけで、枝葉の諸問題は存在するとしても素晴らしいことだと考えます。しかし、だからといって、ベルギー外の国々の製造業が「よし! ベルギーに新工場(現法)を設立するぞ!」という経営判断に至るのか? いささか疑問です。例えば、一度雇用して勤続が続くと解雇が非常に難しい建て付けです。10年勤続したホワイトカラーを解雇したい場合、何と10カ月間の事前解雇通知が必要です。
「あなたを10カ月後に解雇します」とは、モチベーションやモラルの低下も含めて現実的ではありません。おのずと「金銭的解決」となり、それを巡って裁判に至ることも多いようです。つまり、解雇コストが高いということです。このようにがんじがらめの法律に縛られて、優秀な人材をリクルートしたくても競業禁止が人材流動を難しくしています。資本投下を考えている外国投資家の意見として「このような法律環境の下では一から製造業を立ち上げるのは困難だ」という判断は間違ってはいないと思います。
聞くと「ベルギーではM&Aによる製造業買収が圧倒的多数」とのこと。なるほど「高効率製造業として完成した企業を丸ごとM&Aした方が時間の利益につながる」という結論でしょう。しかし、他のEU諸国のM&Aの相場と比較すると大変高額な相場となっている様子。つまり、投下資本回収に時間がかかるという悩ましい状態です。
結果、外部(外国)投資がなかなか進捗(しんちょく)しないという国として頭の痛い状況を招いています。何事も表裏があるように、法律という強い規制が外部(外国)投資マインドを冷やしてしまうというネガティブな状態を生んでしまっているのでしょう。
これらの現実を踏まえてベルギーは法律の簡素化(規制を緩める?)を図る方向に移行しているようですが、それによって失う側面も当然出てくると考えます。なかなか難しいですね。
悩める製造業ニッポンが目指すところは
今回はコラムとして概要にとどめましたが、ベルギーという小国が「生き残るため」に、国内に存在する諸問題を認識したうえで、法律に基づいた強い規制をかけたわけです。結果、製造業ニッポンより高い生産性と総労働時間短縮という環境を実現して、なおかつ、高年収を確保しているのです。
この現実を見せつけられて思ったことは、ただ一つです。「悩める製造業ニッポンはベルギーが目指した高効率製造業への改革から学ぶべきことはたくさんあるなー」でした。
そんな思いを抱えながらトボトボとEU本部を後にしました。
「いい天気だし涼しいなー、今夜もうまいノンアルビールとムール貝にしよう!」と独り言をつぶやきながら……
以上
次回は10月3日(金)の更新予定です。
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