第164回 設計部門BOM改善コンサルの現場から~その93~トランプ関税に思うこと

自動車15%、鉄鋼類50%(7月下旬時点)とAmerica Firstを遺憾なく(?)発揮しているトランプ関税ですが、お預かりする製造業の社長、幹部からの相談ごととなっています。時事問題ではありますが、私の率直な感想を述べてみたいと思います。

設計部門BOM改善コンサルの現場から~その93~トランプ関税に思うこと

スマドリ派になって1年を過ぎようとしていますが、主治医の勧めもあって胃カメラ検診を受けました。
胃カメラ自体も見る度に細くなっていて「しばらく見ない間にこんなに細くなって……」と言うと、主治医いわく「胃カメラより診断技術が飛躍的に進歩しているのです」と。聞いてみると、やはり、ここにも「AI」が進出してきており、「画像からリアルタイムで患部疑い部位にマーカーが現れ、先導。詳細診断や必要であれば生検を促す」とのことでした。「AIのおかげで検診人数と精度が飛躍的に向上した」そうです。医者、検診を受ける側双方に大きなメリットをもたらすAI事例です。

ところで結果はというと、逆流性胃炎とアルコール性胃炎は消滅して全く問題なし。「スマドリ派転向へのご褒美ですね」と主治医からうれしい言葉でした。少しは良いことがなくっちゃです(笑)

慌てず・騒がずしばらく様子を見るべき

私は経済学者でも政治評論家でもありませんので、あくまで中小中堅製造業の経営層の目線からこの問題を考えています。
自動車15%、鉄鋼類50%、医薬品類200%(7月下旬時点)と自由貿易国間の関税としては見たことのない数字が並びます。特に中小中堅製造業に大きな影響を与えるであろう自動車関連は、その裾野の広がりから対応が注目されます。

非常に単純化して考えると

  1. 15%分は値上げ(FOBを変えない)して、結果、米国民が支払う(間接的増税?)
  2. 値上げすれば米国生産車や他国生産車との価格競争に負けるので値引きする(FOBを下げる=日本側が被る)
  3. 米国生産移転を促進させて米国生産化を図る

という選択肢でしょうか。

まず3.の選択はあまりにも時間的スケールが合わず、直近の実現は難しいでしょう。特に中小中堅製造業にはその余力はないと思います。となると、1.か2.かの選択となります。1.と2.との中間という選択もあるかもしれません……

しかし、ここでよーく考えてみることにしましょう。
自動車メーカーH社のように90%近く米国生産を実現している場合は、近隣諸国からの部品調達関税対応はあるにせよ、「現地(米国)生産化に励んで良かったね」ということになります。一方、ガリバーT社は70%、F社、MA社、MI社は0%というマダラ模様の現地生産比率ですから、各社の捉え方はおのずと変わってきます(N社は混とんとしている様子)。
しかし、例えばT社の公表された来期営業利益予測数字を眺めると驚くなかれ、3兆円越えの数字です。今期は4兆円越えの予想ですから、たとえ関税分FOBを下げても「すごくもうかっている」から「もうかっている」程度に変化するだけではないでしょうか。F社、M社にしても実感として、あまり慌てる様子はありません。

何故(なにゆえ)かな? とあらためて考えてみました。ここには「為替レート」という貨幣価値の変遷が大きく関与していると思います。
3~4年前のドル円為替レートはおおむね$=¥110円台でした、現在は$=¥145円越えです。優に30%を上回る「円安」です。トランプ関税率を帳消しにできるわけです。つまり、為替レートという貨幣価値変動によって$売上は日本円では自動的に売上増となり、結果、増益します。これはコストダウンとか効率化とかという、いわゆる製造業としての改善活動成果とは無縁の結果です。私はこれを「為替差益という不労利益」と呼んでいます。併せて、アジア圏諸国製品との価格競争に対して「円安」は有利に働きます。

「マイナス金利」という異常事態が円安誘導に一役買ったといわれますが、この事態が長く続いた結果の「円安」であることは間違いないと考えています。いずれにしても中小中堅製造業はその為替レートにあらがうことはできず、ひたすら翻弄(ほんろう)されることになります。

日本の会社ですから円ベースでの経営数字が優先されるのは当然です。そして、各社想定した「みなし為替レート」によって利益計画を立てるわけですが、差益をあてにした利益計画は製造業として問題があります。従って、あくまで結果論としての差益であるべきです。
円安を手放しで喜ぶわけにはいきませんが「慌てず事態を見守る時間を与えてくれている」と考えています。

もう一つの要因は「TACO」になるかもしれないという私の直感です。Trump Always Chickens Out (トランプは最後はビビる)という流行り(はやり)言葉には「かもしれない……」と思わせる気配を感じます。「大山鳴動してネズミ一匹」という結果です。
結局、収まるところに収まるのではないでしょうか。果たして半年後にどのような結果になっているのか?……です。しかし、これらのトランプ関税にまつわるドタバタを眺めていて、私が感じている憂いはもっと別なところにあります。

$=¥80円台でも米国の顧客は言い値で買ってくれたのに……

私が製造業を生業(なりわい)にしていた頃の為替レートに$=¥80円台という時がありました。単純にいえば、円が$に対して今の2倍弱ほどの価値があったことになります。その当時、米国側の顧客は、おのずとずいぶん高価なMade in Japanを購入していたことになります。

現在との大きな違いは、「Made in Japan製品を高価であっても米国側は言い値で購入してくれた」ことです。先述したトランプ関税にまつわるドタバタとは掛け離れた世界です。「やはりMade in Japanは良い」という評価が「言い値を許容してくれていた」と思っています。

なぜそのような「すてきな状況」だったのでしょうか?
その理由は「競合がなかった」と言い切って良いでしょう。日本を取り巻くアジア圏の製品は品質・性能・価格的に競合しなかったのです。Made in Japan以外の製品は「安かろう、悪かろうです!」といううたい文句がまかり通る状態でした。直近に製造業についた方々から「えっ、そんなことあったの?」という言葉が聞こえそうですが……

その当時と比べて何が大きく変化したのかといえば、それは「競合」です。
日本を取り巻くアジア圏の製品の品質・性能の向上です。悔しいので「製造業ニッポンが誇るMade in Japan製品の地盤沈下」とは言いたくありませんが、いずれにしても相対的な製品付加価値に差がなくなり、競合が始まったのです。先述したようなMade in Japan製品の優位性がなくなり、苦しくなってしまったのです。

ここに至るまでの種々のできごとが思い出されます。日本からの技術供与から始まり、アジア圏諸国企業の日本人技術者の引き抜き、ノウハウ流出などまで清濁ありましたが、やはりアジア圏諸国の努力も認めざるを得ません。

まして、製造業ニッポンの慢心や驕(おご)りはなかったのでしょうか? それには思い当たる節が多々あります。「すてきな状況」の成功体験が非効率な製造業ニッポンを温存させてしまい、特に設計部門自ら現状否定の芽を摘んでしまう結果を招いてしまいました。これによって設計部門の聖域化が起こり、全社改革が進まず、アジア圏諸国と比べて非効率な製造業ニッポンとなってしまったわけです。

その製造業ニッポンの行く末を考えるとき、「昔は良かった」と回顧しても始まりません。「細部にまで性能が宿る」と言われていたMade in Japan製品の競争力にたゆみなく磨きをかける必要性をトランプ関税はあらためて感じさせてくれたわけです。

以上

次回は9月5日(金)の更新予定です。

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この記事の著者

株式会社大塚商会 本部SI統括部 製造SPグループ コンサルタント

谷口 潤

開発設計製造会社に入社以来、設計開発部部長、企画・営業部部長などを経て、米国設計・生産現地法人の経営、海外企業とのプロジェクト運営、新規事業開拓に携わる。その後、独・米国系通信機器関連企業の日本現地法人の代表取締役社長就任。現業に至る。

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